人事と秘書の策戦
オレが警戒している間に、時間が経ち、
王様と村上が王室へ入ってきた。
オレたちは、敬礼する。
王様の足音よりも、村上のヒールの音のほうが大きく聞こえる。
玉座に座った王様の表情は優れない。
昨日と同じ表情だ。
イヤなら村上の提案を断ればいいだろうにと思うが、
内政のために仕方なく、と言ったところか。
「コホン、佐藤隊長、ご苦労様です。
これより『特命』の詳細について
王様に代わりワタクシが説明いたします。」
村上がひとつ咳払いをしてから説明が始まり、
資料と思われる薄っぺらい紙をペラペラめくりだした。
王様が来たというのに背後にいる木下は身動きしない。
王様のそばへ行かなくていいのか?
なにを考えているんだ、コイツは。
「『特命』の目的は、『ドラゴンの討伐』であり、
討伐の証拠として、ドラゴンの身体の一部を持ち帰ること。
鱗でも、角でも、尻尾でも、血液でも、かまいません。」
それは助かる。
伝説によれば、かなり巨体のドラゴン。
それを丸々運べと言われたら無理だからな。
しかし・・・それだと、戦闘中に身体の一部でも
奪って逃走すれば、虚偽の報告もできてしまう気がするが・・・。
まぁ、ドラゴンから逃げ切れるわけもないか。
「ただし、王国内、王国外の研究機関に
その証拠品の真贋鑑定を依頼する予定ですので、
ほかの魔物で代用すれば、すぐに虚偽の討伐だと判明します。
その旨、肝に銘じてください。」
それもそうだろう。
ほかの魔物では、明らかに違うだろうからな。
細胞レベルで調べるまでもない。
「また、討伐の手段は問いません。」
それも助かる。
倒す方法まで限られてはたまらんからな。
だいたい、どうやって倒せばいいのやら。
「次に、討伐期間ですが・・・約1年とします。」
「なに!?」
討伐手段の説明までは、黙って聞いていたが、
期間を聞いて、つい驚きの声をあげてしまった。
短い。短すぎる。
ここから『未開の大地』まで、どれだけかかると思っているんだ?
オレの声を聞いても、村上は、薄っぺらい資料に
視線を落したまま読み上げる。
「期間終了までに、討伐できなかった場合は、
ただちに帰還してください。
なお、未討伐のまま帰還された場合の処遇は
帰還後に決定するものとします。」
・・・なるほど、考えたな。
『特命』を受けたことによってクビを回避できたと思っていたが、
まだ『特命』によるクビ切りは、継続中というわけか。
朝の返事を聞いてから、早急に作成したのだろうが、
やはり村上は頭がいい。
「お待ちください!」
「っ!!」
気が緩んでいたところへ、いきなり
背後から大声がしたものだから、驚いて、
ついさきほどまで警戒していた『木下暗殺者説』により、
うっかり剣の柄に手をかけそうになった。
こんなところで抜刀したら、
それこそ本物のクビ切りになっただろう。
「えっ・・・あぁ、木下秘書、そこにいたのですか。
なぜ、そこに?」
村上が、ようやく薄っぺらい資料から
こちらのほうに顔を向けた。
その視線は、オレの背後の木下に向けられている。
オレも、木下のほうへ
ゆっくりと振り向いた。
村上の反応からして、村上と木下は繋がっていないようだが、
なにを言い出す気なんだ、こいつは?
「村上人事室長、あなたの提案には穴があります。」
木下の作り笑顔が、すこしこわばっている。
それなりの覚悟をして発言しているのだろう。
「なっ・・・あなたは、この期に及んで、
まだそんなことを言うのですか!」
王様の御前であることを忘れているのか、
村上が声を荒げ始めた。
それにしても、「まだ」って言ったか?
どうやら、この『説明会』の前に
村上と木下は話し合っていたらしい。
「あなただけに話していても、こちらの意見が通らないので
この場を借りて、発言させていただきます。
王様、申し訳ありません。」
木下は、まだ王様の御前であることを忘れてはいないようだ。
いや、むしろ、あえて王様の御前であることを
村上に示した言い方だな。
「ぅっく!」
案の定、村上が我に返ったようだ。
村上が黙ったところで、王様が静かに
「よい。発言を許す。」
とだけ言った。
「ありがとうございます、王様。
では、この『特命』の穴を申し上げるとともに、
その穴を塞ぐ策を提案させていただきます。」
木下は、深々とお辞儀しながら、そう言いだした。
「まず、討伐の証拠品ですが、
身体の一部の持ち帰りならば、戦闘中で奪い、
討伐せずに逃走しても成立してしまいます。」
あー、それ、村上が気づいてないなら
言わないでほしかったなぁ。
「だから、それは実在する場合の・・・っ!」
村上は反論しそうになったが、口をつぐんだ。
ドラゴンの存在を認めていないような発言をすれば
完全に自滅だ。
「そして、討伐期間が短すぎます。
ここより遥か東の『未開の大地』まで
約半年はかかる計算です。
広大な『未開の大地』の探索だけでも、
さらに数か月はかかると思われます。
発見したとして、それから討伐するまでに、
どれだけの日数が必要か、見当もつきません。」
本当に、そのとおり。
1年以内の討伐は、数十人の小隊を編成しても
成し遂げられるかどうかだろう。
それをオレ一人だけで成し遂げるのは無理な話だ。
村上は、あえて無理を承知で言っているのだろうけど。
「だからと言って、見つかるか分からな・・・
いや、討伐までの期間、個人の旅費の負担を軽減すべく
こちらから支度金をお渡ししますが、送金するだけでも
お金がかかります。そんな悠々と長旅をされては
王国の財政に響きます!」
村上の言い分も、もっともな話だ。
財政を回復するための『特命リストラ』なのに、
お金がかかってしまったのでは、
『隊員削減提案』をした村上の計画がパーだ。
「では、この『特命』にかける資金はない・・・
そうおっしゃっているのでしょうか?
ならば、この『特命』自体が
財政を悪化させる提案だったということですか?」
「ぅぐっ・・・!」
村上の頭から煙が上がりそうだ。
怒りで顔が真っ赤になっている。
それでいて、ぐうの音も出ないというわけか。
勝負あったな・・・。
知力の対決では、村上よりも木下が上だったということだ。
ということは、この話の流れからすると・・・
『特命』の話は無し?
『隊員削減提案』も振り出しに戻ったということか?
「そこで、この穴を塞ぐ策がございます!」
「・・・!?」
そうだった、こいつはさっきも
「穴を塞ぐ策がある」と言ったのだった。
そのまま話を廃案の方向へ
持って行ってくれたほうがよかったのに。
「私が佐藤隊長についていきます!」
・・・。
「はぁぁぁぁぁーーー!???」
王室にいる全員が、ひと呼吸おいてから
同じ言葉を大声で発していた。
王様も、村上も、後藤も、衛兵たちも、そしてオレも。
開いた口が塞がらなかった。
こんな状況を作った当人の木下は、胸を張って
作り笑顔を絶やさず立っていた。




