赤い封筒
『城門警備隊』は、昼間の勤務と夜間の勤務の交代制だが、
オレは最年長の隊長ってこともあって、ここ数年は
ずっと昼間の勤務しかやっていない。
今朝も、いい天気だ。
春の日差しと風が心地よく、出勤する足取りも自然と軽くなる。
「んじゃ、行ってくる・・・。」
「・・・。」
女房にボソっと一言、そう告げて家を出た。返事は無い。
返事どころか、この数十年、会話すらない。
女房の多恵とは、就職した頃に出会って、すぐ結婚したから、
かれこれ30年以上の付き合いになる。
一応、恋愛結婚のつもりだが、
『安定収入の公務員』『なんちゃって騎士』というエサで釣り上げた女だった。
それでも、息子と娘ができて、女房も尽くしてくれて・・・幸せな家庭だった。
でも、いつの日からか、女房は口をきかなくなった。
たしか、息子が大きな王国へ留学して、そのままそこで就職してしまって、
娘も早々と嫁いでしまったあとからだったと思う。
オレと女房の会話は、子供たちの話題しかなかった。
その子供がいなくなってから、話すことがなくなったのだ。
ついでに、男としての威厳もなくなり、
今では「いってらっしゃい」も言ってもらえない。
「隊長、おはようございます。」
城門に着くと、夜間勤務だった副隊長の小野寺が挨拶してきた。
「ん、おはよう。夜間、異常はなかったか?」
「はい、異常ありませんでした。」
小野寺は、30代の若者だ。まじめなヤツで、
一応、本物の『騎士』の資格を持っている優等生だ。
あまりにも平和すぎて『騎士』の資格を持っている将来有望な若者ですら、
エリートの道を歩けない世の中になったということだ。
オレが言うのもなんだが、時代が悪かったというか・・・なんとも気の毒なヤツだ。
「うむ、ご苦労さん。もう、あがっていいぞ。」
「はい。・・・あ、そういえば、
隊長宛てに王宮から速達が届いてます。」
「オレに? どれ?」
「これです。」
小野寺は、そう言って赤い封筒をオレに渡してきた。
封筒には、『速達』の判が押されていて、
差出人は『王宮人事室』となっていた。
「人事?」
まさか、この歳で『異動』の話か?
オレは悪い予感がして、すぐに封筒を開けなかった。
そんなオレの様子を小野寺が見ている。
「ん? 帰らんのか? まだ何かあるのか?」
「あ、いや・・・それ、赤い封筒だから・・・
もしかして、王宮からの『特命』じゃないかなと思って。」
その昔、王宮からの赤い封筒は『特命』が出されるときに
使われていて、敵国との戦争のための徴集や、
強大な魔物の討伐の命令が下されるときに使われていた。
小野寺は、そんな歴史の教科書に出てくるような『特命』が
オレに下されたのではないかと思って、興味深々のようだ。
「お前、そりゃ大昔の話だろ。
この国には、攻める敵もいなきゃ、倒すべき魔物もいないのだぞ?
これは、そんな名誉ある仕事の話じゃない。
たぶん・・・悪い話だ。」
「えぇ!? わ、悪い話なんですか!?」
小野寺は、オレに大きな仕事が来たのかと思い、内心、喜んでいたみたいで、
この封筒の中身が『不幸の手紙』かもしれないことを知って、
ショックを受けたようだ。
「ふふふっ、冗談だ。まだ、そうと決まったわけじゃない。
もしかしたら、皆勤賞でももらえるのかもしれんな。」
オレは小野寺に不安を与えてしまったので、その不安を
取り払ってやるように、明るい希望的観測を笑顔で言ってやった。
・・・本当は、オレ自身の不安も取り払うつもりで、そう言ったのだ。
とりあえず、『速達』なのだから、早めに開けねばならなかった。
小野寺は、まだ帰る様子がない。好奇心旺盛というか、心配性というか。
こういうものは他人の前で開けたくないものだが、
仕方なく、オレは小野寺の前で封筒の封を切った。
中には、『召集状』と書かれた手紙が1枚。
今日の夕刻に、王宮へ来るように書かれていた。
内容は、それだけだった。
オレは内心、ホっとしたような、それでいて
今までにない得体の知れない『呼び出し』に不安を感じた。
「王宮に来い・・・か。正月の『仕事始めの儀』以来だな。」
毎年、正月の大型連休明けに、各隊の長が王宮へ集められて、
王様から直々に、ありがたいお話を聞かせられるのだが、
それ以外で、王宮に行くことは滅多にない。
「やっぱり皆勤賞かも知れませんね!」
小野寺は、わざとらしい明るい声で言った。
コイツなりにオレの不安を取り払おうとしてくれているようだ。
いい部下を持ったものだ。
「おはようございます!」
「おぅ、おはよう!」
ちょうど、他の昼間勤務の隊員たちが出勤してきたので、
オレは、さっさと赤い封筒を懐へ仕舞いこんで
「では、小野寺、ご苦労さん。」
と言い、小野寺へ帰るように促した。
「では、失礼します!」
小野寺もこれ以上の詮索や心配は無駄と知り、大人しく帰っていった。
「おはようございます。はい、隊長。」
小野寺がいなくなって、
タイミングよくお茶を出してきたのは、事務員の金山君。
「おぉ、おはよう。・・・いつからいたんだ?」
「『はじめ』からいましたよ。給湯室に。」
20代の女性事務員で、とても気が利く子なのだが、口が軽い・・・。
こりゃ、ちょっと釘を刺しておかねばな。
「金山君、さっきの話なのだが、他言無用だぞ。
他の隊員に余計な心配や気を使わせたくないのでな。」
「えぇ、そりゃあ、もう・・・分かってますよ。」
金山君は、ニヤっと笑って答えた。・・・こりゃダメだな。
たぶん、午前中には、全隊員に知れ渡っているだろう。