バンパイア討伐戦
「・・・しかし~、たった2日間で
ずいぶんと我の『平和』を壊してくれたやつがいるな~?
この数年間、こつこつと増やしてきた『平和』を~・・・
たった2日で~・・・ちょっと有り得ないのだが~?」
低い声で語っていたミヒャエルが、
さらに低い声になった。
すこし怒っているのか?
『平和』・・・やつの言う『平和』とは、
自分の血を与えた魔獣たちのことだ。
「我の『平和』を一匹倒すのに~、どうにかこうにか~
ぎりぎりで倒せていた人間たちが~・・・
明らかに、この国の人間たちだけでは、
成し得ないことを~、しでかしたやつがいるよなぁ~?
スン、スンスン・・・ニオイで分かるぞ~?
どうやら、お前らが
我の『平和』をすべて壊そうとしていた者たちのようだな~?
昨日、我に『サーチリング』の魔法をかけたのは、
お前たちなのだろう~?」
「!! やはり、お前か!」
この『洞窟』での討伐2日目で
木下の『サーチ』にかかった人間というのは、
やはり、こいつだったようだ!
魔物化した人間!
店主の予想が当たってしまった。
「我の『平和』たちが騒がしかったのでな~・・・
ちょっと入り口のほうまで様子を見に行っていたところだった~。
『サーチリング』で我の存在に気づいたのだから
すぐに我を求めて、この奥まで来るかと思っていたが、
案外、時間がかかったではないか~?
待ちわびていたぞ~? お前たち~・・・ふひひ!」
ミヒャエルは、本当にニオイだけで
いろいろ分かっているのかもしれない。
魔獣たちを討伐したのが、オレだと分かっているかのように、
ずっとオレの目を見てくる!
目が合うたびに、背筋がゾクゾクする!
「入り口が塞がれていたから、我の『平和』たちが
少し隣りの国へ戻ってしまったようだしなぁ~・・・。
お前たちのせいで、我の計画が、
また少し遅れてしまったわけだ~。
あ~・・・分かっているのか~? お前たち~?
我の理想~・・・我の計画~・・・
それらは、すべて『オラクルマディス神』のご意志なのだぞ~?
それを妨害するという愚かな行為は、
神への冒涜~・・・万死に値する~・・・。」
やはり、この『洞窟』は、
隣国に通じているようだ!
「戻ってしまった」と言ったのか!?
つまり、隣国から魔獣たちを
こちら側へ連れてきていたのか!?
ミヒャエルにとっては、魔獣たちが
隣国へ出て行ってしまうことも計算外だったようだ。
狙ってやったわけではないが、それだけでも、
オレとしては「してやったり」という気持ちになる。
「さ~て~、おしゃべりはここまででい~か~?
久々に人間と話せて、我も楽しかったぞ~・・・。
しかし、もう飽きた~。喉がカラカラだ~。
お前たちも、もう聞きたいことはないだろう~?」
ビクッ
ミヒャエルが、そう言って
テーブルの上で立ち上がった!
オレだけじゃなく、店主やデーア、ニュシェも、
全員が、やつの一挙手一投足に
いちいち反応してしまっている!
ビビっている!
いよいよか・・・!
オレたちは、ずっと剣を構えている!
見たところ、ミヒャエルは武器らしきものを持っていないようだが、
武器を構えているオレたちをどうやって?
いや、そもそも、首だけでも復活してしまう
不死身の『バンパイア』を、どうやって倒せばいいんだ!?
「・・・は・・・ぁ・・・ぁ・・・!」
オレたちよりもミヒャエルに近いデーアが、
怯えながら、座り込んだままだ。
ここからでは、表情が見えないが、
腰でも抜かしているのか?
立てないようだ。
「ちっ!」
舌打ちをした店主が、デーアの前へ出た!
デーアをかばっている!
「あ~、見たところ、元気に動けるのは~
そこのジジィ2人だけのようだな~。
くひひっ! あ~、ジジィたちは
血も肉も不味いから、すぐに消すとして~・・・
まずは、そこの美女2人の血で~喉を潤すとしよう。
そして、我の血が『適合』するか試そう~、ふひっ!
