シエン清春という男
オレも木下も、店主の気配を
まったく感じていなかった・・・。
こいつは、オレたち以上の実力者かもしれない。
「警戒するのも分かるが、
あまり敵意を向けないでくれ。
特に、おっさん、あんたの敵意を肌で感じると
勝手にこっちの筋肉がこわばってしまう。」
店主は、そう言って苦笑いしながら
ずっと両手を挙げている。『降伏』の態度だ。
「・・・お互い、腹を割って話せそうか?」
オレはストレートに聞いてみた。
「あぁ、俺としても、それが望ましい。
お互いに、『敵』ではない・・・。
それを踏まえて、話し合いを始めよう。」
オレは、チラリと木下を見たが、
木下は無言でうなづいた。
相手を・・・店主を信じてみるということだ。
オレは、とりあえず、
店主と同じ態度で示した。
両手を挙げて『降伏』の姿勢で。
「ふぅー・・・ありがとう。」
店主は、お礼を述べながら
安堵した表情で、両手を下げた。
オレも同時に両手を下げる。
ドアのそばに立っていた店主は、ゆっくりと部屋へ入ってきて、
そっとドアを閉めてカギをかけた。
カシャン・・・
たぶん、これから誰にも聞かれたくない
話し合いをするわけだから、カギをかけるのは当然だが
・・・いざとなったら逃げ道は、
窓しかないと、ふと思った。
それから、オレたちは店主といっしょに
テーブルを囲むようにイスに腰かけた。
「・・・勝手に立ち聞きして悪かった。
しかし、2階の客室で、ドタバタと騒がしい音がすれば
店主として確認しないわけにはいかなかったものでな。」
店主が謝ってきたが、聞けば、なるほど・・・
「それは、こちらも悪かった。
この子が勝手に部屋に入っていたので・・・
ちょっと驚いてしまって、な。」
オレも謝りつつ、すでに寝ている少女を
ちらりと見て言った。
順を追って説明しなければならないな。
「まずは、お互い、自己紹介かな。
あの『マティーズ』のやつらに聞いただろうが、
俺は、この宿屋『エグザイル』の店主で
シエン・清春だ。」
「オレは、傭兵の佐藤健一だ。」
「私は、おじ様の姪で、傭兵の木下ユンムです。」
お互いに、自己紹介をした。
木下が『姪』ということを、あえて言ったから、
オレは最初に「腹を割って話す」と言ったものの、
あくまでも、オレたちは『特命』のことや
木下の『任務』については喋らない。
しかし、店主は
さっき、オレのことを『殺戮グマ』だと言った。
その恥ずかしいあだ名は、
町『サセルドッテ』の『ヒトカリ』で聞いた情報だ。
『ヒトカリ』の支店同士なら、
希少で高値の『カラクリ』があって
情報を共有しているらしいが・・・
この店主がすでに知っているのは、なぜだ?
この町の『ヒトカリ』では、
すでに、あの『間違った情報』がウワサになっているとか?
オレたちのことを、どこまで知っているんだ?
「こういうのは、
お互いに知っていることを話し合うものだが、
あんたらは、他国から来てるから、
この国のことを、ほとんど知らない状態のようだな。
とりあえず、その子と出会った経緯を
説明してもらおうか。」
店主は、そう言った。
オレたちは、『レッサー王国』から、この国へ来た時に、
この少女に荷物を狙われたこと・・・
その際、聖騎士に出会って、尋問されたこと・・・
そして、木下には黙っていたが
この少女が、馬車の下にくっついてきて
不正乗車を繰り返して、オレたちについてきたこと・・・
オレが、うっかり『握り飯』で
餌付けしてしまったことも話した。
「おじ様、そんなことをしてたんですか!?」
木下が驚きの声をあげる。
少女がついてきていたことも驚きだったようだが。
「あぁ、相談もせずにすまなかった。
たぶん、オレと同じで
腹を空かせているんじゃないかと思ってな。
スリの技も下手だったし、国中で追われてるし、
オレよりもまともな食生活をしてないと
容易に想像できてたからな。」
木下が、少しむくれている気がしたので
一応、謝っておいた。
「ふむふむ、なるほど・・・。
あんたたちとこの子が出会ったのは、
偶然だったわけだな。
この子の運がよかったんだろうなぁ・・・。」
店主は、そう言うと、
スヤスヤ寝ている少女のほうを見ていた。
その目は、とても温かく・・・
若い傭兵たちを見る目と同じ感じがした。
「ありがとう。」
そして、店主は
礼を言いながら、頭を下げた。
「いや、礼を言われることはしていないが・・・。」
そもそも、なんで店主が礼を言うのだろう?
まさか・・・
「もしかして、店主は、この子の知り合いなのか?」
率直に聞いてみる。
「いや、初めて見る子だ。
俺は、ここの店主をしながら
『獣人族』を助ける活動をしている。
人知れず活動しているんで、
これは誰にも言わないでほしいんだが。」
「なぜ『獣人族』を助けているんですか?」
木下が質問する。
「それは・・・この国の者でも
ほとんど知られていない、この国の戒律ができた経緯と、
俺の古い友人との約束があるからだ。」
そう答えた店主は、少し遠い目をしながら、
テーブルの上のランプを見つめた。
寂しそうな表情に見える。
「俺は、いろんな国へ渡り歩きながら傭兵をしていた。
その時々で、その国の違う傭兵たちと
パーティーを組んでいたんだが、ある時から
ずっとパーティーにいて、仲良くなった傭兵がいた。
そいつとは、すっかり仲良くなって・・・
友人と呼べる存在になれたんだ。
そいつが、『獣人族』だった。」
・・・なるほど、その友人との約束か。
「ある時、パーティーに『レスカテ』出身者が入ることになって。
しかし、最初、そいつはものすごく友人を嫌っていてな。
パーティーとして成立できなかった。
その嫌う理由が、何度聞いてもおかしな話だったんだ。
『レスカテ』の戒律が、どうのこうのと・・・。
それで、俺が間に入って、何度も話し合っていくうちに
『レスカテ』の戒律が、根本的に間違っていることに気づいた。
『獣人族』を『バンパイア』だと
信徒たちに教えているってことに気づいたんだ・・・。」
「そんな!」
木下が驚きの声をあげたが、
オレは、なんとなく、そんな気がしていた。
聖騎士デーアと話していた時に感じた違和感は
そういうことだったのか・・・。
「友人と、その『レスカテ』の信徒は、
最初の反発が嘘のように仲良くなっていって・・・
気づけば、恋仲になっていた。
最初に反発すればするほど、
くっついたときには強力にくっつくもので・・・
友人たちは、結婚を誓い合うまでになった・・・。」
「・・・。」
宗教の信徒と結婚か・・・。
普通の結婚ですら、親族同士の価値観や
しがらみなどの都合を
妥協させたり、すり合わせるために苦労するのに、
他国の、しかも宗教の信徒と
結婚するとなれば、それは
相当の覚悟が必要になるだろう。
「で、俺たちパーティーのメンバーで
友人とそいつの結婚を祝ってやろうってことになり・・・
その時のパーティー全員で、この国へ入ろうとしたんだ。
しかし、関所で、友人を見るなり、検問官が騒ぎ出し、
騎士団が現れて・・・騎士団と事をかまえるつもりはなかったが、
友人を守るために、俺たちは戦うことになってしまった。」
この国へ来た時に、
この少女を見た人たちの反応はすごく早くて、
すぐに聖騎士が駆け付けたほどだから・・・
店主の、その当時の様子も、容易に想像できる。




