表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第三章 【聖騎士とバンパイア】
237/503

『エグザイル』からの餞別





「これは・・・ニュシェへの餞別せんべつだ。

良ければ、持って行ってくれ。」


宿屋『エグザイル』のドアの前で、店主たちと別れる間際、

店主は、自分の部屋から、一張いっちょうの弓を持ってきて

ニュシェへ渡した。

真っ白で、まるで飴細工のように、しなやかな形をしていて、

大きさとしても、ニュシェにはぴったりだ。

重さも、ほとんどないのだろう。ニュシェが軽々と持っている。


「! 清春さん、それ・・・!」


店員が、驚いている。

もしかして、相当、高値の弓なのか?

見た目も、かなりの高級感がある。


「ありがたいが、店主。

オレたちはじゅうぶん、あんたに世話になったほうだ。

高価なものなら受け取れないぞ?」


オレは、やんわり断ったが、


「いやいや、ぜんぜん高くねぇよ。

元々は、魔法のつるが張られていたが

当の昔に切れちまってたんだ。

その弦は俺が張った、ただの弦だから、

その弓自体に価値はないさ。」


「でも、清春さん・・・!」


そう店主が言うが、店員の必死そうな表情が

この弓が、違う価値を持っていることを示している。


「もしかして・・・

これは、あんたの友人の形見じゃないのか?」


「え・・・!」


「!!」


「?」


オレの言葉に、この場にいる全員・・・

いや、店主の過去を知っている者たちだけが驚いた。

ニュシェとデーアは、キョトンとしている。


「はははっ、まったく、これだから

熟練のおっさんは困るな・・・。

ご明察どおり・・・そいつは、俺の友人の武器だ。

友人のその弓に、何度、命の危機を救われたか分からねぇ。

友人の命とともに、弦が切れちまったが、そいつはまだ使える。

あんたたちの旅に役立ててほしい。」


店主は、笑顔で話しているが、

その笑顔は、どこか寂しそうに感じる。


「だ、だったら、なおさら受け取れないよ。」


ニュシェが、そう言って慌てて

弓を店主へ返そうとするが、店主は受け取らない。


「・・・『獣人族』だったあいつなら、

きっと、同じことをしていたと思うんだ。」


「!!」


店主の、その言葉を聞いて、

ようやくニュシェとデーアが、この弓の価値に気づいたようだ。


お金では計り知れない、

それよりも大切な価値が詰まった弓だ。


「・・・うっ。」


デーアが泣き始めた。

同情の涙だけではないだろう。

きっと、今まで討伐してしまった『獣人族』を

思い出してしまっているはずだ。


「き、清春さん・・・あたし、これ、大切にする!」


ニュシェは、店主の想いを、

しっかり受け止めたようだ。

弓を、抱きしめるように、しっかり持っている。


「じゃぁ、達者でな!

くたばるなよ、おっさん!」


「あんたもな!

またいつか立ち寄らせてもらうからな!

元気に、宿屋、続けててくれよ!」


オレたちは、それぞれ大きな荷物を持ち、

宿屋『エグザイル』を後にした。

店主と店員が、オレたちの姿が見えなくなるまで

店の前で手を振っていた。




町の大通りを東へと歩く。

デーアの馬車があるという、教会へ向かう。


大通りには、あちこちに小さな石像があり、

そこには例の『お香』の煙が立ち昇っている。

数日前までは、宗教に熱心な信徒が、

お祈りという行為をしている場面を見かけていたが、

聖騎士アンヘルカイドの一件があってから、

あまり、お祈りしている場面を見かけることが

少なくなった気がする。


この国の『獣人族』への認識が正されたわけだが、

今までになかった宗教への不信感が、

一気に民衆の間で広まったようだ。


オレの隣りを歩いている聖騎士デーアは、

まだ、少し悲しい表情だ。

それでも、歩いているだけで

大通りを行き交う町民たちに一礼されて、

そのたびにデーアも礼をする。


目立つ者は、大変だな・・・。

そして、こいつがこの国の姫ならば、

これから先、この国を担う人物になるだろうから・・・

不信感が広まった民衆の心を束ねていくのは、

さぞかし大変だろうな。


・・・と思っていたら、一部の町民から


「うわっ! 『殺戮グマ』!」


「おぉ! 『森のくまちゃん』だ!」


と騒がれてしまう。


はぁ・・・目立つ者は、大変だな・・・。




教会へ到着すると、すでに一台の馬車が

教会の横に待機していた。

それも、普通の馬車ではない。

いつも乗っている大型馬車よりも

一回り小さいが、貴族が乗るような立派な個人用の馬車だ。

馬が2頭いて、なかなか早そうだ。


馬を操縦する御者は騎士かと思ったら、

真っ黒な衣装を着た男だった。

もしかして、執事だろうか?

白髪で、白いヒゲがあり、年齢はオレよりも年上に見える。


デーアに言われるがままに、

その馬車の荷台に荷物を乗せたが・・・


「? ほかの騎士たちは?」


「? 私と御者だけだが、なにか?」


デーアが当たり前のように、そう答えた。


オレとしては、聖騎士だろうと姫だろうと、

この国の重要人物に違いないだろうから、

護衛役の騎士が、つねにいるものだと思うが・・・。


そう言えば、こいつ、

あの夜、あの『洞窟』に一人で来てたな・・・。

思い返せば、初めて会った

国境の村でも、こいつは一人で

『バンパイア』捜索していたような・・・。


ちらりと御者を見たら、目が合って、

会釈されたので、オレも小さく頭を下げた。


「彼は、私の家の執事だ。

あぁ見えて、なかなか強いから

護衛役の騎士も傭兵も、私には必要ないんだ。

安心しなさい。」


デーアが、自信満々で御者を紹介してくれた。

たしかに、強そうな目つきをしている。

では、あの夜、あの『洞窟』の入り口に

この御者はいたのだろうか?


