再び『サセルドッテ』へ
オレたちが『スヴィシェの洞窟』で
本物の『バンパイア』を討伐してから、丸一日が過ぎた。
オレたちは、今朝、無事に退院した。
店主の宿屋は、店主が入院した日から臨時休業となっていたが、
壊された2階の部屋の修理作業を急いで、
明日の『謝食祭』に合わせて、営業再開するらしい。
店主は退院して、すぐ準備にかかるとかで忙しそうだった。
オレたちの『スヴィシェの洞窟』の魔獣討伐依頼は、
この国の騎士団が、『洞窟』を調査し、
すべての魔獣の全滅を確認してくれたため、
『ヒトカリ』のほうでも依頼達成として受理されることになった。
今日は、パーティーそろって
『プロペティア』の町から『サセルドッテ』の町へと
馬車に乗って移動することになった。
『スヴィシェの洞窟』の依頼達成報酬は、
依頼を受けた町『サセルドッテ』の『ヒトカリ』じゃないと
受け取れない条件だからだ。
正直、また、あのイヤな支店長の顔を見るのは
耐えがたいものがあるが、お金のためならば仕方ない。
『サセルドッテ』の町で、依頼を受けてから
昨日の討伐までに4日しか経っていなかった。
たった4日で、数年間、誰も成し得なかった
魔獣討伐を果たした事実・・・。
そして、『サセルドッテ』の『ヒトカリ』で
支店長と契約した通り、異例のランクアップ・・・。
それらの情報は、『プロペティア』の『ヒトカリ』から
あっという間に、全世界の『ヒトカリ』へと発信されていることだろう。
「うわ、『森のくまちゃん』だ! すっげー!」
というような、羨望の眼差しで見られることもあるが、
「うわっ! 『森のくまちゃん』!?」
というように、怖がられることもあった。
とにかく『プロペティア』の町では
どこへ行っても注目されるぐらいになっていた。
恥ずかしいパーティー名も、これだけウワサになってしまっていては、
もう変更することも難しいだろう。
まんまと木下の思惑通りになったということか。
・・・『特命』を帯びて隠密行動中なのに。
まぁ、たぶん『ソール王国』には『ヒトカリ』がないし、
傭兵たちが『ソール王国』へ流れ着くことも、ほぼ無いから、
母国に情報は伝わらないと思っている。
ただ、この先、他国で
いつ、オレが『ソール王国』出身者だとバレるか・・・
それだけが不安である。
ガタガタガタッ・・・ゴトゴトゴト・・・
軽快に走る馬車の中。
数日前にも、馬車に乗って
この道を通ったはずだが、逆方向から見ると、
景色がまた違うふうに見えた。
「くーーー・・・かーーー・・・。」
違う景色と言えば、オレの肩に寄りかかって
寝ているシホがいるのも、前回とは変わった風景だな。
「むぅぅ・・・シホさん、ずるいです。」
シホの隣りに座ってしまった木下が
なぜか、むくれた表情になる。
『両手に華』状態にならなくて、
残念のような、助かったような・・・。
シホは、例によって鼻と口を布で覆っているから、
周りからは、そんなに痛い視線を感じない。
シホは、きっと大きな口を開けて寝ているのだろうな。
「まぁ、寝かせてやれ。
昨夜はあまり眠れなかったのだろう。」
昨夜、木下とシホは、
オレとニュシェに付き添って病室で一泊した。
付き添い人は、病床であるベッドでは眠れないため、床で寝ることになる。
木下もシホも、あまり体を休められなかったように見える。
だから、あれほど付き添いは不要だと伝えたのだが・・・
オレもニュシェも、2人の前から急にいなくなった前科があるため・・・
オレの意見は聞き入れてもらえず、
強引に、2人が付き添ってくれたわけだ。
ニュシェのほうは、嬉しそうだったので
問題はなかったわけだが。
同室に入院していた店主も、
わいわいと大人数で寝るのは久々だったとかで
