百年河清
オレたちが武器屋から戻ったころには、
すでに夕食の時間で、お祭りの雰囲気に戻っていなかった
宿屋の食堂にも、チラホラと客が入ってきていた。
騎士たちによる周辺の処理が終わったからかもしれない。
『謝食祭』の夜にしては盛り上がっていないが、
閑古鳥が鳴かない程度に、客が入ってきていた。
店主・・・無理して店を開けたか。
マジメなやつだな。
ただ、やはり騒いで飲食する空気ではない。
客は、傭兵たちと信徒たち、半々の割合で、
信徒たちのほうは、黙々と食べている感じだった。
一応、人の目があるからということで、
またオレたちは宿泊部屋で、4人で食べることになった。
ニュシェが悪いわけではないが、
今は、信徒たちがニュシェを見るたびに、
懺悔したくなる気持ちになってしまうだろうから。
「え~、そんなおもしろい値切り交渉、聞いたことねぇな!」
武器屋でのやり取りを木下が話して、
それを聞いたシホが笑いながら言った。
「絶対、値切れたのに~。」
木下が、ふくれっ面をしているが冗談ではない。
「ただでさえ、変なあだ名を付けられて迷惑しているのに、
これ以上、変なことで目立ってたまるか!」
「あっはっはっは!
『全身金ピカの殺戮グマ』! おかしすぎるー!」
オレが、そう言うと
シホは妄想が膨らんだようで、また笑った。
「装備と言えば、ニュシェは、何か装備を買わなくていいのか?」
話の流れで、ふと、シホが気づいたことを言った。
そういえば、ニュシェは何もできないと聞いていたから、
戦闘に関しては参戦させないつもりでいたが・・・。
「そういえば、ニュシェは『狩りの人』になるための
訓練を受けていたんだったよな?」
オレが、そう聞いてみると
「ん・・・斧と投げ槍と弓矢の練習してた。」
ニュシェは、思い出しながら答えてくれた。
「ほほぅ、いろいろ教えこまれたようだな。」
斧は斧でも、おそらく、手投げ用の小さくて軽い『ハンドアックス』だろう。
接近戦でもいけるし、投げてもいい。
枝を切って薪を作れるし、獣の皮や肉を剥ぎ取るのにも使えて、
軽量だから女子供でも扱いやすい。とにかく重宝する武器のひとつだ。
力のないニュシェでも一人前に狩りが出来るようにと
ニュシェの父親が、ちゃんと考えて教えていたのだろう。
武器の選択を聞くと、その想いがうかがえる。
「そうだなぁ・・・。
ニュシェがどれぐらいの戦力になるのか、
今は本人も分からないようだし、
旅の途中で、倒せそうな魔獣か獣に会ったら、
ニュシェに狩りの技を見せてもらおうか。
その時には、自分が扱いやすい武器を選ぶといいだろう。」
「うん、分かった。」
オレがそう提案すると、ニュシェはうなづいた。
はっきり言って、子供のニュシェを戦力として数えたくない。
実際、そんな戦力になるとは思えないし、
危ない目には遭わせたくないのが本音だが・・・。
いつまでも守ってばかりでは成長を妨げてしまうか。
機会があれば、狩りをさせてみよう。
食事を終えたオレたちは、
1階へ食器を運んで行った。
そこで、店主から『マティーズ』のイヴハールが
病院で意識を取り戻して、安静にしているという知らせを聞いた。
とりあえず、ホッとした。
明日にでもお見舞いに行こうと、店主と話した。
そして、今夜は宿泊部屋をもう一部屋借りることが出来た。
「では、シホさんが一人で寝て、
私たちは3人で・・・。」
「なんでだよっ!」
1人納得がいかない木下がブツブツ言っていたが、シホは喜んでいた。
オレが一部屋で1人で寝て、
女性陣はもう一部屋で3人で寝てもらうことに。
