宿屋『エグザイル』
宿屋『エグザイル』の宿泊部屋は、
けっこう広かった。
中央にテーブルがあり、それを挟むように
ベッドが二つ。よし、離れている。
窓も大きく、ちょうど沈みかけている夕日が見えた。
ただ、ここにも例の『お香』があった。
「ゲホッ、これはどこでも必要なのか? ゲホッ!
信徒じゃないなら、いらないと思うが・・・。」
オレは充満している煙と空気を
入れ替えたくて、すぐに窓を開けた。
すぐに新鮮な空気が入ってきたと感じたが、
外でも、この『お香』があちこちに
置いてあるため、外の空気も新鮮とは思えない。
「そりゃそうですよ。
それが、この国の『十戒の制約』に書いてある
『反邪香』ですよ。」
思わず、「なんだそれは」と聞きそうになったが、
また『十戒の制約』を覚えていないことを
木下にチクチク言われると思ったので、
「あ、あぁ、これがそうなのか。」
と返事した。
木下からは、疑いの目で見られたが。
荷物を置き、鎧を脱いで
くつろげる格好になる。
「ふぅ・・・。」
「・・・ところで、おじ様。
あの魔獣を倒した魔法は・・・。」
木下が遠慮がちに聞いてくる。
「あー、そうだったな・・・。
オレの身元がバレないように
かばってくれて助かったよ。ありがとう。」
「いえ・・・。」
「てっきり初級の魔法だと思い込んでいたが、
またオレは違っていたようだな。」
「えぇ、私たちの初級の雷魔法は
『サンダーボルト』でした。」
なるほど・・・『サンダーボルト』・・・
なんか、かなり幼いころに
そういう魔法で練習したような気もするが、
すぐに『トルエノ・マルティー』を習ったと思う。
「そうか、『ソール王国』では
初級の雷魔法は『トルエノ・マルティー』だった。」
「そ、それは中級の魔法ですね・・・。」
「そうだったんだな・・・。」
もう分かっていることだが、
本当に、『ソール王国』は・・・王族は・・・
他の国と違う常識を、みんなに植え付けていたんだな。
まだ、少なからずショックを受ける。
自分の常識が、みんなと違うことを
少しずつ受け入れていこう。
「・・・。」
オレの心情を察してくれているかのように、
木下は、黙っていてくれた。
「まぁ、実際は、久々の魔法詠唱だったから
発動するかどうかも怪しかったんだがな。
オレが失敗しても、お前たちの魔法で
どうにかなっただろうし。」
オレは、自虐的な話をしてニカっと笑って見せた。
「実際のところ、おじ様の魔法が中級じゃなかったら
先ほどの戦闘は、危なかったのでは?」
「うーん、どうだろうな?
全身丸焦げまでは至らなくても、
4本の雷を合わせれば、ギリギリ、
魔獣の脳天を貫けたと思うけどな。」
実際、あの両腕包帯の男の魔力は
なかなか高いと思うのだが。
「『どんなに有利だろうと不利だろうと
勝負というのは、いつも一か八か』だからな。」
「あぁ、おじ様の先輩の格言ですね。」
『レッサー王国』の時に言った格言だったが、
木下も覚えたらしい。
「とりあえず、オレたちの実力は
『クマタイプ』に通じるってことが、これで分かったな。
この町の住人たちは大変だっただろうが、
オレたちにとっては、魔獣の強さを知るのに
ちょうどいい機会だった。」
「はい。被害が少ないって言ってましたし、
私たちが戦闘に加われたのは、よかったと思います。」
ぐぅぅぅぅ
「あはっ・・・ははは!」
オレよりも腹の虫が返事をしてしまったので
自分でも滑稽すぎて笑ってしまった。
「はいはい、分かりましたよ、おじ様。
下へ降りて、食べましょう。ふふふっ。」




