宗教の甘い誘惑
大通りを東の方面へ歩いていくと、
大きな、あの独特の様式の建物が見えてきた。
先日の町『サセルドッテ』でも見たことがある、同じ建物だ。
すべて石でできていて、細部には
石像と同じような彫刻が施されている。
高い屋根の一番上に、小さな鐘がある。
この国の『教会』と呼ばれる場所だ。
「・・・。」
大きな扉の前に、騎士らしき男が2人立っているが
無言のまま、オレたちを見てくる。
まるで「何しにきた?」と言わんばかりの、
邪魔者を見るような眼だ。
ここの騎士団ということは、
国に仕える『公務員』みたいなものだろ。
その『公務員』が、そんな態度でいいのか?
同じ騎士として、なんとなく
この国の騎士の態度に、苛立ちを感じる。
しかし、扉の前の騎士たちが
無言だからって、勝手に入っていっていいものか?
そう思い、一言、声をかけてから入ろうと思ったが、
ギギギギィ・・・キィィィィィ・・・
シホや木下が黙って、重そうな扉を開け始めたので、
オレも黙って、2人についていくことにした。
騎士たちは無言で、オレたちを見ているだけだった。
「うっ・・・。」
『教会』の中は、一段と『お香』の匂いが強く、
煙がこもっていて、むせかえりそうになる。
『教会』の中は、昼間なのに薄暗い。
大きな窓はあるが、その窓が透明ではなく、
様々な色のついたガラスで出来ている。
色とりどりで綺麗だとは思うが、
色がついているからこそ、透明度がなく、
それが原因で、建物の中が薄暗いのだと気づく。
天井がとても高く、思わず見上げてしまう。
天井には、いくつものランプがぶら下がっており、
それも色とりどりで綺麗で・・・
幻想的な空間を演出していた。
建物の中は、たくさんの座席が並べられていて、
その座席が向かっている先には、
一段と高い舞台のような場所がある。
広いスペースで、そこに大きな机が置いてある。
その奥の壁に、巨大な石像が建てられている。
あれが、この国の宗教『オラクルマディス教』の
神様の姿なのだろう。
その机の前に、関所で見た検問官たちと同じ姿をした、
白い布の服を頭から被っている男が1人立っていた。
その男は、オレたちが話しかける前に
突然、話しかけてきた。
「迷える者たちよ。
あなたたちが求めるものはなんですか?」
静かな教会の中、その男の声が
大きく響いて、多重の声に聞こえてくる。
なんというか、こんな雰囲気だと
この男が、すごい存在に感じてしまいそうだな。
それに『迷える者』?
別に、なにも迷っていないが・・・。
「私たちは、昨日の(『マティーズ』と共闘した)魔獣討伐の
報酬金を受け取りに来ました。」
シホがそう答えた。
「あぁ、あなたたちが、例の傭兵たちですね。
聖騎士ディーオ様から話を聞いております。
そこで、お待ちください。」
男は、そういうと舞台の横へ移動し、
なにやら大きなカーテンをめくって姿を消した。
薄暗くて分かりづらいが、本当に
『演劇』などで見る舞台みたいな造りなのだと気づく。
あんなところにカーテンがあるなんて気づかなかった。
背景の壁と同色だから、とても分かりづらい。
「今のが、この町の偉いやつなのか?」
ただ黙って待っているのも嫌だったので
シホに聞いてみたが、
「偉い・・・のかな。
一応、司祭って役職の人だったはず。
俺も信徒じゃないから、
イマイチ、ここの仕組みが分からなくて。
たぶん、この町で一番偉いのが
聖騎士ディーオ様で、そのほかは同列じゃないかな。」
なるほど、一番強いやつが、
一番偉いわけか・・・分かりやすいな。
「それにしても・・・
お前が、信徒じゃないのに、
その聖騎士に「様」をつけて呼ぶのは、
そういうことか?」
ふと感じたことを聞いてみた。
たしか、シホは、昨日の魔獣討伐後に会った
聖騎士に対しても、「様」をつけて
丁寧な対応をしていた気がする。
「そりゃそうさ。
あの方がこの町にいてくれるから、
この町に安心して住めているわけだし。
偉いとか、そういうの抜きにしても、
あの強さ、あの優しさ、そして
あのカッコよさ! 憧れるよなぁ・・・。」
シホが、なんだか、うっとりした目になる。
鼻と口を布で覆っているから、
シホの目でしか表情が読み取れないが。
なるほど、自分に無い『強さ』に憧れるわけか。
・・・だったら、オレもシホより強いはずだが・・・
まぁ、こんな老いぼれには憧れないか。
「お前も、じゅうぶん強いし、
かっこいいじゃないか。
なぁ? ・・・ユンム?」
それとなく、木下に話題を振ってみたが
「そうですね、シホさんも
じゅうぶん強くて素敵だと思いますよ?」
木下は作り笑顔のまま、そう言った。
本心ではないということ、か?
