デーアの事情
「よぉ。こんなところに
聖騎士様が来るとは・・・なんの用事だ?」
店主も気軽に挨拶・・・しているように聞こえるが、
少し声が緊張している気がする。
この町の聖騎士ディーオならば気を許せても、
あの『洞窟』で剣を交えた相手、デーアには、
まだ気を許せていないのだろう。
オレも、少し緊張する。
相手は剣を帯びているが、こちらは、みんな丸腰だ。
デーアからは、殺気を感じられないが、
聖騎士がここへ来た理由が分からないから
不気味に感じて、身構えてしまう。
「ようやく、この町へ戻ってこれたので、
キミたちに、改めてお礼を言いたくてね。」
オレたちの緊張している空気を、知ってか知らずか、
デーアは、ニコニコしながら、そう言った。
デーアの、その言葉からは、
敵意を感じなかったのもあって、
オレは、一瞬にして緊張がほぐれた。
「礼には及ばない。
あの『洞窟』の討伐報酬をはずんでくれて、
こちらこそ、お礼を言いたいほどだ。
ありがとう、デーア。」
オレは、お礼を述べながら、頭を下げた。
木下たちも、オレに続いて頭を下げる。
「いやいや、キミたちの功績を称えるには、
少ないほどだと思っている。
本当に・・・この国を救ってくれて、ありがとう。」
礼には及ばないと言ったのに、
結局、デーアは礼を言いながら、頭を下げた。
マジメというか、礼節を重んじる姿勢だな。
さすが聖騎士。いや、姫様だからか。
その様子を見て、店主と店員の緊張も解けたらしい。
「あれから、どうしていたんだ?」
オレが気になっていたことを何気なく聞いたら、
「どうしたも何も・・・
よくぞ聞いてくれたね、健一さん!」
デーアが嬉しそうな顔になった。
どうやら、誰かに話を聞いてほしかったようだ。
デーアを囲んで、みんなで席に着き、
あの『洞窟』の一件以来、デーアがどうしていたのかを
聞くことになった。
あの『洞窟』での一件から・・・
デーアは、過酷な状況に追い込まれていたらしい。
自分の父親である大司教に『洞窟』での出来事を
報告したのだが、父親が激怒し、
デーアも大激怒したのだとか・・・。
つまり、国を分裂させるほどの親子喧嘩が始まったわけだ。
聞く耳を持たない父親に対し、周りから説得させようとして、
教会の重臣たちを説得に回ったが、
すでに父親から圧力がかかっており、聞く耳を持たれず・・・。
そこで、もっと周りから説得させることにして、
各教会の騎士たちを説得し、その騎士たちとともに、
町の民衆たちを説得して回ったそうだ。
騎士たちや民衆たちの反応も、それぞれ違っていて、
デーアに賛同する者、父親と同じ態度になる者、
混乱して祈り始める者・・・。
デーア自身が『魔物化』したのではないかと
疑う者さえいたという・・・。
デーアが語り、駆け回ったせいで、
中央の町『オラクルマディス』から、ほかの町や村に
その情報が、あっという間に広まり・・・、
各地で『オラクルマディス教』を批判する声が上がり始めて。
暴動、もしくは内乱が、いつ起きてもおかしくない状況になり・・・
父親の側近が、「デーアがおかしくなったのは
聖騎士ディーオとその父親のせいだ」と言い出して、
その2人を査問にかけるという命令が下ってしまった。
その査問の結果次第では、デーアに対して
『謀反』の罪で処罰する命令を出すかもしれないという
流れができていたようだった。
そこへ、昨日の『謝食祭』の日に、
アンヘルカイドの『魔物化』事件が発生。
多くの騎士たちと民衆たちが、その事件を目撃し、
あっという間に、『真実』が国中に広まった。
聖騎士キカートリックスの報告を、
父親が・・・大司教が素直に報告を聞き入れて・・・
デーアの報告を改めて聞き入れてくれたらしい。
「・・・そうか、大変だったな。
でも、デーアが無事でよかった。
あの『魔物化』した聖騎士は、残念だったが、
こうなった今となっては、あの聖騎士が身をもって
デーアを救ってくれた形になったな・・・。」
オレは、心底、そう思った。
アンヘルカイドには悪いが・・・
やつが『魔物化』しなければ、デーアは
今ごろ、拘束されていたか・・・
争いが激化して、討伐対象になっていたかもしれない。
「皮肉なものだが、結果だけを見ると、そうなるね・・・。
でも、討伐してくれて、ありがとう。
きっとアンヘルカイドも、『魔物化』したままの自分はイヤだったと思うんだ。
だから、本当にキミたちが彼を倒してくれてよかった。
先ほど、そのアンヘルカイドの葬儀式が終わったところだったんだ。」
デーアが、少し寂しそうな表情でそう言った。
「あぁ、じつはオレたちも、さっき外出していて
偶然、葬儀を見かけたんだ。
その、あの、このたびは、えーっと・・・。」
こんな時、とっさに適当な言葉が出てこない。
「この国で、この言葉が適切か分かりませんが、
アンヘルカイドさんのご冥福をお祈りいたします。」
とっさに言葉が出てこないオレの代わりに、
木下が、助け船を出してくれた。
「・・・。」
木下の、その言葉のあと、
なんとなく、そういう空気になったというか・・・
その場にいるみんなが目を閉じて、黙祷する感じになった。




