イネルティア王国の異変
夕方になった。
カーーーン・・・
カーーーン・・・
静かな鐘の音が、この町に響く。
昨日の警鐘とは違う、静かな静かな、時を知らせる音だ。
オレたちは、洋服屋から
宿屋『エグザイル』に戻り、
部屋で待っていたニュシェに新しい服をプレゼントした。
ニュシェは、恥ずかしそうにしながらも
嬉しそうな笑顔になっていた。
それから、男は不要ということで、
オレは部屋から追い出された。
夕食時までに、女子だけで
洋服を着替えまくるのだという。
ちゃっかり自分の服も買っていた木下が
一番楽しそうだった。
しかし、木下の明るい態度が、
今のニュシェには、ちょうどいいのかもしれない。
オレは、木下にニュシェを任せて、
1階の食堂で、一人で座っていた。
まだ夕食には、ちょっと早い時間か。
ほかの客も、シホのやつも、まだ来ていない。
唐突に、空いた時間ができた。
昔から趣味という趣味がないオレだ。
こういう空いた時間に、
なにをしたらいいのか分からない。
本でも読んでいれば、少しはお利口さんになっていたのか?
・・・女房はよく本を読んでいたなぁ。
『ソール王国』にいた頃のオレなら、
ヒマさえあれば、仕事していた気がする。
仕事が趣味みたいなものだった。残業も進んでやっていた。
子供たちと遊んでやることもなく・・・
いや、子供たちにどう接してやればいいのか
分からなかったから、仕事に逃げていた気もする。
・・・女房に愛想をつかされるのも仕方ないか。
仕事に没頭している間は、なにも考えなくてよかった。
ただただ、来る日も来る日も、
城壁の上から、遥か彼方の風景を見ていた。
王城を背にして、ずっと遠くの風景を・・・。
あそこからの眺めが、最高に好きだったなぁ。
ぼんやりと風景を眺めるのが、落ち着くというか・・・。
あー・・・これも趣味と言えば、趣味になるのか?
風景をただぼんやり見るだけの趣味・・・。
いや、これは他人に理解してもらえないな。
だから他人に言えない時点で、
やはり趣味とは言えないだろう。
・・・もうオレが、あそこから
風景を見ることは・・・ないんだろうな・・・。
「おっさん、ヒマなのか?」
「うぉ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、
オレは思わず、ビクっとなった。
オレの後ろには、
いつの間にか店主が立っていた。
気配を感じなかったのは、
オレがボンヤリしていただけじゃないだろう。
本当に、タチが悪いジジィだ。
「驚かせて、すまねぇな。
ちょうど、誰もいないし、
ちょっと情報を耳に入れておきたくてな。」
店主は、そう言って
オレの対面の席に座った。
「あぁ、かまわんよ。
ボケーっとしてただけだ。」
「・・・どうやら、
この町や近辺の村は大丈夫だったようだな。
昨日のような警鐘も鳴ってないし、
『カラクリ』から拾った情報にも、
特に、魔獣に襲撃されたという情報はなかった。
魔獣たちは、だいたい夜行性じゃないから、
もう陽が落ちてきているし、
今日のところは大丈夫ということだろう。」
なんの情報かと思ったが、
どうやら、この近辺の町や村が
魔獣に襲われていないという情報だった。
それを聞いて安心する。
「それはよかった。」
「ただ・・・『プロペティー山』の向こう側・・・、
『イネルティア王国』側に、突如、魔獣たちの
大群が現れて、近辺の村や町が襲撃の被害に遭っている。」
「なに!?」
店主から意外な情報を受けて、オレは驚いた。
「それは、今回のオレたちの作戦と
関係があるってことか?」
「うーん、何とも言えない。
あの『洞窟』の全貌が分からないから、な。
しかし、もしかしたら・・・
あの『洞窟』は、北の隣国『イネルティア王国』へ
通じていたのかもしれない。」
そういえば・・・
「言われてみれば、あの『洞窟』から
風が吹き抜けていたようだったな。
どこかに通じているかもしれないと感じた。」
「そうなのか?
魔獣が住み着く数年前に、
俺が『洞窟』へ潜った時には、
そんな風など感じなかったが・・・。」
店主が首をかしげる。
それが真実ならば、
この数年の間に『洞窟』が通じたということか?
それとも、オレが感じたのは別の風か?
「まぁ、あっちの国は猛者どもが
ウジャウジャいるから、魔獣の被害と言っても、
大したことはないらしい。
もし、その魔獣の大群が、こちら側・・・
この町や近辺の村に来ていたらって思うと、
ゾッとするけどな。」
「そ、そうか。
向こうの国の人たちは無事か。
ならば、よかった・・・。」
店主の言葉を聞いて、オレは安心した。
「しかし、あっちに魔獣たちが現れて、
こっちには魔獣たちが現れないのは、ちょっと妙だな。
明日もあんたは『洞窟』へ行くだろうから、
なんか異変が見つかれば、教えてくれ。」
「分かった。
明日こそは、気を付けて行ってみる。」
「あぁ、あんたなら大丈夫だと思うけどな。
お嬢ちゃんやシホのことは守ってやってくれよ。」
「あぁ。」




