人事室の怒鳴り声
「失礼する。」
オレは、遠慮がちに扉をノックして、人事室へ入った。
数名のヤツらが、チラリとコチラを見ただけで、あとは各々の仕事に
集中していた。本当に、職員室のような雰囲気だ。
人事室など初めて入った場所だ。
村上がどこの席なのか分からず、オレがキョロキョロと探していると、
奥に別室が見えて、そこで村上が怒りの顔のまま手招きをしていた。
やれやれ、何を言われるのやら。
別室には、『室長室』と書かれていた。
その部屋へ入ると、村上はドカっと乱暴に自分の椅子に座り、
「そこに掛けてください!」
と、来客用の椅子へとオレを促した。
相手が何で怒っているのかは分からないが、相手のどんな挑発にも
乗らないでおこうと、改めて自分に言い聞かせながら椅子に座る。
何かイチャモンをつけられて、退職金を減らされるのは困るからだ。
村上は、額のシワを指で押さえながら、
「佐藤隊長、コレは、いったいどういうつもりですか!」
と、怒鳴りぎみに、赤い用紙をオレに投げつけてきた。
赤い用紙は、ヒラヒラと舞い、オレのところまで届かなかったが、
それがオレが書いた『答え』の用紙だと分かった。
オレは・・・『特命』を『承諾する』と答えたのだ。
「どういうつもりも・・・王様の『特命』をありがたく・・・」
「はぁ!? 何を言っているのか、分かってるんですか!?」
村上の額に、さらにシワができていた。
「ドラゴンなんて、いるわけないでしょ!
わざわざワタクシが説明しなきゃ分からない年齢じゃないでしょう!?」
村上が、本音で話していることが伝わってきた。
ドラゴンの存在を否定するということは、今回の『特命もどきのリストラ』の
裏の事情を暴露しているようなものだ。
「あなた以外、全員、辞退を選択しています! これが当たり前なんです!
今回の『特命』の意味、あなたもちゃんと分かってるはずです!」
村上の怒鳴り声は、人事室に響いているらしく、数名のヤツらが
興味本位で、こちらを覗いている。
「そうか・・・後藤も辞退したか・・・。」
オレは、他のヤツらの視線など気にせずに、オレだけが承諾したことに、
少々、落ち込んでしまった。後藤なら、もしかして・・・という想いがあったからだ。
それと、後藤といっしょならドラゴンにも勝てそうな・・・そんな甘い思惑もあった。
後藤は、王様の命令に背くヤツじゃない。この『特命』が王様の命令じゃないことを
あのとき確認して・・・辞退することを決めていたのだろう。
「後藤隊長のことなど、どうでもいいんです!
むしろ、今は、後藤隊長ですら断った
『特命』を受けようとしているあなたが問題なんです!」
村上の怒りはずっと頂点に達したままだ。
オレは冷静に答える。
「あぁ、そうだな。他のヤツが辞退しようと関係ない話だ。
オレだけが『特命』を受ける。それだけのことだが、何か問題でもあるのか?」
オレの言葉は、村上の怒りをさらにアオっている。
ケンカをふっかけているつもりはない。オレはただ、2択を与えられて
『受ける』と答えただけだ。何も間違ったことをしていない。
村上は、
「このっ・・・!」
とんでもなく汚い言葉を使いそうになって、言葉を飲み込んだようだった。
そして、少し声のトーンを落として
「佐藤隊長・・・これは、ワタクシへの当てつけですか?」
「なぜ提示された選択をしただけで、キミへの当てつけになるのかね?」
質問に質問で返すのは、よくないことだが、あえてそうした。
村上の言いたいことは分かっているつもりだが、どうにも釈然としない言い方だ。
どちらを選択しようが、やっかい者を追い払えるのだから、村上が怒る道理がない。
本来、リストラされて頭にキテいるのは、オレのほうなんだ。
これ以上、理不尽な言いがかりをされるのは不愉快だ。
村上は、ボソボソと話し始めた。
「あなたは黙って『辞退』を選択していればよかったのです!
自主退職というカタチであれ、退職金が出るのですから。なのに、
架空の魔物を倒しに行くことを『承諾』するなんて・・・バカげてます!」
「バカげてる? そのバカげた提案をしたのは、キミだろ、村上室長!」
「ぐっ・・・!!!」
村上の提案によって、オレたちは数十年務めた警備隊を辞めざるを得ない
状況に追い込まれたのだ。定年退職を迎える前に、オレたちの人生が
大きく変わってしまったのだ。
その村上が『バカ』という単語を使ってきたので、
オレまで声を荒げてしまった。
『ドラゴン討伐』なんてバカげているのは百も承知。
しかし、それを提示してきたのは、村上のほうなのだ。
それを受けたからといってバカにされるのは不本意だ。
もう、村上が何を言いたいのか分からなくなってきた。
「村上室長・・・ちょっと落ち着いてくれ。
隊員削減の提案は、キミの提案だろ?
そして、今回の『特命』もキミの提案だろ? 対象者に選択肢を与えたことで、
強引なリストラだったと世間に思わせないようにしたんだろ?
どちらを選んだとしても、やっかい者を追い払えるわけだ。
最初は腹が立ったが、一晩、悩んでたら・・・
なんというか・・・キミはキレ者だと感心させられたよ。」
オレは、村上の怒りを静めて、冷静に話せるように話しかけた。
それに、これが今のオレの本音だ。
「そこまで分かっているなら・・・だったら、なぜ『承諾』なんですか!」
どうにもこうにも、村上は『承諾』したことに怒っているようだ。
「オレが承諾したって、別に提案に問題は・・・。」
村上が困るわけじゃないと思っていた。しかし、
「問題、大有りですよ! あなたが死地へ向かって、戦死したら、
ワタクシの責任になるんです! 怪我をして帰ってきても、労災の問題で
ワタクシが責任を負わされるんです!」
オレは驚いた。
どうやら、村上の算段では、全員が『辞退』して
円満に自主退職してもらえるはずだったようだ。
つまり・・・まさか『特命』を受けるヤツが出てくるとは
想定していなかったというわけか。
村上の顔は、怒りの表情から、困った表情になっていた。
『天才の思惑を打ち破るのは、いつも愚者の行動』という先輩の言葉を思い出した。
村上は、かわいそうだが・・・オレも命を懸けた『承諾』なのだ。
オレは、これ以上の話し合いが無駄だと感じ、席を立った。
村上が
「待って! これを取り消してください!」
と泣きそうな顔で言ってきた。オレは、首を横に振る。
「想定外のことで、申し訳ないが、オレも『遊び』で決断したわけじゃない。
命を懸けて『答え』たんだ。これはキミの提案なんだろ?
だったら、キミも覚悟を決めろ。
責任もとれない提案をするような室長なら、辞退することを勧めるぞ。
以上だ。正午に王室で待つ。」
そう言い放って、オレは地に落ちていた赤い用紙を拾い上げ、『室長室』を跡にした。
・・・バカにするにも程がある。
感心していたのに・・・これだから女は・・・。
オレは、怒りを抑えつつ、人事室を出た。




