シホの決断
「俺、ずっと考えてたんだ。
おっさんに置いて行かれたあの日から、ずっと・・・。」
置いて行かれた日・・・。
オレが単独で『洞窟』へ行ってしまった一夜のことを指している。
すぐに、その言葉に反応して、
木下が鋭い視線をオレに向けてくる。
2人とも、根に持っているな。
・・・パーティーならば、当たり前か。
「すまなかった・・・。」
オレには、それしか言えないから、
ずっと、この謝罪の一言を繰り返している。
「いや、もう、おっさんを責めてるわけじゃないんだ。
おっさんは、姉さんのカタキを討ってくれたわけだから、
俺としては責めるどころか、感謝してもしきれないくらいだよ。
ありがとう、おっさん・・・。」
あの夜の『洞窟』内の出来事を
入院中の病室で、ゆっくりシホにも木下にも話した。
そこで、シホの姉のカタキを討ったことは話してある。
それから、ずっとシホは
なにかあるごとに、オレにお礼の言葉を述べてくる。
「まぁ、最終的にトドメを刺したのは
聖騎士デーアだがな。」
はっきり言って、『洞窟』の件では
オレは、なにひとつ功績を残していない。
シホの姉のカタキにしても、あのバンパイアにしても、
最終的にトドメを刺したのは、オレではないからだ。
オレの功績は、魔獣たちを数十匹、
討伐したことだけだろう。
「おっさんの活躍があってこそさ。
実際、おっさんの実力を知っているから、
話を聞いているだけでも分かるよ。
トドメを刺すまでに、どれだけ
おっさんが奮闘したのか・・・。」
シホが、少しうつむく。
「はっきり言って、最初は、
姉さんのカタキさえ討てればいいって思って
おっさんたちのパーティーに加入したけれど、
完全に、おっさんたちの実力に
俺の実力が釣り合ってなくてさ・・・。
あの夜、置いて行かれても仕方ないってのは
自分でも理解できてるんだ・・・。
姉さんたちのパーティーでも実力が合ってたかって言われると
そうでもなくて・・・。
姉さんの実力のほうがすごくて、
俺は、いつも姉さんの背中を追っかけるのに必死で・・・。
その追いかけていた背中に、追いつきそうだったって
思ってたけど、姉さんがいなくなった今では、
それも実際のところ、どうなんだろ?って・・・。」
シホが、何を言わんとしているのか
分かる気がする。
オレも、若い頃はそうだった。
周りの先輩方の実力に、ついていくのがやっとで・・・。
逆に、足を引っ張ってしまった日には、
自分が、仕事に向いていない気がして
辞めることも考えたものだ・・・。
あの頃、先輩に言われて励まされた言葉を
今度はオレが、次の世代に言い渡す番なのだろうな。
「それで、その・・・考えたんだ。
俺は、このパーティーにオンブにダッコで、
ずっと、このパーティーのお荷物になっちゃうんじゃないかって。
だから、俺は・・・もう傭兵を辞めるべきなんじゃないかって。」
「そんな!」
スッ
木下が、シホに何か言おうとしたのを
オレが手をあげて止めた。
まだシホの答えを聞いていない。
「でもさ、俺・・・俺・・・。」
シホの目が赤くなって、表情が曇っていく。
「俺、物心ついた時から、姉さんと傭兵の仕事してて、
俺、この仕事以外のこと、知らないんだよ。
俺には、もう、この仕事しかないんだよ。
俺・・・弱っちいけど、この仕事しか・・・。
いや、俺、この仕事が好きなんだよ!
姉さんのような強い傭兵になるのが、夢だったんだよ!」
シホが、顔を上げて、オレの目を見てくる。
真剣な表情だ。
「おっさんなら、分かるだろ!?
夢を追っかけている、おっさんなら!」
「・・・!」
いや、オレは・・・夢・・・追いかけてないんだが。
あぁ・・・『ドラゴン討伐』が夢ってことになってたか。
・・・まぁ、あながち間違ってもないのか。
しかし、自分とシホの夢にかける情熱の温度差を感じる。
「改めて、お願いする!
俺を、このパーティーに入れて
おっさんたちの旅に連れてってくれ!
報酬は少なくても文句は言わない!
俺の取り分は、ユンムさんに任せる!
俺は・・・俺も、いつか、姉さんのように!
いや、それ以上に!
おっさんのように! 強くなるから! 頼む!」
シホが、オレに向かって深々と頭を下げた。
その必死な姿を見て・・・
オレが『特命』を隠していることが、
とても申し訳なく感じた。
こんな情熱あるやつを、
オレの『特命』の旅に巻き込んでしまっていいのか?
「・・・。」
オレが黙っている間、その場にいる
木下もニュシェも、店主も、オレを見つめている。
シホの答えは聞けた。
あとは、オレがその答えに応える番だ。
「改まって、何を言い出すかと思えば・・・。
お前ってやつは、本当にマジメだなぁ。」
オレは、そう言いながら、
こちらへ頭を下げているシホの頭を撫でてやった。
シホが、驚いた表情で顔を上げる。
「『洞窟』の件は、全面的に、オレが悪かった。
木下やシホに、もっと頼るべきだった。
本当に、すまなかった。もう許してくれ。
オレのせいでお前に勘違いさせたのなら、
こちらも改めて、また謝ろう。
すまなかった。許してくれ。
お前は、すでに、オレたちパーティーの仲間だ。
今さら、辞めるって言われるほうが困る。」
オレが、そう言うと
ついに、シホが泣き出した。
「でも、俺、弱くて・・・。
ぜんぜん、何もできなくて・・・。
俺のせいで、おっさんたちの足を引っ張って・・・。」
「なに言ってんだ。
シホの補助魔法があったから、今、オレたちは生きてるんだ。
お前がいなかったら、魔獣討伐は成し得なかった。」
「ウソだ・・・!
おっさんの実力なら、俺がいなくても・・・!
俺が、もっと姉さんのように、強ければ・・・!」
「ウソじゃないぞ。
今、こうして生きていることが、その証拠だ。
そして、お前はシホだ。
当たり前のことだが、お前はオレじゃない。
お前は、亡くなった姉でもない。
お前はお前だ。
強さに憧れ、目指して、努力することはいいことだが、
どんなにがんばっても、お前はお前だ。
姉やオレには成れない。
その逆も然り。オレはお前に成れない。
でも、それでいいんだよ。それが、いいんだ。
そのままの、シホがいいんだ。」
「ふぇぇぇぇ~・・・!」
シホが、そのまま泣きついてきた。
大泣きだ。大の大人が、まるで子供のように。
そのひどい泣き顔を見られたくないのだろう。
オレの胸で顔を隠して、泣いている。
きっと、不安だったのだろうな。
いつかパーティーから見捨てられるかも、と。
『人を傷つけるのは本当の強さではない』
これも、昔、格言好きな先輩が言っていた言葉だ。
オレの実力が、シホを傷つけたのなら、
これが、今のオレの強さなのだろう。
人を傷つけてしまう程度の『半端な強さ』ということだ。
シホが強さを求めて、がんばるのならば、
半端な強さのオレも、また、がんばらねばならないだろう。
パーティーの誰も傷つけないぐらいの、
本当の強さを手に入れるぐらいにならねば。
老い先短いと思っていたが、どっこい・・・
まだまだ、この老体でもやれることがあったか。
若者からそれを学ぶとはな。




