志村の言葉
王室には、まだ王様の姿も村上の姿もなかった。
玉座からすこし離れたところに、
数名の衛兵が待機している。
昨日、オレが『特命』を受けた時と同じ光景だ。
ただ昨日と違っているのは、そこに
『騎士の中の騎士』、後藤がいることだった。
今までのヤツならば、無表情のまま
こちらと目を合わすこともしなかっただろうが、
今回は・・・なぜかオレを睨んでいる気がする。
表情を変えないヤツが、険しい表情をして
オレを見つめてくる。
なにか聞きたそうな顔だ。
しかし、後藤からは動かない。
待機するのが、今のヤツの仕事なのだろう。
マジメなヤツだ。
オレからヤツに話しかけることもないので、
オレは、王室の中央に立ち、そこで待機することにした。
後藤の方を向くと、何度も後藤と目が合うので、
それがイヤで、オレは玉座のほうに視線を置いた。
しーーーん、と静まり返る王室。
オレのすぐ後ろには、木下がいるが、
ヤツも黙りこくって、ただただ待機している。
まぁ、こんな空気の中、ベラベラと話しかけられても困るが。
しかし・・・オレの予想では、木下は
王室に来たら、オレから離れていくものだと思っていた。
なのに、通路からついてきた時と同じくらいの距離を
保ったまま、今もオレの後ろに待機している。
後ろを振り返るのは、木下に用があるという
意思表示になる気がして、なるべく後ろを見ないようにしている。
気配だけを背中に感じている。
その気配だけでは、相手の表情が読み取れない。
・・・なにを考えているんだろう?
まぁ、さきほど話していた時も、ほとんど表情を
変えなかったヤツだ。ほぼ社交辞令の作り笑顔のままだった。
だから、振り返って木下の表情を見たところで
ヤツの思惑を読み取ることはできないだろう。
・・・待てよ・・・。
そういえば、昨夜、志村がこんなことを言っていた。
「王宮内の不祥事は外に漏れることなくモミ消される」と。
・・・まさか、この女、『刺客』か?
背後からヤる気じゃないだろうな?
オレを消して「『特命』を受けた者はいなかった」ってことにする気か?
そう疑い出すと、背中にイヤな汗をかき始めた。
いやいや、さすがの村上もそこまでしないだろう。
それに、ここには後藤たちもいるし・・・
いや、その後藤たちもグルだったら?
王宮内の不祥事をモミ消すってのは、王宮警備隊も
一枚噛んでいるから成し得るのでは?
そう考えだすと、この広い王室が、突然狭く感じて・・・
猛獣がいる檻の中に入り込んでしまったような錯覚を覚える。
背中から感じる気配には、まるで殺気が感じられない。
しかし、超一流の暗殺者ともなれば、
殺気も気配も消せると聞くし・・・。
なんだか、額にまで汗をかき出した気がする。
『特命』を受けた時の緊張感とはまるで違う。
これは、命の危機感というやつだな。
ふと、腰に帯びている剣を意識する。
はて・・・手入れしたのは、1週間前だったか?
平和ボケしてても、剣の手入れだけは
1カ月に一度はしているけど、
あんまり念入りにしてないからなぁ。
そういえば、明日には旅へ出るんだった・・・
今日、無事に家へ帰れたら、さっそく手入れをしよう。




