プロペティアの町
両手包帯の男が手を挙げて合図すると、
離れた場所に停まっていた馬車が、
こちらへやってきた。
「無事に片付いたようだな。
ヒヤヒヤしたぜ。」
御者がそう言って
包帯の男に話しかけ、汗をぬぐっていた。
「ん?」
「どうかしましたか、おじ様?」
「いや、なんでもない・・・。」
馬車の下の小さな気配が消えていた。
魔獣討伐中に、この馬車から離れたようだ。
すでに町は目の前だから、
先に町へ侵入したのかもしれない。
オレたちは馬車に乗り込み、
馬車は、無事に
町『プロペティア』へ入ることができた。
『サセルドッテ』と同じく、
そこそこ大きな町のようだ。
パッカパッカパッカ・・・ゴトゴトゴト・・・
町の入り口は、先ほどの魔獣に壊され、
家が倒壊し、石や木材が散乱している状態だった。
魔獣の大きな爪痕が、地面にも残っている。
騎士たちの迅速な片付け作業により、
馬車は通ることができていた。
倒壊した家のそばで、先ほどの聖騎士の姿を見つけた。
魔力が高まって・・・
怪我人に、回復系の魔法をかけているようだ。
本当に、すごい実力の持ち主だな。
騎士の中の騎士・・・
オレは、ふと『ソール王国』の後藤を思い出していた。
もっとも、あの聖騎士と違って、やつは、
威圧的な、他者を寄せ付けない空気を持っていたが。
やつは今ごろ・・・
新しい警備の仕事をしているのだろうか・・・。
馬車は、大通りを通過し、
やがて広い場所で停まった。
そこは、少し大きめの石像があって
例の『お香』が煙を上げている。
ベンチやイスなどが設置されていて
小さな公園のような場所だった。
ここが停留所らしい。
陽が傾き、今にも遠くの山へ消えようとしている。
馬車を待つ乗客たちもいない。
「はぁ~、やっと着いた~。
生きた心地がしなかったぜぇ。」
「この町で商売するなら、
これぐらいのことは覚悟しなきゃ
やっていけないぜ? ははっ!」
ずっと乗っているだけだった
商人らしき男たちが、
そう言って馬車を降りていく。
オレたちも馬車を降りて、
御者に運賃を支払った。
「先ほどは、魔獣討伐に加勢していただき、
助かりました。ありがとうございます!」
人柄の良さそうな御者が、オレたちにお礼を言った。
その御者の隣りに立っていた
護衛役の傭兵・・・両腕に包帯をしている男が
「あ、あの・・・」
と、なにか話しかけてきたが、
すかさず、
「いや、助かったのはオレたちのほうだ!
護衛役のあんたのおかげだ!
本当にありがとう!」
オレは、大きな声でお礼を言って、
さっさと二人の前から荷物を持って立ち去った。
なにが聞きたかったのかは分からないが、
余計な詮索をされては困る。
「さて、宿を探すか。
それとも、先に食事処を探したほうがいいかな?」
オレの後ろについてきている木下に聞いてみた。
「そうですねぇ。
おじ様もお疲れのようだから、
先に荷物を置く宿屋を探したほうが・・・。」
「おーい! おっさんたちー!」
木下と話しているときに、
後ろからオレたちを呼び止める声がした。
『マティーズ』の3人だった。
ちょうどいいから、こいつらに
宿屋のことを聞いてみようと思ったら、
「俺たち、今から宿屋へ行くんだが、
おっさんたちは、今夜泊まる宿屋は決まってるのか?」
「もし、決まってないなら、
うまいメシを出してくれる宿屋を教えるぜ?」
と、逆にお誘いを受けた。
騙されるのでは?と感じたが、
ここで身構えていても始まらない。
どうせ、見ず知らずの誰かに聞いて
宿屋を探す予定だったのだ。
オレたちは
『マティーズ』の誘いに乗ることにした。
それにしても、この『断食』という期間の
この国で、うまいメシ?
まさか、『ゾウスイ』ではあるまいな?
馬車の停留場から、歩いて5分ぐらい。
『マティーズ』についていった先に、
大通りに面した宿屋『エグザイル』があった。
外見が木造の、かなり大きめの宿屋だ。
まさか、宿泊料金が高いのでは?と一瞬思った。
中に入ってみれば、
1階の食堂は、大勢の客でにぎわっている。
この国へ来て、初めて賑わっている食堂を見た。
その原因が、すぐに分かった。
「おぉ! メシだ!