すこし嬉しそうだったな。
シホたちには、昨日、病室で、
姉のカタキらしき、大きな魔獣を討伐したことを報告した。
残念ながら、大きな魔獣の背中を確認することはできなかったが、
実際、いっしょに目撃した店主も「間違いない」と言ったので、
あの『洞窟』の最奥部でオレが討伐したのが、
シホの姉のカタキだったということに。
その報告を聞いたシホは、オレにお礼を言いながら、
どこかホッとした表情になっていた。
そういう心境の変化もあって、
今のシホは、少し気が緩んでいるのだと感じる。
姉とのパーティーが全滅してから
ずっと独りでがんばっていたシホだから・・・
今は、気を緩める時間が必要だろう。
「ニュシェちゃんも連れてこれたらよかったですね・・・。」
ふと、木下がそう言う。
ニュシェは、宿屋『エグザイル』で
また、留守番してもらうことにした。
おそらく、聖騎士デーアの宣言によって、
『獣人族』は『バンパイア』ではないということは
この国中に伝わっているだろうが・・・
まだこの国の法律が改正されたわけではない。
あの『洞窟』から生還して以降、
デーアは、この国の中央にある町『オラクルマディス』へ行ったきりだ。
大司教を説得するにしても、国の法律を変えるにしても、
そんな1日や2日で変えられるわけがない。
だから、まだ『獣人族』であるニュシェは
安心して国中を歩けるわけではないと、
オレと店主は同じ見解だった。
なので、今回は、というか、今回も、
店主にニュシェを預けたわけだ。
「そう遠くない未来に、ニュシェが
隠れることなく、明るい道を堂々と歩ける日が来るさ。」
オレは、希望的観測を木下に言った。
聖騎士ディーオが率いる騎士団による
『洞窟』内の調査は、昨日のうちに第一段階を終えたらしい。
魔獣の全滅の確認と、
あの『バンパイア』がいた場所にあった数々の本の回収、
そして、オレたちが討伐した魔獣の死体の処理・・・。
それらを終えたのだと聞いた。
あと・・・あの『洞窟』の最奥部が、
隣国『イネルティア』に通じていたという報告もあった。
後日、また騎士団たちは
『洞窟』の最奥部の調査と、その隣国への道を調査するとか。
自然に繋がってしまったのか・・・?
それとも、『バンパイア』のせいか・・・?
それをはっきりさせるために、回収した本の調査や解読、
現場の調査を、早急に進めると・・・
すべて、店主から聞いた。
「ふぁー・・・あぁぁ・・・。」
気が緩み、つい欠伸が出る。
空は曇っているが、ちょうどよい気温。
馬車内に抜ける風も気持ちいい。
昨日、しっかり病院で休んで、
傷も体力も回復したが、厄介ごとのすべてが
終わったかのように感じられて、気が緩んでいる。
馬車の乗客は、オレたちの他に
商人の男性4人と馬車の護衛役の男性傭兵1人。
街道も良好、問題なし。
馬車の不規則な揺れも、また心地よし。
自然と、まぶたが重たくなってくる・・・。
「おじ様も寝てしまいそうですね。」
木下が、ふふっと笑った。
あれから、数時間後、
馬車は昼過ぎに『サセルドッテ』へ無事に到着。
オレとシホは、仲良く寝てしまっていた。
「ふっ・・・あーーーーぁ!」
馬車を降りると、恒例の背伸びをするオレと木下。
ちょっとだけ・・・つい強調された胸をチラ見してしまう。
シホは、眠そうな目をこすりながら、
まだボーっとしているようだった。
その後、オレたちは『ヒトカリ』へ行く前に、
『断食』期間中でも食べられるお店
『フースーマー』で、大盛りの『ぞうすい』を食べた。
前回は、この絶妙な塩加減がおいしかったのだが、
宿屋『エグザイル』の食事の味を覚えてしまった今では、
なんとも味気なく感じてしまった。