改めて、目の前の馬車を見た。

ボロボロの木製の荷台に、ほろだけの屋根しかない

大型馬車とは、ぜんぜん違う造りの馬車だ。

窓やドアがついていて、中は、完全に個室状態だ。


執事の男が、ドアを開けてくれると、

中には、フカフカそうなソファっぽいイスが・・・。


「うわ・・・わわわっ!」


先に乗ったニュシェが、フカフカするイスに慣れないのか、

なにやら座りづらそうにしている。


「うわぁ・・・フッカフカだ!

こんなの初めて乗った!」


続いて、シホが乗って

その柔らかそうなイスの感触を確かめている。

例のごとく、鼻と口が布で覆われている装備だから、

目しか見えないが、嬉しそうだな。


「あー・・・久々・・・。」


そのあとに続いた木下だけは、

ぽつりと小さい声で、そうつぶやいた。

オレにしか聞こえなかったが、

おそらく、木下なら、

この手の馬車は、幼い頃から乗っているのだろう。


続いて、オレも乗り込む。

オレも、こんな馬車に乗るのは初めてだった。

すっごく・・・イスが沈み込む・・・。

鎧を着ているからなのか、オレが重すぎるのか、

床を突き抜けて落ちるかと思うほど、

イスが柔らかすぎて、沈んでしまう。


対面に座っているニュシェが、

まだ慣れてない感じだが、その気持ちが分かる。

当然ながら、馬車の中には、例の『お香』が焚かれている。

ニュシェは、なるべく呼吸をしないように

気を付けているようだが、つらそうだ。


先に、3人の女性陣が片方のイスに座ったので、

必然的に、最後に乗ったオレが対面に座る形になり・・・


「では、私も・・・。」


最後の最後に乗ってきた、デーアが

オレの隣りに座る形になってしまった。


「あぁ!」


そこで、木下が気づいたのだろう。

オレとデーアが、ペアで座る形になってしまったのだ。

オレとしては、どこに座っても女性陣に囲まれて座るわけだから、

どっちでもいいのだが、


「デーアさん、替わりましょうか?」


木下は、そうではなかったようだ。

デーアに対して、変な提案を始めた。


普通に考えて、木下たちのほうが

3人で座っているから狭く感じる。

わざわざ席を替わる理由がないだろ。


「いや、私はここでいいが?」


「いや、おじ様の隣りはイヤかと思って・・・。」


「いや、私は別に?」


木下の必死そうな説得も虚しく、

デーアは交替を拒否してしまった。

そりゃそうだろうな。

木下にしては説得力がない。


「では・・・おじ様がシホさんと替わりますか?」


「「はぁ!?」」


オレとシホは、同時に声が出た。

木下の提案が本当に不可解だったからだ。


「なんで替わらねばならんのだ?」


「そうだよ、もう座ってるんだし、

替わる意味がないよ?」


オレとシホが、当然ながら反論したのだが、


「シホさん、もし、おじ様が

デーアさんに失礼なことをしたら、責任がとれますか?」


「おい!」


とんでもない言いがかりだ!


「オレが失礼なことをするわけないだろ!」


すぐに反論したが


「おじ様に、その気がなくとも、

馬車が揺れて、不可抗力で失礼を働いてしまう可能性が

じゅうぶんあるんですよ!」


木下も負けじと反論してくる。

それにしても、ひどい言われようだ。


「あのなぁ・・・!」


オレが言い返そうと思ったが、


「そんなに心配なら、おっさんとユンムさんが

交替すればいいんじゃないか?」


シホが、もっともな妥協案を言ってくれた。


「えっ!? いや、それは・・・!

だって、それだと・・・今度は、シホさんに

おじ様が失礼なことをするかもしれませんよ!?」


シホのうまい返しに、木下は

しどろもどろになりながら、苦し紛れに

また、おかしなことを言い出す。


「あのなぁ!」


木下の言い分だと、オレはどこに座っても

失礼を働くことになるわけで・・・。

完全なる変質者扱いだ。


「ふふふっ!」


デーアが突然笑い出した。


「いや、すまない!

ユンムさんの必死すぎる姿が、かわいくてね!

ふふふっ!」


隣りにいるデーアが笑うたびに

イスが揺れて、フワフワする。


「キミは、健一さんのことが心配なのだね。

分かったよ、場所を替わろう。」


そう言って、デーアは席を立ち、

一度、ドアから出た。

木下は、デーアに笑われて恥ずかしく思ったのか、

顔を赤くしながら、オレの横に座りだした。

そして、ニコニコ笑顔のデーアが

乗ってきて、オレたちの対面に座った。

なんだか、対面の3人に見つめられて

オレまで恥ずかしい気持ちになってくる。


「もう出発してよろしいかな?」


デーアが、そう言ったので、

オレたちは、うなづいた。


執事によってドアが閉められて、

すぐに馬車が動き出した。

動き始めた時に、多少の揺れこそあったが、

その後は、あまり振動を感じない。

いつまでも、フワフワした感じがする。


なんと言っても、腰に全然負担がない。

一般の大型馬車もこういうイスを使ってほしいものだが、

そうした場合、一般人が乗れない運賃になりそうだな。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いや~笑かして貰いました(*´▽`*) 愛されておりますなぁ。 [一言] デーアは大人だねぇ。 シホのあきれ顔が目に浮かびます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