やっと、安眠できそうだ。
寝る時間となり、木下たちと「おやすみ」を言い合った後、
オレは一人で、隣の部屋へ行った。
間取りは、どこの部屋も同じらしい。
しかし、何より違うのは、1人でこの部屋を使えるということだ。
なんという、開放感・・・。ありがたい。
しかし、オレが部屋に入って、しばらくして・・・
コン、コン・・・
近づいてくる気配を感じていたが、突然、部屋のドアがノックされた。
「だれだ?」
「俺だ。」
店主の声だった。
ドアを開けて、店主を部屋へ招き入れる。
店主の様子からして、そんな深刻な話を
しに来たわけではないと感じるが・・・。
「あんた、本気で『ドラゴン』を探しているのか?」
「!!」
いきなり『特命』のことを聞かれた気がして
驚いてしまった。
しかし、オレたちパーティーの旅の目的が
『ドラゴン討伐』ということは、すでにシホに言ってある。
口が軽いシホに言えば、それは当然、
周りのみんなが知る情報になるわけだ。
「あ、あぁ・・・まぁ、そうだな。
ユンムには、勝手に男のロマンということにされているが。」
オレは、なるべく平静を装う。
「そうか・・・。
まぁ、これは言うか言わないか迷ったんだが・・・。」
「ん?」
「俺の情報網には、『ドラゴン』の情報は
まったくと言っていいほど入ってきていない。」
「!」
店主が断言した・・・。
店主の情報網というのは、この町の情報だけではなく、
『ヒトカリ』が全支店間の情報共有に使っているという
例の『魔道具』での、情報収集も含まれているのだろう。
全国、全世界の情報がここに入ってきているはずだ。
その店主の耳に、
『ドラゴン』の情報が入ってきていないということは・・・。
「それは、つまり・・・
『ドラゴン』発見という『ゴシップ記事』は
やはりデタラメだったということか?」
だとすれば・・・オレは・・・
オレたちは、なんのために『特命』を受けたんだ・・・?
「おっさん、ショックを受けるのは、まだ早いぜ。」
オレの表情は、ショックを受けたような顔だったのだろう。
『ドラゴン』がいないというだけの理由で
ショックを受けたわけではないのだが。
「『ゴシップ記事』のような情報は、ちょいちょい入ってきてる。
でも、その情報が流れ始めると、
すぐに誤情報だったという知らせが流れて、
『ドラゴン』の情報は広まることなく消えるんだ。
そして・・・『ドラゴン』の情報を流した
『ゴシップ記事』の記者が消えている。」
「!? それは、どういう意味なんだ!?」
記者が消えるというのは、行方不明になるということか、
それとも殺されているということか・・・。
どちらにしても、不自然だ。
「さぁ、どういう意味かは、人それぞれの解釈だが・・・
俺には、どこかの誰かが『ドラゴン』の情報を
もみ消している・・・と感じたが、ね。
それも、1人の仕業ではなく、もっと大きな・・・。
そうじゃないと、全国に広まるはずの情報が、
簡単に消えるわけがないからな。
でも、まぁ、これは俺の憶測だ。断言はできない。
しかし、誰も「ドラゴンは存在しない」という
断言もできないんじゃないかなと、俺は思ってるよ。」
店主の言葉には、心のどこかで
『ドラゴン』の存在を信じているように聞こえた。
「そして・・・『ゴシップ記事』を信じて、
東へ向かうやつらは、あんただけじゃない。
すでに、何人か、うちの宿を利用して
『ドラゴン討伐』を目指して東へ旅立っている。」
「なにっ! そうなのか!?」
びっくりした。
あんな『ゴシップ記事』を本気にするやつが他にもいるのか!?
