夜の侵入者
この国へ来て、まだ二日しか経っていないはずだが、
もう何日も、まともな食事をしていなかった気がしていた。
だからこそ、この宿屋の食事が
ものすごく美味しく感じた。
もちろん、空腹を抜きにしても、とにかく美味しい。
とくに、肉料理。味付けが濃いわりに後口があっさりしている。
ここで出てくる肉は、『鳥肉』なのだろうな。
柔らかくて食べやすい。
気づけば、そんなに食べるほうじゃないオレが、
よくおかわりをしてしまっていた。
「よく食べる客がいると思ったら、
若造じゃなく、ジジィじゃねぇか! はははっ!」
ふいに声がして振り向くと、
オレと変わらないくらいの年老いた男が立っていた。
頭に布を巻いていて、職人ぽい姿。
雰囲気がある。間違いなく、こいつが店主だろう。
「あ、清春さん! いただいてます!」
『マティーズ』のイヴハールが
店主らしき男に挨拶した。
「おう、おめぇらのツレだったか。」
キヨハルと呼ばれた男は、
イヴハールと親しいようだ。
『マティーズ』がここの常連客なのだろうな。
「今日は、東側と入り口に魔獣が現れて、
その入り口の魔獣をお前たちが倒したそうじゃねぇか!」
「はい、そうなんですよ!
俺が魔獣の頭をかち割って!」
「いや、俺が魔獣の足をブッタ切って!」
イヴハールとテゾーロが
おのおのの功績を
身振り手振りで自慢している。
「お前たちの実力で
あの『ギガントベア』を倒せるとはなぁ。
いつの間にか腕を上げたな!」
店主は嬉しそうに、2人を褒めている。
「なに言ってんのよ、あんたたち!
このおっさんの作戦がなかったら、
倒せてなかったでしょ!」
2人が褒められたのが気に食わなかったのか、
カトリーノが余計なことを言う。
「いや、まぁ・・・。」
「たしかに・・・。」
シュンと落ち込む2人。
「作戦?」
店主が、ちらりとオレを見る。
「私と、この二人と、
あと馬車の護衛役の傭兵も合わせて
4人で同時に、魔法を重ね掛けして、
やっと倒せたんですよ!」
今度は、カトリーノが功績を自慢しだした。
「ほぅ、魔法の重ね掛け・・・へぇ~。」
店主の表情が・・・
少し真顔になったような?
「あ、いや、オレも
昔、先輩に教えてもらっただけで!
なんというか、まぁ、とにかく
うまくいってよかった!
いや、こいつらのおかげなんだ! な!?」
オレは聞かれてないことを
口走りそうになりつつも、
なんとか、話題を『マティーズ』に戻した。
「そうそう! やっぱり俺の、足への攻撃が!」
「いや、俺の、頭への攻撃が!」
イヴハールとテゾーロの自慢話が
また始まってくれて、オレは、ホッとした。
・・・なんだろう。
この店主がまとっている空気、ただもんじゃないな。
もしかして、元・騎士か? 元・傭兵なのか?
「おっちゃん!
唐揚げのレモンがけ、追加で!」
「おう!」
他の客に注文をもらって、
店主は、さっさと店の奥へ戻っていった。
「今のが、ここの主人、シエン・清春さんだ。
ほかの国の出身者で、この国にはかなり若いころから
住み着いたらしい。料理もほかの国の郷土料理を
アレンジして作ってるらしいぜ。」
イヴハールなら、店主の過去を知っているかもしれない。
しかし、あまり深入りしないほうがいい気がする。
ただの直感だが・・・
相手に勘繰られるようなマネはしないほうが良さそうだ。
「ここの味を知っちゃうと、
もう、ほかの店に入ろうと思わなくなるよなぁ。」
「おっさんのように、おかわりする気持ち、よく分かるわ~。
私もここでは食べすぎちゃうもん。」
『マティーズ』の3人が料理を絶賛していた。
『マティーズ』たちとの食事を終えて、
腹が満たされると、すぐに眠くなる。
歳をとったせいかと思ったが、
『マティーズ』のやつらも、大きなアクビをしだした。
「あれだけの戦闘があったからね。
さっさと休みたいよ。は~~~ぁふ・・・。」
カトリーノが、あくびしながら、そう言う。
オレたちは、店主に「ご馳走様」を言って、
支払いを済ませ、宿泊部屋がある2階へとあがった。
『マティーズ』たちと「おやすみ」を言い合い、
自分たちの部屋の前まで来たとき・・・
ガタッ・・・
「!」
部屋の中から音がした! 気配がある!
そういえば・・・食事するために部屋を出る時、
部屋の窓を開けたままにしてしまった気がする!
2階だからと油断した!
警戒を怠るなと、若者たちに言っておきながら、
なんという失態・・・!
「・・・。」
オレがなかなか部屋のドアを開けないことに気づき、
後ろにいた木下も緊張しているようだ。
状況を察したらしく、黙っている。
オレは、ドア越しに、中の気配をうかがう。
かなり小さい・・・その気配が、ゆっくり動いている。
おそらくオレたちの荷物を物色しているのだろう。
カギを開け始めたら、
たぶん、素早く窓から逃げられてしまう・・・。
素早くカギを開けて、ドアを同時に開けねば
捕まえられない・・・。
オレは、後ろにいる木下に目で合図して、
せーの・・・
ガチャ! バーン!!
オレは、カギを開けると同時にドアを素早く開けた!
部屋の中は、真っ暗だ。
「!!!」
ダッ!
真っ暗な部屋の中、小さな影がビクンとなったのを見たが、
かまわず、オレは素早く窓へ走る!
バタン!
そして、乱暴に窓を閉めた!
「!!!」
その間、木下が素早く魔法を詠唱する!
「わが魔力をもって、明かりを灯せ、ホォライト!」
日常生活でも見られる、誰でも使える火の初級魔法だ。
木下のかざす手に、小さな火が出てきて
真っ暗な部屋を照らす!
「・・・。」
真っ暗な部屋にいた、小さな影は、
まるで観念したかのように、身動きしなかった・・・。
明るくなった部屋の中、オレと木下で挟むように
小さな気配のするほうへ歩み寄ると・・・
黒い布の服を頭から被った、あの子供が、
オレの荷物から、『握り飯』を取って・・・
怯えた目で、オレたちを見ていた。




