形勢不利
ざわざわざわわ・・・!
みんなが、店主とキカートリックスの2人に
注目していた隙に・・・
アンヘルカイドが、『バンパイア』の本の最後のページを舐めた!
オレたちも、取り囲んでいる騎士団も、
遠巻きに見ている民衆たちも、
それを目撃したみんなが驚いた!
「な、なんてことを・・・!?」
ディーオが青ざめて震えている。
「バッ、バカやろぉ!
なにしてやがる!!」
店主が本気で怒鳴った。
「ア、アンヘルカイド、お前・・・!」
キカートリックスは、少し呆然としていた。
やつだけは、本が偽物だと思い込んでいるからだろう。
その当の本人は、
「あっはっはっは! 舐めてやったぜ!
おぇ! やっぱり気持ち悪い! ぺっぺっぺっ!」
おどけた表情で、ツバを吐く。
「いや、こんな気持ち悪いの舐めたくなかったが、
キカートリックスの話は一理あると思ってな!
俺が試してやった! どうだ!?
俺は、『バンパイア』になったか!? あぁ!?」
アンヘルカイドは、まるで勝ち誇るかのように
高々と本を掲げて、大きな声で叫んだ。
本が、本物であるかどうかを
身を挺して試したのが自分であると誇示するように。
おそらく、キカートリックスと店主の話を聞いていて、
本が偽物であることを、キカートリックスより先に
証明したほうが、功績になると感じたようだ。
『功を焦る』とは、このことか。
しかし、たしかに・・・
アンヘルカイドには、何の変化も見られない!
最後のページのアレは、『血』ではなかったのか!?
「ふっ・・・はっはっはっは!」
少し呆然としていたキカートリックスだったが、
アンヘルカイドの様子に変化がないのを確かめると、笑い出した。
「見てみろ、シエン清春!
アンヘルカイドは、なんの変化もないぞ!?
どうだ!? この状況でも、まだ何か言えるのか!?
あれが『バンパイア』の本だと!?
『血』を舐めると『バンパイア』化するだと!?
笑わせるな! お前らの茶番もここまでだ!」
キカートリックスも、勝ち誇るかのように
店主へ向けて、そう言い放った。
「ぐっ・・・!」
店主も、ディーオも、
まるで気が抜けたかのように、
無言で、アンヘルカイドを見ている。
あんなに必死に止めたかったけれど、
取り越し苦労に終わってしまったことに・・・
『バンパイア』が増えなくて、ホッとするような・・・
それでいて、一転して、
自分たちの置かれている立場が悪くなってしまったことに、
がっかりするような・・・そんな心境なのかもしれない。
「本当に茶番だったな!
お前たちの言う証拠は、今、俺が立証した!
この本は偽物だ!
そして、お前たちはウソの報告をしていたことになる!
『バンパイア』を『獣人族』だと、
国中に言いふらした罪は、重いぞ!?」
アンヘルカイドが、大きな声で言い放つ。
それは、オレたちだけじゃなく、
この場で目撃者となった民衆にも聞こえるように言っているのだ。
「やっぱりデマだったのか!?」
「でも、デーア様は・・・。」
「おかしいと思ってた!」
ざわざわざわざわ・・・
アンヘルカイドみたいなやつでも、聖騎士なのだ。
聖騎士の言うことは、あっという間に
この国の民衆に浸透していく。
このままでは・・・しかし、
アンヘルカイドが立証してしまった証拠を
覆すようなモノが、こちらには無い。
「・・・。」
店主も、ディーオも、もはや何も言い返せない・・・。
2人とも、武器を構えていた手が下がり、
アンヘルカイドの勝ち誇った顔を、ただただ見ている・・・。
店主の怒気や殺気も、今は消えている。
おそらく、あの本の最後のページの
黒いモノは、違うモノだったというだけで・・・
本物の『血』は、回収した本の中の
いずれかに残されているのかもしれない。
大量に本があったはずだから・・・
たまたまハズレをひいてしまっただけで、
もっと深く調査すれば、きっと・・・。
しかし、運が悪かった。
アンヘルカイドが教会から持ち出した本が
ハズレだったとは・・・。
店主やディーオの話を、ここにいる全員が聞いていて、
結果がハズレなのだから・・・
もう、これ以上の調査は認められないだろう。
それにしても・・・
なんて狡猾なんだ、あの『バンパイア』は!