『不適合』ならば、2日後の『謝食祭』で、
たっぷり堪能させてもらうとしようか~・・・ふひっ!」
「っ!?」
あいつ、今、『謝食祭』って言ったのか?
たしか、デーアも言っていた・・・
1週間の『断食』が終わったあとに
食べることを解禁するお祭りがある、と。
つまり、やつも今は『断食』中なのか!?
デーアをちらりと見たが、
ガタガタ震えていて、落とした剣を拾おうともしない。
戦意喪失している。
デーアも『断食』中ならば、
戦える体力が残っていないのかもしれないな。
店主と剣を交えていたのは、
体力よりも強い信仰心があってこそだったのか・・・。
今は、『獣人族』を『バンパイア』として
討伐してきてしまった悔恨と自責の念で
その信仰心も砕かれてしまっている・・・。
体力も精神力も底が尽きている感じだ。
「っ!!」
突然、ミヒャエルの魔力が高まったと感じた瞬間、
「法術~・アイスランス~!!」
パキパキキッ!パキパキパキィ!
「!!」
ミヒャエルの『法術』が発動し、
やつの目の前に氷が出現して、
あっという間に、氷の槍が出来上がった!
やつは、それをニヤニヤしながら、
手に取って・・・
「ふひっ!」
ドシュ!
店主に向かって投げた!
「ぐっ!」
バキン!!
店主は、2本の短剣で、それを受け流した!
ズドンッ
氷の槍は、短剣ではじかれ、軌道が逸れて、
オレたちの左後方の壁にぶち当たり、
粉々に砕け散った!
ミヒャエルと店主の距離は、
15mほどあるが、ミヒャエルの投げた氷の槍は、
とんでもなく早かった!
店主の反応速度が遅ければ、貫かれていただろう。
「あ~・・・老いぼれのわりには、
反応が速いじゃないか~?
ジジィ2人ごと貫くはずだったのに~・・・くひっ!」
ミヒャエルは、そう言いながら
また魔力が高まり・・・
「法術~・アイスランス~!!」
パキパキパキィー!
また、やつの目の前に氷の槍が出現する!
「くそっ!」
店主が動いた!
ミヒャエルに向かって突進する!
デーアを守りながらでは、
やつの氷の槍の的になるだけだ!
相手の攻撃方法が『法術』ということが分かったから、
迷うことなく攻撃に出たようだ! 英断だ!
ガキキン!!
しかし、ミヒャエルは、
今度は氷の槍を投げずに、
その槍で店主の攻撃を受け流す!
「ふひっ!」
ビュッ! ビュッ! ビュッ!
「ぬっ!」
店主の攻撃を受け流したミヒャエルが、
すかさず反撃に出た!
氷の槍で、連続で刺突を繰り出す!
なかなか早い突きだ!
「ぐっ!」
それを店主が、紙一重で避けて、
大きく後方へ跳んだ!
店主の武器は短剣で、ミヒャエルの武器は長い槍だ。
攻撃範囲の差がありすぎて、店主の分が悪い。
「ふひひっ!」
ドシュン!
店主が、ミヒャエルとの距離をとった途端に、
やつが氷の槍をぶん投げた!
「!!」
バキン!
「ぐぁっ!」
さっきよりも至近距離!
店主が油断していたのもあったのか、
槍を受け流す反応が遅れた!
短剣ではさばききれず、氷の槍が店主の左肩を貫いた!
パキパキパキッ・・・
「くぅっ・・・!」
店主の左肩から血が噴き出るはずなのに、
出てこないと思ったら、みるみる左肩が凍り始めていた!
「あ~・・・心臓を狙ったのだが~・・・
やるではないか~・・・無駄なあがきを~・・・。
法術・アイスランス!!」
パキパキ、パキィ!
そう言いながら、やつは
また氷の槍をすぐに出現させた!
なんて、速さだ!
本当にやっかいだな、『法術』!
店主の、あの肩では
あの距離からの氷の槍はさばけない!
「店主! 下がれ!」
オレは、店主にそう叫んで、
ミヒャエルへ向かって走り出した!




