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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第一章 【異例の特命】
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野となれ山となれ、おっさんたち




「では、今から用紙を配ります。そこの投票箱の前に、ペンがありますので、

そこで記入して、折り曲げて、投票箱に投函してください。」


4人だけとなったリストラ対象者たちに用紙が配られた。

赤い用紙に、名前の記入欄と、『特命』を『承諾する』『辞退する』の

2択が記されている。用紙を持って、各々、投票箱の前へ移動する。

仕切りがされていて、隣りのヤツの『答え』は見えないようになっている。


オレは・・・『答え』が決まっているけど、しばらく赤い用紙を見つめていた。

それは、今までの警備隊としての人生にお別れをする儀式に思えたからだ。

名前を記入して、選択肢の『答え』を○で囲んだ。

折り曲げて、投函した。

その瞬間、肩に感じていた重さが軽くなった気がした。

他のヤツらは、すでに投函したあとだった。

みんなも同じ気持ちだったようで、どこかホッとした表情を浮かべている。

もうジタバタできない、ウジウジ考えることもできない。

あとは野となれ山となれだ。


「お疲れ様でした。すぐに開票させていただきます。

『特命』を受けた方は、数時間後の正午に、ここへ来てください。

王様の御前で、『討伐』の詳細をお伝えいたします。

『特命』を受けなかった方は、夕方までに『脱隊届け』の書類を送らせていただきます。

その書類の必要事項を記入して、隊員証と支給された物を返却していただくため、

明日の朝、人事室へ来てください。」


「フン。」


村上の淡々とした説明を聞いて、後藤が鼻で笑った気がした。


「では、以上。解散!」


村上は礼もなく、投票箱を衛兵に運ばせて、退室していった。

後藤もサッサと退室していった。

村上の説明だと、この4人が顔を合わせることは、もう無いのかもしれない。

そう思うと、後藤のように挨拶もなしに出て行くことが躊躇われた。


「これで・・・もう決まりましたね。」


鈴木が、吹っ切れた顔で話し始めた。


「そうだな、あとは野となれ山となれ、だ。」


「さすが佐藤隊長、堂々としてますね。ボクなんて緊張が抜けて、

全身のチカラまで抜けちゃいましたよ。」


小林が、ヨロめく仕草をした。

冗談のように聞こえるが、本当にそうなのかもしれない。

ホッとした空気が、そこに流れた。

しかし、それも束の間で・・・3人以外、誰もいない王室に沈黙が訪れる。

もう『結果』は分かってしまっているわけだから、『答え合わせ』をしても

よさそうなのに、3人とも、なぜかその話題が禁句であるかのように、

聞きたいのに、聞けない・・・そんな空気が流れていた。


「ボクは独身だから、1人で決断できたけど、佐藤隊長や鈴木隊長は

ご家族がいらっしゃるから、説得が大変だったのでは?」


そんな空気を打ち破るために、小林がオレたちに質問してきた。

軽い冗談のような言い方だが、内容はかなり突っ込んだモノだ。

しかし、重い空気を入れ換えるには、それが妥当のように思えた。

だから、オレも軽い口調で返す。


「あぁ、そりゃもう・・・話にも応じてくれなかったぞ。

まぁ、そのうち分かってくれるだろう。」


しかし、鈴木は軽く返さなかった。


「うちは・・・大喧嘩してしまって・・・

これから、離婚の話を進めていく方向ですよ。ははは・・・。」


思わず、ギョっとしてしまった。

質問をしてしまった小林が一番驚いたようだ。

すかさず


「も、申し訳ありません! 出すぎた愚問でした!」


と、深く謝った。

萎縮してしまった小林に、鈴木はなるべく明るい口調で


「いや、いいんですよ。小林さんのせいじゃないわけだし。

元々、うちは、そういう危うい流れが出来ていたから・・・

まぁ、今回のは妻にとって、良い口実ができたみたいです。」


明らかに落ち込んでいる様子だが、明るい口調で答えている鈴木。

オレも・・・と便乗したいところだが、

完全に、そのタイミングを失ってしまった。


「鈴木隊長・・・。」


「あ、それに・・・もう『隊長』じゃないわけだし、

『隊長』って呼ぶの、止めましょう。ね、小林さん、佐藤さん。」


そう言って、鈴木は、オレと小林の肩をポンポンと叩いて、

そのまま、扉のほうへ歩き出した。


「お2人とも・・・お元気で・・・。」


鈴木は、寂しそうな背中を見せながら、そう言った。




バァァァーーーン!


次の瞬間、鈴木が開けるよりも先に、扉は勢いよく開かれた。

そこには息を切らした人事室の村上が・・・さっきまでの勝ち誇った顔ではなく、

怒りの表情を顕わにして立っていた。

そして、目の前の鈴木に対して


「まだ残っていたのですか!? 用が済んだのなら、早く退室してください!」


と、乱暴に言い放った。

あっけにとられている鈴木を通り過ぎ、

村上は、ツカツカとオレを目指して早歩きしてきた。

目が血走っている。鬼の形相のまま、オレの目の前で立ち止まった。


「佐藤隊長! お話があります! 人事室へ来てください!

他の方は、早々に立ち去ってください!」


そう早口で捲くし立てて、また早歩きで退室して行く。

バタン!と乱暴に扉が閉まった。


「・・・なんだったんでしょう? 佐藤隊長?」


小林にそう聞かれたが、村上を怒らせるようなことは一切覚えが無い。


「オレも分からんが・・・呼ばれたら行くしかないよな。

やれやれ、時間があるうちに、部下に仕事の引き継ぎを済ませなきゃならんのに。」


オレの言葉で、放心状態だった鈴木が我に返った。


「あ、あぁ、ワタシも引き継ぎに行かねば・・・。」


「ボ、ボクも。」


「あぁ・・・、では、また・・・。」


そう言って、各々、王室を跡にした。

村上・・・いったい何の用事だろうか?

オレは人事室へ向かう通路で、さきほどの自分の言葉に苦笑いした。

「では、また」か・・・また会える保証もないのに。

人事室は、王室の右側に位置する。

すぐに行ける距離だが、オレの足取りは重い。

村上の形相が、本当に怖かったわけじゃない。あんな若い女の怒りの形相なんて、

オレの女房の怒りの形相と比べれば、かわいいものだ。

しかし、今までの人生の中で、女に命令口調で呼び出しをくらうのは、

小学校の先生以来じゃないだろうか。

さしづめ、これから怒られるために職員室へ呼ばれた気分だ。





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