生還した喜び
シャアァァァァァァ・・・
「ぃつっ!!」
無事に『プロペティア』の町に戻ったオレたちは、
宿屋『エグザイル』に入るなり、
大勢の傭兵たちに歓迎され、
質問責めに遭っていたのだが・・・
それらの質問を、すべて木下に任せて、
オレはひとまず先に宿泊部屋に戻らせてもらった。
ニュシェが心配そうな顔で出迎えてくれた。
シャワー室に入り、ヒリヒリ痛み出していた
右腕に水を浴びせた。
最初は、痛みが余計に増した気がしていたが、
そのうち、水の冷たさで痛みが麻痺してきた感じがする。
「すぅぅぅぅぅ・・・ふぅぅぅぅぅ・・・。」
オレは、そのまま頭から冷たい水を浴びた。
右腕の皮膚が、赤くなっていたが、
その赤みが少し元に戻り、痛みもひいていった。
右手を握ったり、右肩を回してみても、痛みはない。
今日、放った竜騎士の技は、5回・・・。
若いころは、何十回も技を放っても
ここまでヒドイことにはならなかったのに。
改めて、自分の歳を感じる。
そして、こんなことで
この先・・・もし、本当に『ドラゴン』が実在していたら?
この老体で戦えるのだろうか?
無様にやられるだけではないのか?
魔獣たちを倒せたが、
この先の不安は募るだけだった。
着替え終わったオレは、
部屋で待っていたニュシェと
昼飯を食べることになった。
昼食は、オレが部屋へ戻る前に、
店主がこっそり手渡してくれたものだ。
「・・・ん。」
オレがぼんやりしていたから、
心配になったのか、
ニュシェが、握り飯をオレに渡してくる。
「あ、あぁ、ありがとう。」
いかん、いかん・・・。
こんな子供に心配されてしまうとは。
今は、とりあえず、無事に戻れたことで
良しとしよう。
コン コン
この部屋に近づいてくる気配は感じていたが、
このノックの合図は、木下だ。
オレが部屋にいる時は、
2回ノックすると決めていた。
「き、ユンムか?」
「はい。」
一応、確認してから、ドアのカギを開ける。
木下が部屋へ入ってくるなり、
「おじ様、ひどいです!
私だけを残して!」
プリプリ怒りだした。
この様子だと、今まで
かなりの質問責めに遭っていたのだろう。
「すまん。右腕が少し痛かったので、
早く冷やしたかったんだ。」
オレは、素直に謝る。
「右腕!? 怪我ですか!?」
木下は、怒っていたことも忘れたように
オレの心配をしてくれる。
「いや、怪我ではなくて。
あの竜騎士の技は、けっこう体への負担が大きくてな。
でも、もう・・・。」
オレがそう言い切る前に、
木下が、オレの右手を手に取り、
観察してくる。
「!」
木下が、オレの手を握ってくる。
「・・・怖かったです。
作戦通りにいかなくて・・・。」
木下の手が、少し震えている気がする。
「あぁ、怖かったな。
本当に、すまなかった・・・。
オレが魔法に疎かったせいで・・・。」
「いいえ・・・本当なら、
もっと私も魔法で援護する予定だったのに、
私は、おじ様の後をついていくだけで精一杯で・・・。
全部、おじ様に任せっきりで・・・。
あの技も、おじ様の体への負担が
大きいことは気づいていたのに・・・。
それでもおじ様に頼るしかなくて・・・。
次々に、おじ様が技を使うたびに、
おじ様が壊れてしまうんじゃないかって、
怖くて、怖くて・・・でも、何もできなくて・・・。」
『レッサー王国』での戦いで
竜騎士の技は、オレの体に負担がかかることを
木下は知っていたんだったな。
きっと心配してくれていたのだろう。
「初めから、そういう作戦だったから、
それでいいじゃないか・・・。」
木下が自分を責めているようなので、
やんわりと慰めてやったつもりだが、
「いいえ、最初からおじ様に任せっきりの
作戦を立てたこと自体が、間違いだと気づきました。
他人に守られているだけの自分がイヤで、
自分のチカラで、成し遂げたいと思ったから、
母国を出たのに・・・。」
「・・・。」
木下は、今回のことで
何もできなかった自分を責め、
今までの自分をも責め始めていた。
何かを決心したり、覚悟しただけでも、
すごいことなんだ。素晴らしいことなんだ。
ただ、決心しても、覚悟しても、
いきなり、理想の自分に成れるわけがない。
・・・若いうちは、それが分からないから、
理想と現実の違いに、葛藤するものなんだよなぁ。
・・・若いって、いいなぁ。
木下自身は、ものすごくツライ状態かもしれないが、
もう若くないオレとしては、
その葛藤している姿が、うらやましく感じる。
成長していく途中の姿だからだ。
しかし、今のこいつに
それを伝えても、うまく伝わらないだろうな。
たしか『レッサー王国』の時も、
似たようなことを言ってみたが、
まったく理解できていなかったようだし。
「最初から強いやつはいない。
みんな、弱い自分から成長を始めるんだ。
焦る必要はない。
成長は、徐々に成長するものだからな。
今は、オレのほうが強い。
オレに頼ってくれていいんだ。気にするな。」
オレは、そう優しく語りかけ・・・
うつむいていた木下の頭を撫でてやった。
「やっぱり、甘いですね、おじ様は。」
木下は、そう言って、顔をあげて笑った。
「・・・ん。」
「えっ?」
木下の横に近づいてきたニュシェが
オレにそうしてくれたように、
木下にも、握り飯を渡してきた。
こいつは口数が少ないが、
こいつなりに、相手の気持ちを察してくれているようだ。
「ありがとう! ニュシェちゃん!
ただいま、ニュシェちゃん!」
「わわわ!」
木下は喜んで、握り飯ごと
ニュシェを抱きしめていた。
その微笑ましい光景を見て、
改めて・・・
無事に帰れてよかったと感じた。




