報酬金分配と今後の話
時刻は夕食時であったが、
オレたちは夕食前に、宿泊部屋で、
オレ、木下、シホ、ニュシェ、店主を交えて
みんなと話し合うことになった。
報酬の分配についてだ。
「『レッサー王国』の報酬額は、金10000。
今回の『スヴィシェの洞窟』の報酬額は、金5000。
これが、教会のおかげで倍額となり、金10000となりました。
2件の報酬額の合計は、金20000となります。」
「・・・!」
木下からの報告を受けて、
あまりの金額の大きさにオレの思考が止まる。
「ひゅーーー!」
シホが、ご機嫌な感じの口笛を鳴らす。
「知っての通り、金貨で持ち歩ける額ではないので、
この通り、『ゴールドカード』を受け取りました。」
木下が、金で出来ているカードを2枚、
腰の布袋から出して、見せてくれた。
「こ、これが・・・!」
オレは持ったことも見たこともないのだが、
大富豪や貴族、王族たちは金貨を持ち歩かず、
すべて、金で出来ているカード『ゴールドカード』で
売買を行っていると聞いたことはある。
しかし、実際に現物を見るのは生まれて初めてだ。
それにしても、『レッサー王国』の報酬額にも驚きだ。
あのバカ王子・・・いろいろ迷惑をかけられたが、
なかなか気前がいいじゃないか。
一国を狙うほどの反逆者を討伐したのだから当然といえば当然か。
それとも、木下がいたからこそ、か。
こ、これだけあれば・・・
家を買って・・・いや、旅に家は不要だな。
馬か!? まずは馬車を買って、移動力を・・・!?
でも、維持費と馬の世話が大変だな・・・。
まずは、新しい防具を・・・。
「あー、この場に、なんで俺が呼ばれたのか・・・
嫌な予感しかしないんだが、理由を聞いてもいいかい?
お嬢ちゃん。」
店主が、居心地悪そうに、部屋のドアの前に立っている。
「そりゃ、あの『洞窟』の討伐に加勢してくれたからだろ。
報酬分配は当然だ。」
オレは、木下の代わりにそう答えたが
「いえ、それだけではありません。」
木下の答えは、オレの答え以上に、なにかあるようだった。
「ニュシェちゃん・・・。」
そうして、木下はニュシェにやさしく語りかけた。
「いい? よく聞いてね?
私たちの旅の目的は、おじ様の夢である『ドラゴン討伐』なの。」
「いや、夢ってわけじゃ・・・!」
「おじ様は黙っててください!」
オレの抗議の声は、木下に止められた・・・。
オレに構わず、木下は言葉を続ける。
「・・・『ドラゴン討伐』のために、私たちは
遥か東に広がっている『未開の大地』を目指しているの。
それでね? 最初に、ニュシェちゃんと話してた時は、
この国でニュシェちゃんが安心して暮らしていくには、
あまりにも危険だったから、私たちといっしょに、この国を出て
旅に連れて行こうって思っていたんだけど・・・。
おじ様とシエンさんとニュシェちゃんのおかげで、
この国は、今、大きく変わろうとしているの。」
木下は、まっすぐニュシェの目を見て話し、
ニュシェもまたまっすぐ木下の目を見て聞いている。
「最初は、勝手に私たちだけの判断で決めちゃって、
ニュシェちゃんの気持ちを聞いてなかった。
でも、それは、この国にいることがニュシェちゃんにとって
命の危険しかなかったから・・・一刻でも早く
この国からニュシェちゃんを逃してあげたかったから・・・。
でも、今、この国はニュシェちゃんにとって
安心して暮らしていける国に変わろうとしている・・・。」
・・・まずは、状況が変わったことを
木下はやさしく丁寧に説明している。
そういえば、そうだったな。
ニュシェを一刻も早くこの国から逃がすために
先に請け負っていた『洞窟』の依頼を
早く終わらせようとして・・・
結果、ニュシェは、この国から逃げなくてもいいという
展開になったわけだ・・・。
大人のオレたちとしては、それだけの説明で、
すでに、木下が、何を言いたいのか分かってしまう。
木下は、ニュシェをここに置いて・・・
「だから、ニュシェちゃん自身で考えて、
ニュシェちゃん自身の意思を聞かせてほしいの。
この国は、一応、ニュシェちゃんの生まれた場所なんでしょ?
