無事を祈る乾杯
以前、志村といっしょに飲みに来た店へ着いた。
大衆居酒屋だが、昼も開いている。
煮物系が中心の料理に定評があり、
昼も夜も、そこそこ賑わっている店だ。
今は昼食の時間が過ぎていて、客も少ない。
暖簾をくぐる前から、煮物のいい匂いがした。
オレたちは、カウンター席ではなく、
入り口から離れたテーブルに座った。
今から木下と話す内容は、かなり込み入った話だ。
他の客や店員には、あまり聞かれたくないので
店の奥の席を選んだ。
オレの正面に座った木下。
こうして向かい合って、上品な顔を見ていると、
欠点がないのではないか?と勘違いしそうになる。
外見で人を判断してしまうのは、人間の性かもしれない。
しかし、木下には必ず『策略』がある。
そうでなければ、王様の秘書が
こんな『特命』に付き添う理由がない。
諦めさせることが無理でも、その理由だけは聞き出したい。
オレは、メニュー表をペラペラめくりながら
再度、そう決心していた。
オレは、店員に適当な料理を頼んだ。
木下は作り笑顔のまま、
村上から手渡された資料に目を通している。
オレも、ざっと目を通していたが、
ありきたりな規約が書いてあるだけだったはずだ。
木下もマジメなヤツか。
「さて、話し合おうか。」
オレは、意を決するように木下に話しかけた。
木下は手にしていた資料をたたみ、
オレの目を見つめてくる。
「はい、よろしくお願いいたします。」
バカ丁寧なあいさつをする木下。
オレの知能の低さは、お見通しなんだろうな。
まずは、率直に疑問をぶつけていくしかない。
「はじめに、改めて自己紹介をしておこうか。
もう知っているだろうが、念のためだ。
オレは、佐藤健一。58歳、妻子あり。
竜騎士の資格を持つ、城門警備隊・隊長・・・だった男だ。」
「はい、では、こちらも。
私は、木下ユンム。24歳、独身。
王室秘書・・・だったのは、今日までです。
明日からは、今回の『特命』の見届け役となりました。
よろしくお願いいたします。」
やはり独身だったか。
「女性に年齢を聞くのは、あまりよくないと思っていて
聞くに聞けないと思っていたが、
素直に話してくれて、ありがたいよ。
24歳か~、うちの娘とほぼ同じ年齢だな。」
「あら、娘さんはおいくつなんですか?」
「23だ。しかし早くに結婚してしまってな。
今はいっしょに住んでおらんのだ。」
「まぁ、そうでしたか。
しかし、それなら、なおさら・・・
佐藤隊長が、私を襲う可能性は低いですね。
娘さんと同世代の女性を
『性』の対象として見ないでしょうから。」
カチャカチャ!と音がしたと思ったら、
オレの背後から女性店員が水を運んできていた。
店員の顔を見たら、なんとなく
バツが悪そうな表情をしている。
タイミング悪く、木下の話を聞いてしまったようだ。
コップを置く手が、微妙に震えているようだ。
変な勘違いをしてなければいいが・・・。
「あー・・・まぁ、それはそうだが・・・。
その・・・木下は、あまり抵抗がないのか?
もし、間違って、オレが理性の制御ができなくなった場合とか
想像しないのか?」
恋仲になるのは有り得ないにしても、
長い年月を、こんなおっさんと寝食をともにするというのは
それなりに身の危険を感じるものではないのだろうか?
「あぁ、なるほど。恋愛感情ではなく、ですか。
それなら心配には及びません。
私、こう見えても、護身術を身に付けてますし、
攻撃の魔法も使えるので、自分の身は自分で守れます。
冷静な佐藤隊長なら太刀打ちできませんが、
理性を失った佐藤隊長なら撃退できると思います。」
たしか、王室では「攻撃系の魔法は得意ではない」と言っていたが
「攻撃系の魔法は使えない」とは言っていなかったな。
簡単に自分の手の内を明かさない話術。さすがだと感心する。
そして・・・
「なるほど、それなりに腕に覚えがあってのことか。
それは、お見逸れした。」
木下は、オレより実力が上だと思っているようだ。
だから、いざとなった時も想定内ということだ。
「いえいえ、本当の実力を発揮されたら、
私は太刀打ちできませんから。
そのへん、よろしくお願いしますね。」
さらりと釘を刺された気がする。
「まぁ、そっちのほうはさておき、
旅の道中の戦闘や、実際のドラゴンとの戦闘になったとき、
オレは木下を守りながら戦うことになるかと思っていたが、
その、木下は戦闘時も、
自分の身は自分で守れるということでいいんだな?」
「はい、佐藤隊長の足を引っ張ることにならぬよう
精いっぱい、自分の身を守ります。」
どこまでも、男をたてるというか、
上司をたてるのがうまい話術だ。
おそらく、オレに頼らなくても、
だいたいの魔物は自分で倒せるのだろう。
そこをあえて、オレにやらせる気でいるのだ。
「それが聞けて、すこし安心した。
不安がひとつ消えた気がするよ。」
「それはよかったです。」
オレを男として見てないような・・・
いや、それが当たり前だし、
今回はそれがありがたいわけだが、なんとなく寂しい気もする。
複雑な心境といったところか。
こんな気持ちは、女房と初デートした日以来だな。
オレの疑問と不安がひとつ消えたところで
ちょうど、料理と酒が運ばれてきた。
夜の料理とは、また違った料理が出てきている。
「あのー、佐藤隊長・・・
さすがにそのお姿で、昼間からお酒を飲まれるのは、
ちょっと・・・」
オレは騎士の鎧姿のままだし、
木下は、大衆居酒屋に似合わない上品な服装をしている。
木下が、今さらながら
王国に所属する『公務員』という立場を
わきまえるようにと言い出す。
しかし、酒は今のオレにとって必需品だ。
「まぁ、かたいことは気にするな。
この店は馴染みの店だ。
そんな偏見の目で見られることもないし、
店長も口が堅いヤツだ。
なぁに、大量に飲まねば、お互いに話ができなくなる
なんてことはないだろう。ちょっとだけだ。
付き合え、木下。」
この店は今回で2回目の来店だ。
料理がうまいのは確かだが、
誰が店長なのかは知らない。
しかし、ウソも方便。
多少、強引ではあるが、お酒は多少なりとも
人間の理性を鈍くさせる。
いかに頭脳の回転が速い木下であっても、
すこし鈍くなってくれれば、建前ではなく本音を
うっかり語ってくれるかもしれない。
オレの頭脳まで鈍くなるから『諸刃の剣』ではあるが。
「・・・そうですね、今日から
長い付き合いになると思いますし、
お互いの旅路の無事を祈って、乾杯しましょうか。」
作り笑顔がすこしこわばっているが、
木下が折れてくれた。よし!
「ありがとう。
これから、長い付き合いになるが、
お互い、無事に『特命』を果たせるように!乾杯!」
「乾杯!」
突き合わせたコップが、カチャンと鳴る。
さて・・・オレの浅はかな作戦で、
木下から、鬼が出るか蛇が出るか・・・。




