応援ではなく支援
「・・・つまり、おっさんたちは
その誤情報のせいで、『スヴィシェの洞窟』の
依頼を受けざるを得なくなった・・・
そういうわけか?」
オレと木下の説明を聞いて
イヴハールがそう言った。
オレたちは、『間違ったウワサ』を否定するために、
『レッサー王国』で討伐したのは
200人じゃなく、30人であるという『真実』を伝えた。
そして、その誤情報のせいで、
『サセルドッテ』の『ヒトカリ』の支店長と
もめてしまったこと・・・
そのせいで、『スヴィシェの洞窟』の依頼を
受けざるを得なくなったことを素直に話した。
「なんか・・・とんでもない災難だな、おっさんたち。」
イヴハールが同情してくれている。
オレたちの話を信じてくれているようだ。
「いや、誤情報もとんでもないけど、
窃盗団をたった2人で30人討伐したのも
じゅうぶんスゴイと感じるんだが・・・。」
テゾーロは、あまり同情している感じではなく
驚いた表情のまま、オレたちを見ている。
「しかし、あそこの支店長は、
相変わらず性格悪いねぇ。」
カトリーノが嫌そうな表情で、そう言った。
「あそこの支店長を知っているのか?」
「知ってるって言っても、会ったことは無いけどさ。
高ランクの傭兵たちは会ったことがあるらしくて、
なんでも無理難題な依頼を押し付けてくるって
ウワサを聞いたことがあるよ。」
「高い報酬額を、難癖つけられて
値切られてしまった傭兵たちもいるらしい。」
カトリーノとテゾーロが
支店長の悪いウワサを教えてくれた。
なるほど、あの支店長なら
それくらいは、やっていそうだな。
あの気持ち悪い笑顔を思い出してしまった。
「そんな悪いウワサがあったのか。
だが、あそこの『ヒトカリ』は、
なかなかたくさんの傭兵で賑わっていたようだが・・・。」
オレは、依頼掲示板の前に群がっている
傭兵たちを思い出していた。
「あー・・・低ランクのやつらだろ。
高いランクの傭兵たちは、ほとんどいないはずだ。
あの支店長のせいで、稼げないから
みんな他の村や町の『ヒトカリ』へ移動したはずだぜ。」
イヴハールが、そう説明してくれた。
言われてみれば、あれだけ大勢の傭兵で
賑わっていた割には『ランク指定』の依頼書が
掲示板に残っていたし、
受付に並んでいた傭兵たちは
「どこかの掃除」だったり「ペット探し」だったり、
雑用みたいな依頼を受けているようだった。
オレたちに話しかけてくれたパーティーも、
たしか『Fランク』だったか。
「なるほど。あそこにいた傭兵たちは
あの町に住んでいて、生活するために
仕方なく雑用のような依頼を受け続けているわけか。」
「まぁ、そういうことだな。
俺たちは、ウワサを聞いて知ってたから
あの町では依頼を受けたことがないっていうか
依頼を受けないようにしてるよ。」
テゾーロがそう言う。
「俺たちは拠点にしてる町がないから、
あっちこっちに移動しながら依頼をこなしているが、
あの町に行くのは、配達の依頼がある時か、
馬車を乗り継ぐためだけに立ち寄る程度だ。
昨日も、馬車でおっさんたちと乗り合わせたのは、
配達依頼の帰り道だったしな。
間違っても、あの町の『ヒトカリ』には行かないなぁ。」
イヴハールがそう言った。
そして、カトリーノが
「おっさんたち、あの町の『ヒトカリ』に
『レッサー王国』の依頼書を提出してなければ、
こんなことにはならなかったのにねぇ・・・。」
と、ため息混じりに、痛いところを突いてきた。
「うっ・・・そういうことになるな。
はぁ、ツイてない・・・。」
オレは、本当にガッカリした。
この運の悪さは、『ソール王国』で
『リストラ』の対象になった時から
始まった気がする・・・。
それまでは、のほほんと暮らせていたのになぁ。
「おじ様の不運は、今に始まったことではありませんし、
溜め息なんて、ついてないで、
これからのことを考えなくてはいけません。」
木下が、仕切り直しとばかりに、そんなことを言う。
オレにとっては、木下も不運の原因なのだが。
「そ、そうだよな。
それで、どうするんだ、おっさんたち?