こいつが作り笑顔の時は、平気でウソをつくから、
なんとも心が読みづらい。
赤の他人がパーティーに入ったことによって、
木下は、またしばらく、この『作り笑顔』の日々を
過ごしていくことだろう。
早く、シホと仲間として仲良くなれればいいのだが。
「いや、俺なんて、まだまだ・・・。
俺の姉さんは、もっと強かったよ・・・。」
シホの目が伏し目がちになった。
・・・ふむ。
『強さ』の憧れの元は、
身内の『強さ』からか。
目指す背中が、突然消えてしまった今は
どんな話題でも、その失った存在を
思い出してしまうだろうな・・・。
「お待たせしました、迷える者たちよ。」
「お!」
そこへ、お金が入っているであろう
3つの袋を持って、
先ほどの男が、カーテンの奥から姿を現した。
「さぁ、迷える者たちよ、これを受け取りなさい。」
「ありがとうございます。」
そう言って、シホが
男から袋を受け取ろうとすると・・・
ガシッ
「!?」
男が袋から手を離さない!?
そして、そのままシホに顔を近づけて・・・
「今、入信されると
聖騎士ディーオ様のサイン入りタオルが
特典としてついてきますが、いかがですか?」
「んなっ!?」
男は、宗教の勧誘をささやき始めた!
しかも、シホのやつ・・・
「ディーオ様の・・・サイン入り・・・タオル・・・だと!?」
ちょっと心がぐらついてるじゃないか!
「こちらの袋に入ったお金で、
ちょうど入信料になります。
特典が付くのは、この『断食』の期間限定・・・
今だけですが、いかがいたしましょうか?」
しかも、『期間限定』という追撃まで
かましてきやがった!
「シ、シホ、よく考えろ!
お前の憧れは、聖騎士の『強さ』だろ!
タオルをもらっても、なにも得られないぞ!」
オレは、そう叫んだが、
「迷える者よ、分かっていますか?
タオルにサインを書くという行為!
そのタオルは、すでにディーオ様が
素手でお触りになられているということですよ?
直接! 素手で! 触る!」
「直接・・・タオルにさわって・・・。
ニオイが・・・汗が・・・!?」
おいおい、なんなんだ、あの男!
まさか、先ほどのオレたちの会話を聞いていたのか!?
強い『憧れ』という気持ちを持てば、
それは『ファン』ということだ。
その『ファン』の心を確実に捉えにきている!
「シホ! だまされるな!」
うちの娘・香織が少女だった頃、
その当時、流行っていた歌手の『ファン』になってしまい、
無駄にお小遣いを使い込んでいたのを思い出す。
どんなに注意しても、逆効果で
どんどん、香織の部屋にその歌手関連のアイテムが増えていった・・・。
まさか、こんな形で
宗教の勧誘をしてくるとは!
「シ、シホさん!
サインが本人のものとは限らないし、
サインした後に汚いおじさんたちの手で
袋詰めしているかもしれませんよ!」
木下が、とんでもないことを言う!
「あ・・・そうか・・・
ディーオ様が直に書いたわけじゃない可能性もあるか。」
バシッ
「あっ・・・。」
木下の一言で、正気を取り戻したシホは、
力強く、男から袋を奪い取った。
「・・・。」
沈黙が訪れた。
男の手には、オレと木下の分の
報酬金の袋が握られている。
アレを、すんなりもらえるだろうか?
今、見たような攻防が、
また繰り返されるのではないだろうか?
そう思うと、取りに行けない・・・。
「さ、さぁ、残る迷える者たちよ、
これを受け取りなさい。」
男は、なにもなかったかのように、
袋を前へ突き出し、そう催促し始めた。
「ありがとうございます。」
そう言って、袋に手をかけた木下だったが、
ガシッ
またもや、男が袋から手を離さない!
そして、木下に顔を近づけていき・・・
「今、入信されると
聖騎士ディーオ様のサイン入りタオルが・・・」
また、例の期間限定品をエサにした勧誘が始まった!
しかし、
「聖騎士様に興味がありませんので。」
バシッ
「あぅ・・・。」
木下は無表情のまま
男から、袋をむしり取った。
さすが木下だ。
こういう駆け引きにおいては、木下が上だったな。
続いて、オレの番だ。
はっきり言って、聖騎士が強かろうが、
この町で偉かろうが、
男の名前入りタオルに興味はない。
「ありがとう。」
そう言って、オレが
お金の入った袋に手をかけると、案の定、
ガシッ
男は、簡単に袋から手を放さず、
オレに顔を近づけてきて・・・
「今、入信されると
聖女エリョイーヌ様が全身全霊を注ぎこんだ
『聖水』が特典としてついてきますが、いかがですか?」
「な、にっ!?」
品を変えてきやがった!?
なんだ、その聖女の『聖水』って!?
「・・・おじ様?」
木下から、冷ややかな視線を感じる。
「なにを迷う必要が?」と言いたげだな。
いや、オレもそう思っているが・・・
「聖女エリョイーヌ様は、精神統一のために
一糸まとわぬお姿で! 聖なる水を! 生み出されたのです!」
・・・おいおい!
『一糸まとわぬ』って、それ、裸になる意味あるのか!?
なんなんだ、その『聖なる水』っていうのは!?
「分かりますか? 迷える者よ!
聖女様の『聖水』は、どんな万病にも効く『万能薬』!
・・・あなたの腰の痛みもやわらぐことでしょう。」
「!! なぜ、オレが腰を痛めていることを!?」
「おじ様!!」
バシッ
もう見ていられないと言うように、
オレの代わりに、木下が
お金が入った袋を、男から強引に奪い取った。
「あぅ・・・。」
「失礼します!」
そして、どこか怒っているような口調で
そう告げると、オレとシホの手を引いて
『教会』から出た・・・。




