十戒の制約
少なすぎる夕飯を食べ終えて、
木下に「おやすみ」を告げ、
自分の宿泊部屋に戻り、木下に言われた通り、
関所でもらった『十戒の制約』を一応読んでみた。
◆十戒の制約◆
第一戒・・・オラクルマディス神が唯一の神である
第二戒・・・異教のチカラに頼るべからず
第三戒・・・翼のある生き物をあやめるべからず
第四戒・・・他人の命を奪うべからず
第五戒・・・酒を飲むべからず
第六戒・・・姦淫に溺れるべからず
第七戒・・・角がある動物の肉を食べるべからず
第八戒・・・すべての生き物に慈悲の心を
第九戒・・・反邪香を絶やすべからず
第十戒・・・魔の者を許すなかれ
意味が分かるようで、分からないものもある。
すべては理解できないし、とてもじゃないが
オレは10個も覚えていられない。
案の定、オレは10個目を読み終えたかどうか
微妙なところで意識がなくなっていった・・・。
翌朝、木下にドアをノックされて起こされ、
オレたちは、また閑散とした
1階の食堂で、少ない朝食を食べた。
今朝は、小さな豆が入ったスープ。
それだけだった。まぁ、味は悪くない。
しかし、スープは飲み物だ。腹が満たされない。
木下は、『レッサー王国』で着ていた服じゃなく、
『ソール王国』を出発した時と、同じ服装に着替えていた。
また露出が多い服だが、この国ならば
男どもに追いかけられることはないと判断したのだろう。
ふと、木下の左肩が見えたが、
左肩の傷は、すっかりきれいになくなっていた。
傷自体が小さかったのも幸いだったが、
早めに回復用の薬を飲んだのが効いたようだ。
もし、骨まで傷つくほど深い傷なら
治るまでに日数がかかったことだろう。
とにかく、女性の体に残るような
傷じゃなくてよかった。
オレのほうも、昨日のうちに
体中の痛みは、すっかり消えていたし、
戦闘中にひねって痛めた腰も痛みがなくなっている。
完全に回復できたか・・・というと、
すこし怪しい気もする。
歳のせいで、腰が弱っていることは確かだ。
「全然、覚えてないじゃないですか。」
昨夜、宣言されていたとおり、
『十戒の制約』のテストを出されたが
オレは、まともに答えられなかった。
「一夜で覚えろというのは、無理があるぞ。」
オレは木下のやり方に非難してみたが
「では、時間をあげます。
明日には覚えられるんですか?
それとも明後日がいいですか?」
「・・・オレが悪かった。
どんなに時間があっても覚えられそうにない。」
あっさり降参した。
どうにもこうにも、オレには
覚えるという意思が弱かった。
「はぁ・・・。」
木下の溜め息が、閑散とした食堂に
虚しく響いた。
朝食後、オレたちは荷物をまとめて
宿屋『タクハツ』をあとにした。
グゥーゥ・・・
食べたばかりだというのに、腹が鳴った。
「ふふっ!」
木下が他人事のように笑う。
こいつは腹が空かないのか?
そういえば、『レッサー王国』の時も
サラダしか食べていなかった。
・・・栄養が必要そうな体つきだが・・・
「おじ様、な・に・か?」
「いや、何も・・・。」
木下の目が鋭い・・・。
女性は異性の視線に敏感だと聞いたことがある。
うっかり、それを忘れて
木下の胸を見ていたから、すぐにバレた。
ザッザッザッザッザッ・・・
「?」
昨日と変わらず、人通りは少ないが、
なんとなく騒がしい。大勢の足音がする?
「いたか!?」
「いえ、見つかりません!」
「C班は、町の中央を探せ!」
「はっ!!」
大通りに出たところで、
騒がしかった音の原因が分かった。
白い鎧に身を包んだ、この国の騎士たちが
大勢、あっちこっちを歩いている。
昨日までは、こんなに騎士たちを見かけなかったのに。
たまたま近くを通りかかった騎士に
話しかけようとしたが・・・
「なんかあったのか?」
「・・・。」
思いっきり目が合ったのに、
思いっきり無視された。
「なんか、殺気立ってますね。あの人たち。」
「そうだな。・・・感じが悪いな。」
仕方なく、通りを歩いていた
商人らしき男に話しかけてみた。
「あぁ、昨夜遅くに、この辺りで
『バンパイア』を見たって通報があったらしい。
それで、今朝到着した騎士団の大捜索が始まってるんだよ。
あんたらも気を付けなよ!」
「・・・あぁ。」
そういうことか。
あの子供・・・見つかってしまったか。
それとも、別の『バンパイア』か。
オレたちは、騒々しい騎士たちがいる広場を抜けて、
この町の『ヒトカリ』を探す。
「ここでも『バンパイア』って・・・。
この国は、今、『バンパイア』が
増えているんでしょうか?」
木下は、国境の村で出会った子供が
この町に来ていることを知らない。
「さぁな。怪しい者には
近づかないようにするしかないな。」
そう言って、オレは
『ヒトカリ』の支店を探し始めた。
そこそこ大きな町だから、
どこかに看板があるかもしれないと思っていたが、
案外、どこにも看板がない。
仕方なく、オレは
また通りがかりの人に聞いてみた。
聞けば、『ヒトカリ』は、この町の中央らしい。
「東側には停留場もあるから、
ここから東へ向かって歩けば
ちょうど途中で立ち寄れそうですね。」
「そうだな。
報酬だけを受け取ってもいいし、
ここで、また東の方角へ
荷物を届けるような依頼があれば
請け負ってもいいかもな。」
「はい。」
オレたちは、そう言いながら
町の中央へ向かって歩きだした。
カーーーン・・・
カーーーン・・・
たまに聞こえてくる遠くの鐘の音は、
『ソール王国』での『警鐘』の音と似ていて、
オレは、それを聞くのがイヤになってきた。




