カタキは現れず
カーーーン・・・
カーーーン・・・
夕暮れの刻を告げる鐘の音が聞こえてきた。
町を騒がせた魔獣たちは跡形もなく片づけられ、
バタバタしていた大通りは、
落ち着きを取り戻していた。
ただ・・・
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
「いたか?」
「いや、こっちにはいない!」
「早く見つけろ! もう暗くなるぞ!」
騎士団たちは、今も騒がしい。
魔獣の騒動が収まっても、ずっと探し回っている。
『バンパイア』を・・・
『獣人族』であるニュシェを・・・。
「・・・。」
オレは、その様子を苦々しい気持ちで見ていた。
しかし、騎士たちに非はない。
やつらは、ただ、任務を忠実にこなしているだけだ。
国が定めた『十戒の制約』が間違っているとは
微塵も感じていないのだ。
『ヒトカリ』から、宿屋『エグザイル』へ
帰ってきたオレたちは、店主に案内されて、
2階の新しい宿泊部屋へ荷物を運んだ。
魔獣に壊された部屋と、間取りは同じだ。
ただ、窓は大通りに面しておらず、
裏通りに面しているようだ。
部屋へ入ってくる外の明かりが少ない。
窓を開けて、部屋にこもった
『お香』の煙とニオイを換気してみる。
「・・・。」
この窓を開けておけば、ニュシェが入ってくるだろうか?
オレは、そんなことを思いながら、
窓の外をぼんやり見ていた。
「そういえば、今夜はどうする?
ニュシェがいないから、いっしょに寝ようって
言うやつはいないと思うけど。」
シホが、なんとなく、わざとらしく
明るい声で、そう言っている気がした。
ベッドは2台。
すでに引き離してある。
「オレが・・・」
「・・・床で寝るってのは却下だからな。」
オレが答える前に、シホに釘を刺された。
昨夜、オレが勝手に床で寝たことを
パーティーの新入りとして、申し訳なく思っているのだろうか。
律儀なやつだ。
「では、オレが1人でこっちのベッドで寝るから、
お前たちは狭いと思うが、そっちで2人で寝てくれ。」
「えーーー?」
この状況の最適な案を提案したはずだが、
木下が不満そうな声を上げる。
しかし、
「では、多数決で決めるか?
俺はおっさんと同意見だけど。
俺たちを説得できるような案があるのか、ユンムさん?」
シホが、少し意地悪っぽく、木下に言う。
「うぅ・・・仕方ないですね。
今夜は、それでいいです。」
劣勢と感じ取ったのか、木下は
しぶしぶ、オレの提案を飲んでくれた。
・・・というか、「今夜は」って言ったか?
こんなどうでもいいようなことで
毎晩、揉めるのは困るんだが。
それでも、2人と話していると
ニュシェを心配して、落ち着かない気持ちが
少しだけ和らぐ気がした。
陽が完全に落ち、夕食の時間となった。
オレたちは1階の食堂へ移動し、3人で食事した。
今朝は「食堂で食べるな」と店主に言われていたが、
魔獣の騒動のせいで、客足が遠のいたようだ。
夕食の時間帯になっても、食堂は閑散としている。
それに・・・宿泊部屋には、いっしょに食べるニュシェがいない。
「そういえば、今日はまだ
『マティーズ』の3人が帰ってきてないんだな。」
シホがキョロキョロしながら、そう言った。
そう言われてみれば・・・。
あいつらは、ここに宿泊してるわけだし、
魔獣の騒動関係なく、ここへ帰ってくるはずだが・・・。
「なんの依頼かは知らないが、
まだ完了してないんだろう。」
オレは、そう答えながら
焼き魚を食べた。
「そういえば、ここの『ヒトカリ』の『依頼掲示板』を
見ておけばよかったですね。
どんな依頼内容があるか、ちょっと興味があったのですが。」
木下がそう言った。
しかし、本心ではないだろう。
今は、他の依頼を受ける余裕がない。
「ここの『ヒトカリ』は、主に『魔獣討伐』が多い。
やっぱり、あの『スヴィシュの洞窟』から来る魔獣の被害が
この近辺で、よく起こっているからな。
だから、ここの『ヒトカリ』で依頼を受ける傭兵たちは、
だいたいCランク以上が多いよ。」
ここの『ヒトカリ』に詳しいシホがそう答えた。
「はっきり言って、おっさんたちに会わなかったら、
俺は、カタキ討ちを諦めて、ほかの町の『ヒトカリ』へ
流れていたかもしれない・・・。
ここでは、Cランクの傭兵1人だけじゃぁ、
とてもじゃないけど仕事ができないからね。」
シホが少し弱気な感じで、そう続けた。
たしかに、ここらに出没する魔獣は、
シホ1人では討伐できそうにないだろう。
そうかと言って、馬車の護衛の仕事だけでは
その日を生活するだけの稼ぎにしかならないようだし。
ほかの国と違って、この国では『ヒトカリ』に
依頼を出す会社や貴族が少ないのだろうから、
魔獣討伐以外の仕事に、ほとんどありつけないようだ。
「それでも、この町に留まることに
こだわっていたのは・・・いつかカタキを討つためか?」
「あぁ、そうだな・・・。
ここにいれば、いつか、またアイツに
遭うんじゃないかと思って・・・。
まぁ、見つけたとしても、姉さんですら
勝てなかった相手に、オレが勝てるはずもないけど。
せめて、一撃、くらわせてやりたい・・・。」
パシン!と、シホは拳を、自分の手の平に打つ。
本当に魔獣を殴るわけじゃなく、
きっと『とっておき』の攻撃魔法を
持っているのだろう。そんな気がする。
シホのカタキ・・・ひときわ大きな『ゴリラタイプ』か。
今日、討伐した中にもいなかったな。
逃げたのであれば、そのまま二度と
この地へ戻ってこない気もする。
魔獣たちは、野生の本能で生きている。
逃げたということは命の危険を感じ取ったはずだ。
そんな危険な地へ、また近づくことはしないだろう。
どこか遠い土地へ移ったか・・・
あるいは、あの『洞窟』の奥へと逃げ込んだか・・・。
「もし・・・シホが知らないうちに、
その魔獣が討たれていたら?」
「え・・・そうだな、そういう場合もあるか。
でも、それはそれでバンザーイだよ!」
そう答えながら、シホが両手を挙げた。
女らしい格好をしているということを忘れているのか、
服の隙間から、ナニか見えそうになっていたので
オレは、慌てて視線をはずした。
「俺の目的は、ヤツを討つことだから・・・
もちろん、本当なら、自分の手で討ちたいけど、
自分の実力では成し得ないのはわかってるつもりだから。
ヤツが死んでくれれば、それでいい。」
そう言ったシホは、少し表情が険しくなった。
本当に、そうなってほしいと願っているのだろう。




