サセルドッテの『ヒトカリ』
この町『サセルドッテ』にある
『ヒトカリ』は、そこそこ建物は大きいのに
町のあちこちには看板がなく、
建物も、なんだかひっそり建っている感じだった。
ざわざわざわざわ・・・
中は、すでに数十人の傭兵たちがいて、
『依頼掲示板』の前には、大勢の人だかりがあり、
窓口は、2つあるが、どちらも
すでに数十人の行列ができている。
ちなみに、ここには『お香』がなく
久々に新鮮な空気を吸えた気がした。
「昼には依頼書が無くなるのも、うなづけるな。
人手不足と聞いていたが、大盛況だ。」
「感心してる場合じゃないですよ。
報酬は、あとからでいいので、
私たちも、先に掲示板を見てみましょう。」
正直、この歳になって
大勢の中へ入っていくのは
うんざりするのだが、木下にうながされて
オレたちは掲示板の前へ行ってみた。
ざわざわざわざわ・・・
「押すなよ、てめぇ!」
「男のくせにピーピーわめくな!」
人だかりは、もみくちゃな状態で、
あちこちで売り言葉に買い言葉が飛び交う。
木下は、オレを盾にして
オレの背中にぴったりくっついている。
鎧を着ているから感じないが、
柔らかいモノを押しつけられていると思う。
やれやれ・・・くっつきすぎだ。
人だかりの真ん中まで行くと、
次々に依頼書が、取られているのが見えた。
これは、依頼書をゆっくり見て
吟味している場合ではないな。
掲示板の前へ行ったら、とりあえず
残っている依頼書を取るしかない。
「ランクが書かれてない依頼書を
見てくださいね!」
後ろにいる木下が言う。
たぶん、オレの後頭部しか見えないから
代わりにオレに見させるつもりなのだろう。
「分かってる!」
と返事をしながら、掲示板の前まで進んだ。
ここへ来た時には数十枚ぐらい
貼られていた依頼書が、すでに数枚しか残っていなかった。
パッと見たが、ランクが書かれているものしか
残っていない気がする。
「おっ、コレか!」
『ランク問わず』と書かれている依頼書が
それしかなかったので、とりあえず
それを手に取った。
ざわっ!!!
「え?」
周りにいる人だかりの
騒然としていた声が、一瞬にして消えて
依頼書を取ったオレを見ている・・・?
「なんだ、あいつ。見かけないやつだな。」
「あ、あんた・・・それ・・・。」
「おい、放っておけ。
どうせ老い先短いんだから。」
ざわざわざわざわ・・・
人だかりは一瞬の静寂のあと、
また騒然とし始めた。
オレたちは、とりあえず、
その人だかりの中から抜け出した。
「はぁ・・・大したことじゃないが
疲れるな、これは・・・。」
人混みの中に入ると、自分の思うように
動けなくなるから疲れるものだ。
「それより、おじ様は
なんの依頼書を取ったんですか?
なんだか、周りの人たちに
奇妙な空気が流れたんですが・・・。」
「さぁ、オレもよく分からん。
とりあえず、ランク外の依頼書を取っただけだが・・・。」
改めて、自分が取った依頼書を見てみた。
「『ランク問わず』『スヴィシェの洞窟の魔獣討伐』。
魔獣の特徴は・・・『ギガントベア』と
『ラスール』って書いてあるな。
『ラスール』は、たしか・・・サルタイプの魔獣か。」
「サルタイプじゃなく、ゴリラタイプですよ。」
「どっちも似たようなものだろ。」
「いえいえ、大きさが全然違いますから。」
たしかに、サルとゴリラでは大きさが違うか。
「おい、あんた! それ・・・!」
「おい、やめとけって!」
「ん?」
人だかりのほうから、二人の男が
オレたちに話しかけてきた。
「これのことか?」
手にしていた依頼書を見せてみる。
「そう、それだ。
あんた、ここじゃ見かけない顔だから
ほかの国から流れてきたんだろ?」
「あぁ、そんなとこだ。」
「だから、その依頼のヤバさが
分かってないんだろうけど・・・。」
「この依頼は危険なのか?」
うなづく男。その隣りにいた男もうなづく。
「それは、もうここ数年の間、
誰も達成してない依頼書なんだよ。」
「そうなのか?