自ら『血』を与えるだけじゃなく、
こんな本に『血』を残して与える方法まで
用意していたとは・・・!
「あっはっは! さっきまでの勢いはどうした!?
清春ぅ! ディーオ~!?」
ずっと2人をあざ笑う、アンヘルカイド。
「挑発は、それくらいにしろ、アンヘルカイド!
・・・これ以上ない立証になったようだな。
たぶん、デーア様にウソを吹き込んだのも、お前たちなのだろう。
聖女様のように純粋な方だからな。
これ以上、下手な言い訳がないならば終わりにしよう。
元より、罪人の言い訳を聞く必要もなかったわけだが・・・
お前たちに、抵抗の意思がなくなったのはよかった。
こちらとしても、被害が少ないほうがありがたいからな。」
キカートリックスが、静かにそう言った。
相手に戦う意思がなくなったと判断したようで、
剣を納め始めた。
キカートリックスが剣を納めたことで、
オレたちの後ろにいた騎士団たちも剣を納め始める。
「はぁ! はぁ! あっはっはっは!」
勝ち誇る高揚感が抑えられないのか、
アンヘルカイドは、まだ剣を納めようとせず、
まだ高笑いしている。
なんとも、カンに触る笑い方だ。
「!」
「フゥーーー! フゥーーー!」
アンヘルカイドの高笑いに
反応して、ニュシェの怒気が高まっていく!
「ニュ、ニュシェ・・・!」
ニュシェを見ると・・・もう泣いていた。
アンヘルカイドを睨みつけながら・・・。
その怒りの表情は、
オレには怖いものではなく、痛々しく感じた。
その表情だけで、じゅうぶんだった。
村を襲われ、家族を殺された、ニュシェの『無念』が伝わってくる。
・・・かけてやる言葉が見つからない。
「いつまで笑っているんだ、アンヘルカイド!
・・・さて、もう終わりにしよう。
ディーオ、お前を『オラクルマディス』大聖堂へ連行する!
それから、『ヒトカリ』のパーティー『エグザイル』の
リーダー・シエン清春と、メンバーのカルブ!
そして、そこの『バンパイア』の子供!
3名は抵抗しなければ、いっしょに連行する!
抵抗すれば、この場で討伐する!」
キカートリックスが、そう言い放った。
「・・・!」
店主も、ディーオも動けない。動かない。
抵抗はできるが、これだけの人数の騎士たちに囲まれて、
みんなが無事に逃げられるわけがない。
2人の実力なら、これぐらいの人数でも逃げられるだろうが、
周りへの被害が大きい。
ディーオに至っては、体力的にも限界だし、
向こう側にいる騎士団の数十人が、
おそらく自分が率いている騎士団なのだろう。
部下たちを巻き込みたくないがために、抵抗ができないのだ。
キカートリックスの言葉が号令だったかのように、
向こう側にいた騎士団が動き出して、ディーオと店主へ駆け寄る。
「!!」
オレたちの後ろ側にいた騎士団からも
数人、ニュシェへ駆け寄ってくる!
もう限界だ! 交渉決裂だ!
オレは、一瞬、目を閉じて・・・
「はぁぁぁ・・・ふぅぅぅぅ・・・。」
ひと呼吸して、『覚悟』を決めた。
正直、今まで剣を抜かなかったのは、
オレが、『ソール王国』の『なんちゃって騎士』であり、
『特命』を受けて、隠密の旅をしているからだ。
その旅を続けるために・・・
ここで事件を起こすことも、巻き込まれることも、
あってはならないのだ。
『ヒトカリ』に登録してしまっているから、
オレたちの悪行は、すぐ全世界に伝わってしまう。
しかし、さっきニュシェの怒りの表情を見たオレは、
もう、『特命』のことで悩むことをやめてしまった。
リストラされたわけだから、忠誠も何もないのだが、
『特命』を最優先できないオレは、
王様に仕える騎士としては失格だ。
しかし、ここでニュシェを救えないのなら、
何が『騎士』だ!?
オレは、剣の柄に手をかけた!
その時、
「あっはっはっ! はふっ!」
カッ・・・! コツン・・・!
「!?」
高笑いしていたアンヘルカイドの口から、
『ナニか』が2つ飛ばされて、地面に落ちた。
「・・・!?」