故郷なんでしょ? だから・・・
ここで暮らして生きたいか・・・
私たちといっしょに旅に出るか・・・
ニュシェちゃん自身で決めてほしいの。」
・・・置いていかないのか。
木下は、ただただ大人たちの都合で
ニュシェを置いていくのではなく、
ニュシェ自身に、身の振り方を決めさせるつもりのようだ。
「・・・あたしは・・・。」
ニュシェは、小さな声で、
下を向きながら、黙ってしまった。
考えているのだろうか。
それとも、迷っているのだろうか。
「・・・。」
高校生ぐらいの年齢のニュシェ。
その子に、いきなり、
今後の人生が大きく変わる選択を迫っている・・・。
オレの中で、ニュシェは、すでに大人だと認めたばかりだったが、
こうして人生の岐路に立たされて、迷っている姿を見ると、
まだまだ子供に見えてしまって・・・
なんだか、かわいそうになってくる。
ニュシェの沈黙に耐えかねて、
思わず、なにか口出ししたくなるが・・・
ここで耐えるのが、オレたち大人の役目だな。
「ふむ・・・そういうこと、か。」
この沈黙に耐えかねたのか、
しばらくして、店主が口を開き始めた。
「お嬢ちゃんの考えは分かった。
そういうことなら、協力するぜ。
うちは、ちょうど、かわいい看板娘を募集中だったんだ。
そこの嬢ちゃん・・・あー、ニュシェが、
この国に留まると決めた場合は、
うちで住み込みで働いてもらうとしよう。
ずっといてもいいし、働きながら
自分の場所を見つけたら、出て行ってもらってもいい。」
店主は、そう提示した。
なるほど・・・ニュシェがここに留まるとしても、
当面の生活をどうするか・・・
そのイメージが出来なければ、選択することが難しいだろう。
だから、店主は、その選択の道を
イメージしやすいように提示したようだ。
「さすが、シエンさん。ご理解が早くて助かります。
シエンさんには、『洞窟』での討伐に加勢いただいたので
それなりの報酬金を分配したいと思っています。
そして・・・もし、ニュシェちゃんが
こちらでお世話になることを選んだ場合は、
さらに、ニュシェちゃんの当面の生活費を
シエンさんにお支払いしたいと思っています。」
木下も、店主がそう提示することを
予想できていたようだ。
すでにお金の計算ができているらしい。
2人とも頭の回転が速いんだな。
では、オレからも、なにか
ニュシェに提示したほうがいいのか?
オレたちの旅についてきた場合の
イメージができるような・・・。
・・・魔獣討伐などの危ない傭兵稼業をしながら旅費を稼いで、
最終的には、『ドラゴン討伐』という
もっとも危ない仕事が待っていて・・・。
しかも、命の保障も、
目的達成後の生活の保障もない・・・。
ダメだ・・・
良い道を提示してやることができない。
危険と隣り合わせの旅になる。
安心して、安定した生活を送るなら、
ここに留まるほうがいいだろう。
旅なんて、「安心・安定」とは程遠い道だ。
「・・・。」
ニュシェは黙ったままだ。
時折、チラっとオレを見てくる。
目が合った瞬間、うつむくニュシェ。
やはり、オレからも何か提案するべきか?
「今すぐに、返事できなくてもいいよ。
私たちは、明日、この宿を出て、東に向かう予定だから。
明日の朝までに答えを聞かせてね、ニュシェちゃん。」
まだ答えが出ないと判断した木下が、
ニュシェの頭を撫でながら、そう言った。
「ニュシェちゃんの話が、一旦、保留って感じだし、
俺からも、ちょっと話させてもらっていいか?」
木下たちの話が一旦終わった様子を見計らって、
シホが、すかさず話し始めた。




