『大きく変わる』と書いて『大変』
「そこで、ズババババーンと、
おっさんの剣が火を吹いて!!」
「えっ、健一さんの剣は火が出せるのか!?」
「そうじゃなくて!
モノの例えだって、さっきも言ったじゃないか!」
馬車が動き出してから、シホとデーアの会話が止まらない。
主に、宿屋の店主から聞いた
聖騎士アンヘルカイドとの戦いの様子を
おもしろおかしく身振り手振りで、シホが話すのだ。
シホが大袈裟に言い過ぎて、
ちょいちょいデーアからの突っ込みが入る。
デーアは、わざと突っ込みを入れているわけではなく、
天然のようだ。
「いや、さっきのはアンヘルカイドの攻撃だったから。」
「だから、今度はおっさんの攻撃なの!」
さすがに口が達者なシホも、天然のデーアには勝てない様子。
何にせよ、賑やかだ。
ニュシェは、どうにもこうにも座り心地が悪いのか?
なんだか、そわそわしているような気がする。
まさか用を足したいのか?
獣の耳をピクピク動かしていて、楽しそうな表情ではあるが。
「大丈夫か、ニュシェ?」
ちょうど目が合ったので、声をかけてみた。
「うん、大丈夫。
ちょっと・・・普通に馬車に乗るの、
初めてだったから嬉しいの。」
満面の笑顔で返事をしたニュシェ。
「!!!」
そうだった・・・。
ニュシェは、今まで、密かに不正乗車をして
村や町へ逃げ回っていたのだ。
ずっと大型馬車の下に張り付いて、国中を移動していたのだ。
こうして、普通の乗り方で馬車に乗ったのは初めてだったのだ。
それまで、賑やかに喋り続けていたシホやデーアが、
ニュシェのその言葉を聞いて、黙ってしまった。
そして、木下も含めて、3人の女性は
今にも泣きそうな表情でニュシェを見つめた。
おそらく、ニュシェのこれまでの
過酷な逃亡生活を想像して、同情しているのだろう。
「ニュシェちゃん、よかったね!」
木下が、優しく語りかける。
「うん。馬車って、こんなに乗り心地いいんだね!」
ニュシェが、そんなことを言う。
「いや、この馬車は特別だぞ?」と言ってやりたかったが、
わざわざ、感動しているニュシェの気持ちに
水を差してしまう気がしたので、言わないでおくことにした。
「よ、よかったら、この馬車をキミにあげよう!」
「おいおい!」
デーアが、同情しすぎて、おかしなことを言い出す。
今までの罪悪感があるのは分かるが。
「デーア、ご厚意はありがたいが、
管理や維持が大変だから、それはお断りする。」
デーアが本気だったかどうか分からないが、
オレは、丁重に断った。
「そ、そうか。ならば、移動中は、
思う存分、馬車を味わってくれ!」
もはや、おかしな言葉しか出てこないデーアだが、
ニュシェの気持ちを尊重したい気持ちは伝わってくる。
これならば・・・
「デーア、ちょっと窓を開けてもらっていいか?
じつは、ニュシェは、この『お香』のニオイが
あまり好きではないらしくてな。」
『獣人族』が『バンパイア』という認識だった時には、
こんなことを言おうものなら、
「このニオイを嫌がるのがバンパイアの証拠」とか
言われかねなかったが・・・
「なにっ!?
どうして先に言ってくれなかったのだ!
は、早く、窓を開けよう! 全開にしよう!
む、むしろ、『反邪香』を消すか!?」
デーアは、慌てて窓を全開にしてくれた。
天井の端に備え付けられている、例の『お香』にまで
デーアは立ち上がって手を伸ばし始めたが、
「いえ、デーアさん! その『反邪香』は
『十戒の制約』で消してはいけないことになっているので!」
と、慌てて木下が止めた。
そうだ。ダメだったはずだ。
デーアも、慌てすぎて、そこまで頭が回っていなかったか。
「そ、そうだった・・・すまない・・・。」
デーアが、落ち込んだ表情で座った。
そして、ふっと天井を見上げた。
「・・・本物の『バンパイア』に効くかどうかも分からないのに。」
そう言って、天井の端にある『お香』を見て、
独り言のように言った。
「・・・。」
・・・いったい、いつ頃から
『獣人族』と『バンパイア』を混同して
戒律が創られたのだろうか?
それまでの戒律に、間違った戒律を追加したのか?
それとも、それまでの戒律すら
改ざんしてしまったのだろうか?
もはや『十戒の制約』を含めた、この国の法律、
宗教の教えそのものも、信じられなくなってしまった・・・。
きっと、この国は大きく変わる。
今、良い方向へと変わっていっている最中なのだ。
『大きく変わる』と書いて『大変』と読む。
問題は、オレが思っている以上に山積しているだろう。
大昔の先祖たちが、残してしまった大きな問題のせいで、
今の世代、そのまた次の世代が、大変な苦労をさせられる。
でも、それは、どこの国も同じこと。
どこの国の歴史も、同じことが繰り返されている。
失敗と成功を繰り返しながら・・・発展していくのだ。
失敗して滅んでしまう国もあるが・・・
そのあとには、また別の新たな国が生まれていく。
これが自然の理だとしても・・・
デーアの落ち込んだ表情を見ていると、
ニュシェと同じく・・・
どうにかしてやりたいと思ってしまうが、
こればかりは、何もしてやれないだろう・・・。




