シエン清春の部屋
オレが部屋にあった全ての荷物を
廊下へ出した頃に、シホが宿屋へ到着し、
オレたちが荷物を1階の食堂へおろし終えた頃に、
ようやく木下が息を切らしながら宿屋へ到着した。
宿屋の1階の奥に、店主の部屋があった。
オレたちは、そこへ通された。
店主の部屋は、一人用で、
そんなに広くはない。
ただ、窓がなく、昼間でもランプは欠かせないようだ。
所狭しと、本や書類、そして地図かな・・・
それらが木箱の上に山積し、
その木箱も部屋のところどころに積まれている。
剣が数本、飾られている。
『お香』がないから、呼吸がしやすい。
あまりキョロキョロするのは、
失礼に当たると思い、横目でしか見ていないが、
例の、離れた場所の情報を入手できる
『高価なカラクリ』が、この部屋にあるんだろうなと察する。
テーブルっぽい木箱を中心に、オレたちは座った。
「あんたたちの部屋が、
まさか『ラスール』に壊されるとは
思っていなかった。
守り切れなかった俺のミスだ。
すまなかった。」
開口一番、店主は謝罪の言葉を述べた。
店主のケガは本当に大したことはなく、
回復用の薬を飲んでからは、すぐに血が止まった。
今は、頭に布ではなく、包帯を巻いていた。
その姿からして、店主が決して
店の守りを疎かにしていたわけではないと察する。
「突然の奇襲だったんだろ?
魔獣が入り口からここまで侵入してきたのも珍しいし、
仕方ないと思うぜ。」
シホが、店主をかばっている。
もちろん、この場にいる誰もが店主を責めようとは思っていない。
「そう察してもらえると助かる。」
店主が、また頭を下げた。
「そ、それよりもニュシェは!?」
オレはなるべく焦らないように気を落ち着かせているが
それでも声が、自然に震えてしまう。
自分でも気づかないうちに
ニュシェへ感情移入してしまっているようだ。
不安で仕方ない。
「あぁ、結論から言うと、
あの少女は、壊された壁から外へ逃げてしまった。
いや、あの状況では、あの場から逃げなければ
『ラスール』に襲われていたことだろう。
俺は、魔獣の気配が近づいてくるのを感じ、
すぐにあの部屋へ駆けつけたのだが、
俺が駆けつける前に壁を破壊された。
しかし、部屋に血痕がないことから、
あの少女はケガをしていない。」
逃げた、か。
ひとまず無事ということか。
「俺が『ラスール』の攻撃を凌いでいる間に
あの少女の気配が遠くへ逃げていった。
そして、大勢の人間に見られてしまった。
当然、騎士たちにも通報されて・・・
今は『バンパイア』として追われている。」
ひとまず安心・・・というわけにはいかない。
無事ではあるが、危険な状況になっている。
・・・また『独り』で逃げている状態だ。
「今までも、そうだったが
『バンパイア』が発見されてしまうと、
その場所に、強い聖騎士たちが集まってきてしまう。
この国に住む者のほとんどが信徒だからな。
町民から騎士へ、騎士から聖騎士へと
発見の報告が知らされてしまうようだ。」
まさに、国民一丸となって
ニュシェを追っているという状況か・・・。
「さ、探しに・・・行けないか・・・。」
居ても立っても居られず、探しに行きたいところだが、
「そうだな。見つけても、いっしょにいるところを
発見されてしまえば、今度は、あんたたちまでもが
追い掛け回されてしまう。
いっしょにいるだけで、討伐の対象と成り得るからな。」
店主が、そう言う。
自分がそうなってしまった過去を
思い出しているかのように、目を細めた。
「な、なんとか助ける方法はないのか!?」
シホの声も、少し震えている。オレと同じで焦りが見える。
まだ出会って間もないはずだが、
もともと『獣人族』が好きだったようだし、
すでに愛着がわいていたのだろう。
「・・・あんたたちの現状からして、
今は、少女を助けられないだろう。
討伐依頼を受けていなければ、話は別だったが。」
店主が、そう答える。
『ヒトカリ』の依頼を受けていなければ、
ニュシェを探し出して、すぐにこの国から逃げてしまえば
ニュシェを助けることは可能ということだろう。
しかし、依頼を受けてしまっているオレたちが、
ニュシェといっしょにこの国から逃げてしまえば
依頼放棄と見なされて・・・
全世界の『ヒトカリ』から討伐対象にされてしまう。
引き受けている討伐依頼の期限も、あと数日しか残されていない。
とてもじゃないが、今のオレたちは
ニュシェを逃がしてやる時間がない。
「どうすれば・・・。」
木下が困った表情をしている。
現状、オレたちが出来ることは・・・ないのか?
ただ黙って、ニュシェが捕まってしまうのを
見ていることしかできないのか?
「これは、俺の想像だが、あの少女は
おそらく、あんたたちになついている。
だから、この町から遠くへ逃げてしまうことがない気がする。
今夜にでも、みんなが寝静まってから、
こっそりと、この店へ戻ってくる可能性はある。」
店主が、そう話し始めた。
戻ってきて・・・くれるだろうか。
「ただ、戻ってこられたとしても、
この国にいる間は、安心できない。
姿を見られたからには、この町の聖騎士だけじゃなく、
各地にいる聖騎士たちが探しにやってくるだろう。
見つかるのは時間の問題だ。」
先ほどから、店主が「聖騎士が集まる」と何度も言うが・・・
聖騎士たちが集まると、どうなるのだろうか?
強いのは分かるが・・・もしかして、気配を察知する能力も
優れているということだろうか?
「あぁ、おっさん、ピンときてない顔だな?
聖騎士たちが集まると、一斉に『サーチリング』の
『法術』を使って、町全体の人間の居場所を探知し始めるんだ。
聖騎士たちが引き連れている騎士団の人数も
ハンパない数が集まる。それらを手足のように使って、
隠れていたり、逃げたりしている『バンパイア』を
追い詰める作戦を始めるんだ。まず逃げられない。」
「そんな・・・。」
木下が言葉を失っている。
オレも驚いた。
そんなことをされたら、本当に逃げられない。
助けることも叶わなくなる。




