けじめと油断
腰の痛みが、だんだんひどくなってくる・・・!
しかし、早くミヒャエルと魔獣にとどめを刺さないと
やつらが回復してしまう!
オレは、腰の布袋から、
ランプの油が入った瓶を取り出して、
それをミヒャエルの上半身に投げた!
ズキィン
「っ!」
その動作だけで、また腰が痛む!
パリン!
「・・・ぶっ! はっ!?」
空中で弧を描いて、油の瓶は
ミヒャエルの顔の、すぐそばの地面に落ちて割れた。
油の瓶は、そんなに大きくはない。
しかし、ミヒャエルの頭や顔を濡らすには
じゅうぶんな量が入っていた。
オレは、少しフラつきながら
「おい、誰か、火の魔法を使えるか?」
通路側で待機している3人に聞いた。
しかし・・・
「お、俺は、もうほとんど魔力がない、な・・・。」
店主は、魔力不足で気分が優れないようだ。
汗を大量に流し、喋るのも、つらそうにしている。
「・・・。」
デーアのほうは、まだ呆けた表情で、
ミヒャエルのほうを見ている。
動いてくれそうにない。
「お、おじさん・・・これ・・・。」
そう言って、ニュシェがランプを掲げた。
「おう、それ、いいな!」
ズキィン
また腰に痛みが走る!
どんどん、痛くなってくる。
あー・・・これは、ぎっくり腰に近いな。
こんな時に限って、やってしまうとは・・・!
「くっ・・・!
ニ、ニュシェ、
それをあいつに投げつけてくれないか?」
本来なら、オレがランプを受け取って
そうしたいところだが、
ちょっと腰の痛みがきつい・・・。
しかし、今すぐにでも、ミヒャエルを
燃やしてしまわないと・・・!
「ぅ~・・・う、うん。やってみる・・・。」
ニュシェは緊張した表情で、そう言って
ミヒャエルのほうへ走っていく。
あまり近づくと、危険だが・・・
オレがそれを注意しなくても、
ニュシェは本能的に分かっているようだ。
ミヒャエルから、少し離れた場所で立ち止まった。
ニュシェの腕力で投げても、
ランプが届く距離まで近づいて・・・
「・・・。」
一瞬、ニュシェがためらう。
それも、そうか・・・まだ子供であるニュシェ。
相手は魔物化しているとはいえ、
オレたちと同じ言葉をしゃべるから、
人間のように感じてしまう・・・。
「スン・・・スンスン・・・。」
「!!」
ミヒャエルが鼻を鳴らしている。
ニュシェがそばに近づいてきたことを嗅覚で察知しているのか。
ミヒャエルの鼻が鳴り、ニュシェがビクビクッと体を震わせた。
「き・・・がはっ!
きさ、まに、われ、の血を・・・ぐっ!
あたえ、てやろ、ぅぅ・・・! ふ、はぁ・・・!
も、っと・・・こっち、に・・・こい!」
ミヒャエルが、ボソボソと
ニュシェに話しているようだが、なにを!?
ニュシェが怯えている。
しかし、
早くトドメをささないと、やつが回復してしまう!
やはり、オレがやらねば!と思って、
ニュシェのほうへ歩み寄ろうとした時に、
ニュシェが、体を震わせながら、
「・・・ふっざけんなぁぁぁ!!!」
ポイッ
突然、ニュシェは、そう叫びながら
思い切り、ランプをミヒャエルに向かって投げた!
「ちょっ・・・きさ、まっ!!」
ガシャ! ボッォ!!
ニュシェが投げたランプは、
ちょうどミヒャエルの顔面に落ちて割れた!
瞬間、火に包まれるミヒャエル!
ミヒャエルは何か抵抗しそうな気配があったが、
体を切り刻まれ、動けず、うまくしゃべれない状態だった。
詠唱せずに発動できるという
『法術』もできなかったようだ。
「・・・! ・・・!」
ミヒャエルは、
ジタバタ動いているが、もう何も喋れない。
火が、どんどん大きくなり、炎になって、
ミヒャエルの頭から上半身へ燃え広がっていく。
真っ二つになっている下半身も、ジタバタしているが、
もはや制御できないようだ。
ただただ、ジタバタしているだけだ。
やがて、ミヒャエルは
その動きを完全に停止させた・・・。
ボォォォオォォォ・・・
「・・・。」
ニュシェが、しばらく
その場で、その炎をずっと見ていた。
ニュシェだけじゃなく、この場にいる
オレも、店主も、デーアも・・・
ただただ、ミヒャエルが燃え尽きるのを
黙って見ていた。
ミヒャエルの動きが止まったのを見るあたり、
不死身であるやつの弱点は、火だったのだろう。
恐ろしい回復力や無限の命があっても、
脳ごと肉体を消失してしまえば、
復活することができないわけだ・・・。
いや、もしかしたら、
『断食』していなければ、たとえ焼かれても
素早く回復したか、『法術』で対処できたのかもしれない。
やつが狂うほど熱心な信徒であったがゆえに、
オレたちは勝てたのだな・・・。
まさに偶発的な、奇跡の勝利か。
数百年、生き続け、
この国の法を歪める元凶となった存在『バンパイア』・・・。
そのとばっちりを受けてしまった『獣人族』・・・。
『獣人族』であるニュシェの手で、
『バンパイア』にトドメをさせたのは、
大きな意味があったのではないだろうか・・・。
ドスンッ! バタン! ン・・・!
ビュォ・・・
ガシィ!!
「がっ!!」
つい、忘れてしまっていた!
巨大な『ゴリラタイプ』の体を
まだ焼却処分していないことを!!
「おじさん!」
魔獣の体を分断してしまったから、
気配がよく分からない状態になっていた!
オレは、真横から接近してきた
巨大な手に気づけなかった!
オレの視界の外、意識の外から
突然、襲ってきた魔獣の手は、
オレを掴み、軽々と持ち上げてしまった!
メキメキメキィ!
「ぐあぁぁぁ!」
腰の痛みに加えて、全身を握られ、
筋肉や骨が軋み、激痛が走る!
「!!」
ふと見れば、地面からかなり離れている!
この高さから地面に叩きつけられたら、無事では済まない!




