子供の成長
・・・それからのポールの対応は、迅速だった。
シホに、『Aランク』の紋章を用意してくれた。
そして、土下座しながら、オレたちに
「もう許してください!」
と謝ってきた。
いったい、何を許せというのか?
今までの言動と態度か?
無茶な依頼を受けさせたことか?
最後まで意地悪なことをしたことか?
それとも・・・このことを店主に言わないでほしいと言うことか?
その真意をポールに問うことなく、
オレたちは、騒然となった事務室から出て、
『サセルドッテ』の『ヒトカリ』を後にした。
寄り道をせず、オレたちは
『プロペティア』の町へ行く馬車に乗った。
パッカ、パッカ・・・ゴトゴトゴトゴト・・・
「ふぅ・・・。」
馬車が走り出してから、オレは溜め息をついた。
報酬金をもらったら、
やっと全てが片付いたのだと実感できた。
「ふふふふふ・・・あー、すっきりしましたねー。」
木下が満面の笑みで、そう言った。
『ヒトカリ』を出てからも、ずっと笑顔だ。
よほど、溜飲が下がったのだろう。
「いや、俺は・・・たしかに笑えた場面もあったけど、
なんだか、最後は
かわいそうになってしまったというか・・・。」
シホの中では、自分たち傭兵は
『ヒトカリ』に雇われている側だという
認識が強いのだろう。
本気で、笑っていない目をしている。
思い返せば、イヤな男だったな、ポール。
しかし、もう会うこともあるまい。
あの怯え切っていた真意は・・・宿屋の店主に聞いてみよう。
「『トラの威を借るナントヤラ』か・・・。」
「なんですか、おじ様?」
「いや、なんでもない。」
ふと、木下を見ていると
昔、格言好きだった先輩の言葉が思い浮かんだ。
「それにしても、報酬金って
最終的にいくらになったんだ?
大金だと思っていたが、案外、小さな袋に収まってたな?」
『ヒトカリ』で受け取った紫色の袋は、小さな物だった。
その中身を、木下しか確認していないし、
今も、その袋を木下が腰の布袋に入れてしまっているから
どれだけの大金が入っているのかは分からない。
「んー・・・。」
木下は、チラリと周りを見てから言った。
「報酬については、宿屋でお話ししましょう。」
オレたちの他に、馬車に乗っているのは、
商人の男たち3人と護衛役の男性傭兵1人。
オレが、うっかり「大金」という言葉を使ったため、
商人たちの視線が、チラチラとこちらへ向いている。
・・・たしかに、ここで話せる内容ではなかったな。
馬車に揺られて数時間後。
オレたちが『プロペティア』の町へ到着したころには、
町並みは、すっかりオレンジ色に染まっていた。
もう夕方だ・・・。
報酬金を受け取りに行くだけで、一日が過ぎてしまった。
『特命』の旅にとっては、ぜんぜん東へ進めず、
足止めになっているが、大事な旅の資金なのだから、
無駄な足止めというわけでもない。
トントントン・・・カンカンカン・・・
宿屋『エグザイル』へ戻ってくると、
魔獣に壊された2階の部分を
職人たちがまだ修理していた。
宿屋だけじゃなく、あちこちの民家やお店で
職人たちや商人たちが、忙しく動き回っている。
修理している家もあるが、お店は飾り付けなどをしているようだ。
「明日はいよいよ『謝食祭』だから、
みんな忙しいみたいだね~。」
そんな街の様子を見ながら、シホがそう言った。
そうか、『お祭り』か。
オレたちは、信徒ではないから
普通に飲み食いできているが、信徒のやつらにしたら、
1週間ぶりの食事・・・。
きっと心身ともに、最後のひと踏ん張りって感じなのだろうな。
「あれ? ニュシェ・・・。」
宿屋へ入ると一階の食堂で、
ニュシェが店主の仕事を手伝っていた。
食堂のテーブルを布で拭いているようだ。
「お、おかえり・・・なさい・・・。」
オレが声をかけると、作業をとめて
モジモジとそう言ってくれた。
「おう、おかえり。」
ひょいっと、店主が奥の厨房から顔を出す。
「いや、店主よ、いくら忙しいとはいえ、
ニュシェを働かせるなよ。」
オレは、店主に抗議してみたが
「この嬢ちゃんから手伝いたいって言われたんだよ。」
店主は困り顔で、そう答えた。
「あ、あの・・・あたし・・・。」
ニュシェがオレたちのそばへ来て、
またモジモジとしながら、
「・・・あたし、みんなに助けられてばかりだから・・・
あたし、今はなにもできないけれど・・・
少しずつできることを、みんなに返していきたいから・・・。」
少し恥ずかしそうに、下を向きながら
ぼそぼそと、そう言ったニュシェ。
オレは、つい、ニュシェの頭を撫でようと
手が動いたが・・・やめた。
目の前のニュシェは、もう子供ではないと感じたからだ。
なにもできない自分を嘆くだけじゃない。
なにもできないからこそ、
自分ができることを考え、探し、行動する。
それは、もうすでに大人と同じ考え方だった。
いや、ニュシェは、きっと今までも
そうして独りで生き残ってきたのだ。
オレたちが勝手にニュシェを子供扱いしていたのだろうな。
「そうか・・・偉いな。」
オレは、そう褒めた。
「ん。」
ニュシェは、恥ずかしそうな表情のままだった。
「ニュシェちゃん、偉い!」
オレの横にいた木下が、すかさず
ニュシェに抱き着いて、頭を撫でた。
「むぎゅ・・・ん。」
木下の胸に、ニュシェの顔がうずまった。
2人とも嬉しそうな表情だ。
シホも抱き着こうとしていたが、なにか思うところがあったのか、
オレの横で立ち止まって、
少し真剣な目で、ニュシェたちの様子を見ていた。




