狂った理想の平和
「ウ、ウソだ・・・キミが『バンパイア』なわけがない!
私が今まで、と、討伐してきた『バンパイア』と、全然・・・違う・・・!」
中央のテーブルの上で、叫ぶように名乗った男に向かって、
デーアは、ボソボソとつぶやくように、
男の存在を否定する。
しかし、その男は・・・
「あ~、お前らが今まで殺してきたのは
獣の耳を持つ『獣人』だろう~?」
言ってしまった。
デーアに向かって、『真実』を。
今まで、オレたちも同じことをデーアに告げていたが、
『その存在』から直接聞かされた『真実』は、
重みが全然違っていた・・・。
「ウソだ・・・ウソだ・・・ウソだ・・・!」
あからさまに動揺しているデーアは、
そのつぶやきを繰り返し、ガタガタ震えながら、
腰のバッグから、例の鏡を取り出した。
「キ、キミがいくらウソをついても、
この『真実』を映す鏡があれば・・・!」
そう言って、デーアが鏡を
中央の男・ミヒャエルに向けて、覗き込む。
ニュシェを映し出したときに、
自ら、その『魔道具』を「ニセモノ」だと決めつけていたのに、
この期に及んで、またそれに頼ろうとするとは・・・。
たぶん、正常な判断ができない状態のようだ。
残念ながら、オレたちの角度からは
その鏡を見ることができなかったが・・・
「ウソ・・・だ・・・!
はぁ・・・はぁ・・・そんな・・・!
いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!」
パリィィィーーーン!
ガララン!
鏡を覗き込んだデーアが、
絶叫して、鏡と剣を手から落としてしまった!
『国宝』と呼ばれていた、その鏡は
無残にもバラバラに割れてしまった!
鏡の破片が、赤黒い地面に散らばり、
割れた音が、『洞窟』内に響き渡る。
最初にデーアが鏡を取り出したときに
説明していた通り・・・おそらく、
中央にいるミヒャエルの姿が、鏡に映らなかったのだろう・・・。
ガクンと、その場にヒザを落とし、
うなだれる姿勢になったデーア。
「あ~あ~あ~・・・それは、もしや~・・・
『真実』を映すと言われる『魔道具』、
『オラクル・デ・ヴェリテ(真実の神託)』じゃないか~?
そうだろう? 懐かしいなぁ~・・・。
お前たちの先祖が、それを使って、
我の同胞をたっくさん殺してきた~・・・。
それを割ってくれるとは、ありがたい・・・ふひひっ!」
ミヒャエルが、ニヤニヤしながら
そんなことを言う・・・。
聞き慣れない単語が出てきて、
よく分からなかったが、デーアが持ってきた
『国宝』である鏡の存在を、
ミヒャエルは、昔から知っているようだった。
昔から? いったい、いつから?
それだけじゃない。
デーアたちが、今まで討伐してきた『バンパイア』が
『獣人族』であったことも知っていた。
こいつは、いったい・・・!?
「ぉ・・・おぇぇぇ・・・!
ぐあぁぁぁぁ・・・あぁぁぁぁ・・・!
私は・・・今まで・・・たくさん・・・おぇ!」
デーアが号泣しながら、嘔吐している。
しかし、胃の中には、なにも入っていないらしく、
胃液のような液体しか吐き出されていない・・・。
ミヒャエルから告げられた『真実』を受け止めて、
今まで、あやめてきた『獣人族』たちを
思い出しているのだろう。
どれだけの人数をあやめてしまったのかは分からない。
もしかして・・・
シホが言っていた『ゴシップ記事』のことを思い出す。
騎士団が『獣人族』の村を全滅させたという話・・・。
それに、このデーアが加担していたのかもしれない。
「あ~あ~あ~・・・。
この場を汚さないでくれるか~。
・・・と言っても、今から
お前たちの血で汚れるわけだが~・・・ふひひっ!」
ミヒャエルが、またニヤニヤしながら、そう言う。
その言葉に、オレたちはゾクっとした!
やっぱり、こいつは、オレたちを殺す気だ!
「やりあう前に、聞きたいことがある!
お前が本当に『バンパイア』なのか!?
その『バンパイア』が、ここで何をしている!?」
店主が、剣を構えながら、
ミヒャエルに質問した。
「あ~・・・?
今から死んでしまうお前たちに、
話を聞かせるのは無駄な行為だと思うが~?
あ~・・・久しぶりに人間と話せたし、
お前たちの中に『適合者』がいるかもしれないからな~。
いいだろう。」
ミヒャエルは、そう言って、
テーブルの上で座りだした。
ドサッドサドサッ
また本が数冊、テーブルから落ちる。
「あ~・・・どこから話せばいいのだ~?