話を聞く限りでは、『スヴィシェの洞窟』の攻略は
絶望的だし、依頼内容からして逃げることも
回避することも不可能だから、
俺としては、早々に、あそこの支店長に土下座して
謝るしかないと思うんだが・・・?」
イヴハールが、そんなことを言う。
いや、おそらく、それが一番
この『問題』に適した答えなのだろう。
「そうなると『ヒトカリ』から除名されちゃうけどさ。
命は助かるわけだし、私も、
そのほうが現実的っていうか、賢い選択だと思うけどね。」
カトリーノがイヴハールと同意見のようだ。
「・・・。」
テゾーロだけが、黙って
オレたちの言葉を待っている。
たぶん、この3人の中で、テゾーロだけは、
なにか直感みたいなものが働いているのだろう。
「私たちが、あの男に土下座するなど有り得ません!
むしろ、あの男に土下座してもらいたいくらいです。
私たちは、依頼通り、『スヴィシェの洞窟』の
魔獣たちを討伐します!」
木下が、きっぱりと
強い口調で、そう答えていた。
あの支店長の気持ち悪い笑顔を思い出しているのだろう。
チンピラ程度しか倒せないくせに、
この強気な態度は、どこから出てくるんだか・・・。
「んなっ!」
ざわざわざわざわ・・・
『マティーズ』の3人だけじゃなく、
周りの客たちも、驚いている。
「・・・もしかして、おっさんたちには
勝算があるのか?」
テゾーロが、そう聞いてきた。
「みんなには話せませんが、
私たちには策があります!
ただ、この策をもってしても、たった一日で
あの広大な洞窟の全ての魔獣を
討伐することは不可能です。」
木下が、大きな胸を張って、そう言う。
「よく分かっていないが、
あの洞窟は、今や魔獣たちの『巣』になってるんだろ?
その『巣』をつついてしまうわけだから、
そこから出てくる魔獣たちが
周辺の町や村に行ってしまう可能性も有り得るんだ。」
オレは、慎重に言葉を選びながら、
そう説明する。
みんなが、どういう反応をするか怖いのだが、
この説明を避けては、誰もあの洞窟の魔獣たちを
討伐することはできないだろう。
「ここに誓います!
私たちは、この一週間以内に、必ず、
あの洞窟の魔獣たちを全滅させます!!
ただ、私たちが全滅させるまでに
周辺の村や町に、魔獣の被害が及ぶ可能性があります!
もちろん、私たちも、全力で
それを阻止しますが、私たち2人だけでは
防ぎきれるものではありません!
みなさん、どうか私たちに協力してください!
周辺の村や町を守ってください!
お願いします!」
木下が、切実そうな声で『願い』を叫んだ。
そう、これは『お願い』だ。
本来は、この町の『ヒトカリ』へ行ってから
この『お願い』をするつもりだった。
『スヴィシェの洞窟』の魔獣の数は
誰も把握できていないからだ。
もし、予想よりも少なければ、
たった一日で全滅させられる可能性もでてくるだろう。
しかし、予想よりも多かったら・・・
もしも、圧倒的な規模だったら・・・
一日どころでは討伐しきれないだろうし、
そうなると、オレたちの攻撃によって
刺激を受けた魔獣たちが、洞窟から出て行って
周辺の村や町を襲う可能性が高くなる・・・。
ざわざわざわざわ・・・
「そんなことできるのかよ・・・。」
「無暗に『巣』をつついて
今より被害が大きくなるだけじゃないのか?」
「騎士団たちでも無理なのに・・・。」
「まったくもって迷惑だ!」
周りの客たちから聞こえてくる声は、
もっともな見解だ。
今まで、誰も成し得なかったことを
話しているのだから、当然だろう。
しかし、信じてもらうより他がない。
誰かがやらなければ、この先も
周辺の村や町に被害が及び続けるのだから。
「ありがたい話じゃねぇか。 なぁ!?」
「!!!」
たったその一言で、周りの客たちの
ざわついた声が消えた。
それを言い放ったのは、
店の奥から出てきた、この店の店主だった。