その割には、新しい依頼書のようだが?」
依頼書の紙は、ずっと張り付けてあったとは
思えないほど、新しい紙の状態だ。
「そうじゃないんだよ!
ここ数年、多くの傭兵たちが
その依頼に挑戦したけど、誰も帰ってこなかったんだ。
依頼書は、引き受けてから1週間以内に
達成の報告をしなきゃならない義務があるが、
誰も戻ってこなかったわけだから、
依頼書も戻って来なかったってわけさ。
そうして、1週間後に、また新しい紙で
同じ依頼書が張り出されるんだよ。」
そうか・・・。
依頼を請け負った傭兵が
依頼書を持って行ってしまうから・・・。
誰かが挑むたびに、新しい紙で依頼書が
発行されるのか・・・。
「じゃぁ、この依頼は
1週間前に誰かが挑戦したのか?」
「いや、それは新しく見えても、
張り出されて3週間は経ってる。
約1か月前に、挑戦した奴がいたけど、
戻ってこなかったんだ。
その依頼も最初は、
ランクB以上の限定依頼だったけど、
誰も達成できないから、この際、
誰でもいいってことになったらしい。」
「ランクBでも無理だったなら、
誰が挑戦しても結果は同じだろうによ。
最初の時より報酬金がバカみたいに跳ね上がってるんだよ。
だから、たま~に、一攫千金を狙って
バカなやつが弱いくせに挑んじまうんだよ。」
オレたちを止めてくれてる男の
隣りにいた男も、そう説明してくれる。
まぁ、つまりは
二人とも、オレたちに忠告してくれているのか。
「そうだったのか。
でも取ってしまったし、どうするかなぁ。」
「悪いことは言わねぇ、やめとけ。
依頼書を手に取ったって違約金は発生しない。
あっちの窓口に行って、間違って取ったって伝えれば
無かったことにしてくれる。」
違約金?と思ったが、
ここで知らないことがバレると
木下がうるさくなるので黙っておこう。
どうやら、依頼を正式に引き受けたあとで
依頼を断ると違約金という罰金が発生するようだな。
「分かった、そうするよ。
二人とも、ありがとう。」
オレは素直に男たちに礼を言った。
「いや、気にするな。
同業者であっても、やっぱり
何も知らないやつが命を落とすのを
黙って見ていられなかっただけさ。」
「バッ、バカやろう!
俺は、そういうつもりなかったけど、
コイツが・・・!」
オレたちに忠告してくれた男は、
たとえライバル同士でも助け合うという
気持ちが伝わってくる。
それを止めようとしていた男のほうは、
どうやら天邪鬼みたいな性格のようだな。
「あ、そういえば・・・
ちなみに、お前たち二人はパーティーなのか?」
オレにとって大切なことを聞いてみた。
「あぁ、そうだが?」
「どんなパーティー名なんだ?」
「俺たちは、まだFランクだが
この町では、けっこう名が通っている
『どっこいどっこい隊』だ。
よろしくな!」
爽やかに名乗られたが・・・ダ、ダサイ・・・。
こいつらに比べれば、
オレたちのパーティー名は、まだマシなほうか。
「そういえば、お前たちも
パーティーなのか?」
「ま、まぁな。」
「お前らのパーティー名は?」
「うっ・・・。」
言いたくない。
「私たちのパーティー名は
『森のくまちゃん』です。
こちらこそ、よろしくお願いいたしますね!」
オレが答えなかったから、
オレの後ろにいた木下が
さらりと答えてしまった。
「も、『森のくまちゃん』!
あっははー! こりゃかわいい!」
「お前たちにお似合いだな! あっはっはー!」
やはり笑われてしまった。
だから答えたくなかったのに・・・。
自分の顔が熱くなった。
たぶん顔が赤くなってしまっていることだろう。




