一番大事な荷物の消失
ダッダッダッダッ・・・
「どいてくれ!」
「うぉっ! あぶねぇな!」
オレは、大通りを駆け抜ける!
大通りに面している民家や店のあちこちが
損壊していたり、ひどい家は倒壊してしまっていて、
大通りには、たくさんの人たちが溢れていた。
ここまで魔獣が侵入してしまったということか!
宿屋『エグザイル』が見えてきた!
オレの足が速すぎたようで、木下もシホも遅れている。
しかし、今はそれどころではない!
宿屋の2階の部分、オレたちの部屋のあたりが
見事に崩れていて、白い煙があがっていた!
火事ではないようだが・・・。
「っ!!」
心臓が潰されそうなほどの胸騒ぎを覚えつつ、
宿屋の入り口へと走る!
宿屋の前には、大勢の人だかりができていて、
宿屋の前に、討伐された魔獣が
大の字になって転がっていた。
人だかりの中には、騎士たちの姿も見える。
「お前がバンパイアを
かくまっていたんじゃないのか!」
「!!」
その騎士たちの輪の中心に、
腕組みをして立っている宿屋の店主がいた。
どうやら、騎士たちに尋問されているようだ。
「知らねぇって言ってるだろ!」
「うぅっ!」
あのオヤジを尋問するには、騎士たちが弱すぎる。
店主の気迫に、騎士たちが
それ以上、尋問できない状態でいた。
「店主!」
オレは、騎士たちにかまわず、
店主を呼んだ。
「おぅ! 無事に帰ってきたな!」
そう返事した店主は、よく見ると
頭から一筋の血を流している。
「だ、大丈夫か!?」
「あぁ、油断しちまった。
でも、大丈夫だ。」
それを聞いて、少し安心したが
「ニュ・・・っ!」
ニュシェの名前を出しかかったが、
目の前には大勢の人だかり・・・
しかも、騎士たちもいる。
ニュシェは無事なのか、確かめたいのに!
店主を見ると、小さく首を振っている。
「それ以上喋るな」ということか!?
それとも・・・ニュシェに何かあったのでは!?
「なんだ、お前は!」
「こいつの仲間か!?」
騎士たちの矛先が、オレに向いた。
「オレは、ここの客だ。どいてくれ!」
オレは、ぶっきらぼうに
そう答えて、宿屋へ入ろうとしたが、
「あ、お前! ウワサになってる傭兵だな!?」
「え、こいつが!?
そういえば、ウワサどおりのジジィだな。」
「しかし、『殺戮グマ』って感じでは・・・。」
とうとう騎士団にまで
『ヒトカリ』からの『間違ったウワサ』が
広まっているようだ。
えぇい! うっとおしい!
「いいから、そこをどけぇ!!!」
「ひぃっ!?」
「・・・!」
オレの怒号が響き、
宿屋の入り口を妨げていた騎士たちが、
おずおずと退いた。
騎士たちだけでなく、その場にいた傭兵たちや町民も
一瞬にして静かになった。
オレは、騎士たちの間を割って
宿屋へと入った。
1階の食堂に損壊した部分はないようだ。
すぐさま、2階への階段を駆け上がる!
2階の廊下に、ところどころヒビが入っている。
そのヒビは、オレたちの宿泊部屋へと走っていた。
「あ。」
ドアの前に来て、ようやく
部屋のカギを店主から受け取っていないことに気づいた。
それでも、
「・・・!」
ドアを開けずとも、気配で分かる!
・・・部屋に誰もいない!!
それとも、まさか、死・・・!?
「くっ!!」
「おっさん! 待て!」
オレが、今にもドアを蹴り破ろうとしていた時に、
階段を上がってきた店主に止められた。
「ほれ、カギはここだ。
部屋は壊れていても、ドアは壊さないでくれよ。」
店主がそう言いながら、カギを渡してきた。
「す、すまん!」
オレはカギを受け取ると
すぐにドアのカギを開けた!
ガチャ! バンッ!
ブワァァァァァ・・・モクモクモク・・・
「うっ! げほげほっ!」
部屋の中は、真っ白な煙だらけだった。
火事ではなく、例の『お香』の入れ物が倒れて、
中に入っていた灰が、部屋中にぶちまけられていた。
「ごほごほっ! ニュ、ニュシェ!」
「おいおい、おっさん、静かにしろよ。
そこは、もう・・・窓全開みたいなもんだからよ。」
店主に言われて、オレはすぐに黙った。
窓があった壁が天井のほうから崩壊し、
窓際の床には2~3mほどの穴が開いていた。
窓があった壁が無くなっているのだ。
ある意味、窓より見晴らしがよくなっていた・・・。
そこからは、容易に外が見えていて・・・
ちょっと近づけば、大通りに群がっている
騎士たちや傭兵たちが丸見えだった。
つまり、外からもオレたちが丸見えなのだ。
ギシギシッ
窓があった壁側に近づくだけで、
床がミシミシと音を立てている・・・。
一応、脱衣所のドアを開けてみたが、
そこにも、誰もいなかった・・・。
部屋には・・・やっぱり誰もいない。
オレは、呆然と立ち尽くし、
部屋にこもっていた白い煙が、外へと流れていく様を見た。
そして、店主の方へ振り返りながら言った。
「店主・・・オレたちの荷物は?」
「ん? おっさんたちの荷物なら、
こっちのベッドのそばに、ちゃんと・・・。」
「そうじゃない!
オレたちの一番大事な『荷物』はどこだ!」
「!!」
つい、声を荒げてしまった・・・。
店主が驚いた表情になっていたが、
すぐにいつもの表情になった。
「あぁ・・・一番大事な『荷物』、ね・・・。
状況を説明するから、一旦、
この部屋から荷物を持って出てくれ。下で話す。」
ミシミシミシ・・・ギシギシ・・・
そんな簡単には崩壊しないだろうが、
この部屋の床は、今にもヒビが広がっていって
底が抜けそうな、そんな感じがしていた。
「・・・ゲホっ・・・ふぅぅぅぅ。」
オレは返事をせずに、大きな息を吐き、
黙って店主の言葉に従った。