オレなんて『特命』さえなければ、
あんな記事、気にも留めてなかったのに。
・・・しかし、結局は、オレも
『ドラゴン』の存在を少なからず信じているから・・・
信じたいから、『特命』を受けたわけで・・・。
オレだけが、頭がおかしいと思われているわけじゃなく、
ほかにも『ドラゴン』の存在を信じているやつがいると聞いて、
どこかホッとした。
「だから、まぁ・・・あんたの旅の成功を祈ってるぜ。」
きっと、店主は、
オレたちの背中を押して、送り出したいと思ってくれたのだろう。
だから、知っている限りの情報を教えてくれたのだ。
しかし、結局のところ『ドラゴン』の存在が
本当かどうかなんて、店主も分からないわけだから、
下手な期待を持たせるわけにもいかない・・・と思っていたのだろう。
オレの表情を見て、ホッとしているのを感じたのだろう。
店主の表情も、どこかホッとしている気がする。
話してよかったと思っているようだ。
「なにかと気を遣わせたな、店主。
大変、世話になった。ありがとう。」
オレは、情報を提供してくれたお礼だけじゃなく、
ここ数日、世話になったことも含めて、
頭を下げて礼を言った。
「なぁに、礼には及ばない。
あんたのおかげで、この町を、この店を守れたんだ。
こちらこそ、礼を言う。ありがとう。」
そう言って、店主も頭を下げた。
改めて、店主の顔を見る。
同じ年齢っぽい男だが、オレよりも断然、経験値が上。
傭兵として、今も現役でやっていける実力もある。
こういう男こそ・・・『ドラゴン討伐』に向けて
うちのパーティーに加わってほしいものだが・・・。
「正直、あんたみたいな男が
パーティーに加わってくれたら、今後の旅も助かるんだがな?」
オレは、冗談半分で誘ってみたが、
「それは、買いかぶりすぎだ。
俺は傭兵を引退してから、かなり長い。
あの『スヴィシェの洞窟』の探索や、
町中の共闘で、じゅうぶん自分の歳を思い知ったよ。」
店主は、そう言って、やんわり断った。
「オレと同じくらいの歳だろ?」
それでも、オレは、少し突っ込んでみたが、
「あんたほどの実力はないよ。
それに・・・俺には、この店を続ける理由がある。」
店主の表情が、少し寂しそうに見えた。
「続ける理由?」
「あぁ・・・。
もう知っての通り、この宿屋の名前は、
俺が昔、傭兵をしていた時のパーティー名だ。
このパーティー名を掲げ続けて・・・
この国で、散り散りになった仲間をここで待っている。」
「!!」
そう言えば、聖騎士キカートリックスが言っていたな。
店主が、『パーティー『エグザイル』のリーダー』だと。
そして、ここの店員が、そのメンバーであることも言っていた。
「店員のカルブも、元々は、散り散りになって離れていた仲間だった。
それが数年前に、この宿屋へフラっと現れてな。
今は、いっしょに店を手伝ってくれて、
残りの仲間を探しているところだ。」
店主は、なんとなく言いづらそうな感じがする。
ここまで話すつもりはなかったのだろう。
「店主が、この国へ来たのは
数十年前って話だったはずだが、ずっと待っていて、
たった1人しか見つかっていないのか?」
オレは、つい質問してしまった。
何十年もここで仲間を待ち続けて、仲間を探し続けて、
たった1人しか見つかっていないなんて・・・。
「まぁ、そうなるな。
ほとんどの仲間は、この国へ来た時に
騎士団との戦いで命を落としたり、捕まったり、だ。
まぁ、あとは、見つけた時には亡くなっていたり・・・
うまく別の国へ逃げたというやつもいたり。
中には、俺と同じく、傭兵を引退して
別の仕事を見つけて幸せに暮らしているやつもいたよ。」
どこか寂しそうな表情の店主。
「それで、あと何人なんだ?」
「いや、まぁ・・・あと2人ってとこかな。
騎士団に捕まっていたやつらは、すでに数年前、釈放されて、
それぞれの故郷に帰ったという情報を得ているが・・・
あと2人・・・どうしても2人だけ行方が分からない。
人知れず、どこかで、くたばってしまったか・・・
あるいは、すでに他国へ逃げおおせたか・・・。
生きててくれれば、それでいいんだが、な。」
なんとも・・・途方もなく時間のかかる話だ。
ここで店を構えていても、来てくれる確証はない。
騎士団に追われながら、散り散りになった仲間たち・・・。
『獣人族』とともに行動しなければ助かるわけだから、
店主は、あえて離れた仲間を見捨てて
自分は友人の『獣人族』とともに、最後まで逃げていた・・・。
だから、中には店主に見捨てられたと感じて、
店主を恨んでいる仲間もいるかもしれない。
そんなやつは、きっと、二度と店主の前に現れることはないだろう。
・・・そうまでして、待つのは・・・
「・・・その最後の2人、見つかるといいな。」
「あぁ、そうだな。」
これが、パーティーのリーダーというものか。
仲間を信じ続ける姿。オレとは格が違う。
こんな偉大な男を、自分のダサイ名前のパーティーに
引き入れようと考えるとは・・・オレも浅はかだったな。
オレは、店主の話を聞いて、
ますます自分の経験不足を感じ、
パーティーのリーダーとしての器の小ささを恥ずかしく感じた。