普通の料理が出ているぞ!」
オレは、思わず驚嘆の声を上げてしまっていた。
食堂で食べている客たちのテーブルに
美味しそうな料理が、たくさん並んでいたのだ。
「ここの店主が、ほかの国出身で、
ここの信徒でもないから、
断食中でも、普通に料理を出してくれるんだよ。」
『マティーズ』の茶髪の男が、そう説明してくれた。
大盛況なのは、納得だ。
宿泊の受付には、若い男が座っていた。
こいつが店主だろうか?
「はい、いらっしゃい!
お泊りですか?」
受付の男に聞いたが、
食堂は大盛況だが、宿泊客は、そこまで多くないという。
来ている客は、ほかの国出身だけど、
旅目的じゃなく、
この国に住んでいる住人たちのようだ。
思い切り食べているところを見ると、
信徒ではないのだろうな。
今夜は、なんとか二部屋、空いているらしい。
そして、ここの宿屋も
一人につき宿泊料金が発生するようだ。
それほど高くない料金だったので、
ひとまず安心した。
「じゃあさ、私たち女性と
そっちの男性で分かれて泊まるのは、どぉ?」
『マティーズ』の女が、そんなことを言い出す。
「えぇ!? そんな勝手な!」
『マティーズ』の男たちが反論しかけたが、
「二部屋しかないんだし、
料金は一人ずつ払うから変わらないわけだし、
男といっしょよりも、女同士のほうが
なにかとラクで、安心だしね~。」
木下の肩をポンと叩いて、
そんなことを言う『マティーズ』の女。
木下と同じような歳だろうか。
だからこそ、すぐに友達感覚になれるのかもしれない。
木下は作り笑顔のままだが、
どことなく、顔がこわばっているようだ。
苦手なのか? 警戒しているのか?
「まぁ、俺は、どっちでもいいけどな。」
「あぁ、眠れるならそれでいいわけだし。
おっさんは、それでいいか?」
『マティーズ』の男たちも、
女の意見を否定せず、特に抵抗なく
話の流れに乗ってしまうようだが、
ここで、オレの意思を確認してくれたので、
遠慮なく、自分の意見を言わせてもらう。
「いや、すまないが、オレは反対だ。」
「えぇ!?」
女も、まさかこの流れで
断られるとは思わなかったのだろう。
驚いた顔になった。
「お前たちには、先の戦闘でも世話になり、
この宿屋を教えてくれたことにも感謝している。
だが、それとこれは別だ。
お前たちを疑っているわけじゃないが、
もしも・・・明日の朝になって
誰かの荷物の何かが無くなっていたら?
誰かの財布のお金が減っていたら?
たとえ、本人が無くしただけのことでも、
そうなったら、お互いに疑ってしまうだろう。
オレは、そうなりたくない。
だから、男女に分かれるのではなく、
パーティーごとに分かれたほうがいい。
・・・と、オレは思うのだが、お前たちはどうだ?」
その場の空気を悪くして、感じ悪く聞こえたことだろうが、
旅をする身としては、つねに警戒を怠ってはいけない。
・・・まぁ、最近、オレは宿屋に着くと
すぐに居眠りしてしまっていたが
自分自身、気を引き締めなければならない。
「たしかにな。おっさんの言うとおりだ。
俺もあんたたちを疑いたくはない。
最初から、パーティー別に分かれておけば
そういうトラブルを避けられるわけだな。」
「傭兵は常に警戒を怠らないことが
長く生きていく秘訣だって、先輩に言われたことを
思い出したよ。久しく忘れていたなぁ。」
「はいはい、私が悪かったよ。
おっさんの言うとおりだよ・・・。
あーぁ、久々にこいつらのイビキを聞かずに
安眠できるチャンスだったんだけどなー。」
女は本当に残念そうだったが、
『マティーズ』の3人は納得したようだった。
オレたちは別々に部屋のカギを
受付でもらい、部屋がある2階へあがった。
「相部屋は断られたが、
このあと、いっしょに食事するのはどうだ?」
『マティーズ』の茶髪の男が
そう言って食事に誘ってくれた。
後ろからついてきている木下を
ふと見たら、木下は、
作り笑顔のまま、うなづいていた。
「あぁ、それはいいな。
いっしょに食べよう。」
「じゃぁ、決まりだ。
荷物を置いたら、さっそく下の食堂で!」
そう言って、お互い、部屋へ入った。