我が生まれたところから話せばいいのか~?」
「お前の出生に興味はない!
ここで、なにをしているのかだけ言え!」
店主が、きっぱりとそう言う。
「おいおい~、口の利き方に気を付けたまえよ~?
我はこれでも高貴な伯爵だったのだぞ~?
それに、お前たちより、ずっと年上だ~。
我の機嫌を損なえば、お前たちの知りたい情報が
手に入らないのだからなぁ~?」
「ぐっ・・・!」
ミヒャエルが、けだるそうに、そう答えた。
店主から怒りの気を感じる。
やつの間延びした口調は、
聞いているとイライラする。
そして、イライラしているオレたちを
見下してニヤニヤしている、
やつの顔がまたイライラを増幅させていた。
「我がここでしていたことは、
この国の『平和』をここで生み出していたのだよ~。
お前たちに分かるか~? 『平和』の意味が~?」
ミヒャエルのその風貌からして、
まともな会話が成り立つとは思っていなかったが、
やつが話し出すと、それは確信に変わった。
正常じゃない・・・。
だから、やつの説明が、説明になっていない・・・。
「あ~・・・お前たちには、
分からないようだな~、真の『平和』の意味が~・・・。
いいだろう。
あ~、特別に、お前たちにも分かるように説明してやる~。」
しかし、オレたちの表情を読み取って
自分の説明が伝わっていないことを悟ったようだ。
なかなか頭がキレるやつかもしれない。
いや、実際、キレているのか。
キレすぎていて、オレたちの常識を超えているのか。
「あ~、人間は、環境に順応できる素晴らしい生き物だ~。
それが、どんなに厳しい環境でも、だ~。
しかし、時には~、その素晴らしい能力が、
あだとなって、惰性を生み出してしまう~。
惰性で生きる人間は、どうなるか~? お前たちに分かるか~?
幸福を感じないのだよ~。中には、そんな状態が続くことを、
不幸だと感じる人間もいるぐらいだ~・・・。
そして、勝手に不幸を感じた人間は、
幸福を感じている他者を勝手に嫉妬して、勝手に憎み、
争いを始めてしまうのだよ~・・・。
争いを始めなければ『平和』でいられるのに~・・・。
なんとも滑稽な話だ~。でも、これが『真実』だった~・・・。
神の教え通りに生きていた我も、その『真実』を知って、
言葉を失ったものだ~・・・。」
ゆっくりとした口調で、ミヒャエルは語り始めた。
言っていることの全てを理解できないが、
なんとなく、ぼんやりと分かってくる・・・。
こいつの危ない思想が・・・。
「そ・こ・で、だ~!
我が、人間の惰性を無くす存在になることにした~・・・!
ふひひっ、我が『バンパイア』となった瞬間、
人間たちから惰性が消え去り~、
この国が『平和』を取り戻した~。
分かるか~? ん~?
お前たちの頭脳で、我の話についてこられるか~?」
・・・狂っている。
今まで、『ソール王国』で、犯罪者を捕まえて、
尋問することもあったが、話が通じなかったやつはいなかった。
どんな人間にも少なからず、
自分が犯してしまった罪に対して
『罪悪感』を抱くからだ。
しかし、ミヒャエルという男の言葉からは、
そういう『罪悪感』を感じない。
むしろ、自分が善行をしている気でいる。
こういう相手とは、話が通じない。
「あ~、ここで何をしていたか、だな~?
我が血を魔獣たちに与えることで、
多少なりとも、魔獣を我の下僕にできるのだよ~。
そうして、我に従順な魔獣たちが
人間たちの『平和』に欠かせない存在になる~。
まぁ~すべての魔獣が、そうなるわけではないが~・・・。
あ~、そこの『ラスール』なんかは、
なかなか知能もあるようだから、我の血に適合しやすいようだ~。
それに対して、『ギガントベア』のほうは、
知能が足りないせいで、あまり言うことを聞かない~・・・。
よく制御を失って、ここへ戻ってこなくなる~・・・ふひっ!」
ミヒャエルは、黒い檻の中で眠っている魔獣たちを
指さして、説明を続けている。
血!?
『バンパイア』は、血を与えることで
仲間を増やせるというのか!?
「知能だけあってもダメなようだ~。
我の血が馴染むまで、耐えうる体力も必要だ~。
うまく馴染むまで耐えれたら・・・あぁ、なる~・・・。
あれは、まぁまぁいい出来だ~。
劇的な進化を遂げた~・・・ふひひ~。
あれが我の理想の『平和』だ~。」
そう言って、ミヒャエルは、
自分の後方を指さした。
あまりにも広い場所で、黒い檻ばかりが
並んでいるため、ミヒャエルがどこを指さしたのか、
いまいち分からない。
奥に、なにかいるのか?




