命を奪った代償
部屋にベッドがひとつしかないので、
オレは床で寝るつもりだったが、木下が
「今夜は、いっしょに寝るしかないですね。」
と、とんでもないことを言い出す。
もちろん、オレは断固として拒否した。
「部屋が狭い上に、ベッドがひとつしかないから
隙を見せるなという方が難しいが、
それでも、わざわざ身を危険な状況に
晒すことはしないものだ!
今夜は、オレが床で寝る!」
木下は、渋々、一人でベッドで
寝てくれることになったのだが・・・
「おじ様・・・寝る前に、
頭を撫でてくれませんか?」
「なに!?」
こいつの言動は、いつもおかしいが、
今夜は、いつになく、おかしさが増している。
「はぁ・・・、お前なぁ・・・。」
また説教を垂れるつもりだったが、
「おじ様は・・・私の魔法では
敵を殺せないと言いました。
でも・・・敵は死んでしまいました。
私の、魔法で・・・。」
木下が、うつむいたまま、
少し震えているのが分かる。
そうか・・・そうだったな。
「・・・。」
戦いの最中で、気を配ってやることが
できなかったが・・・そうだ。
オレたちは、今日、多くの命を奪ったのだ。
目的を果たすために。
そして、自分と仲間の命を守るために。
・・・オレも初陣の夜はそうだった。
先輩たちと一緒にいる間は
あまり思い出すことがなかったが、
いざ、一人で寝る前になると
敵に囲まれた時の恐怖が蘇ったり、
人を殺してしまった罪悪感に襲われて・・・。
一人で膝を抱えて、眠れない夜を過ごしたものだ。
「き、ユンム・・・。」
気安く触れていいものかどうか迷ったが、
オレは、木下の頭に手を置いた。
木下の震えている振動が
手に伝わってくる。
「お前のおかげで、助かった。
改めて礼を言う。ありがとう。」
ゆっくり頭を撫でてみる。
つやつやした髪の触り心地が良い。
思えば、こんなふうに
人の頭を撫でたことがなかったな。
自分の子供たちの頭すらも
撫でたことがなかったことに気づく。
撫でている手から、木下の震えが伝わってくる。
「でも・・・でも、人が・・・。
私の魔法で・・・多くの人が・・・。」
「だから、オレたちが助かったんだ。
お前の魔法で、誰も死ななかったら、
今日、死んでいたのは
オレたちのほうだったかもしれないんだ。」
「・・・。」
なるべく優しい口調で言っているが、
内容はきついものだろう。
すぐには受け容れられないかもしれない。
それほど、木下が優しいのだ。
「もう寝るといい。
オレも、今夜は
ぐっすり眠ってしまいたいんだ。
ふわぁぁぁ・・・。」
思わず欠伸が出る。
木下が落ち込んでいる時に
不真面目かもしれないが、もう眠気に抗えない。
腹が満たされ、酒も飲んだから余計に眠い。
それに・・・他人の頭を撫でているだけなのに、
こちらの気持ちまで落ち着く。
こんなふうに、子供たちの頭も
撫でてやればよかったなぁ・・・。
オレが欠伸をしたせいか、
頭を撫で続けたせいか、
木下の表情がすこし和らいできた。
「今夜は、私が床で寝ましょうか?」
木下が、気を使ってくれている。
自分がそういう精神状態じゃないくせに。
「そういうわけにはいかない。
床には、オレが寝る。
その代わり、お前の衣類の袋を貸してくれないか?
敷き布団の代わりにしたい。」
「えぇ、いいですよ。
あ、今、寝間着に着替えてしまいますね。」
そう言って、木下が着ている服に手をかけ始めた。
「ここで着替えるな!」
慌てて止めたが、
「じゃぁ、どこで着替えれば?」
そうだった。部屋は、ここしかない。
洗面所という別室があるわけじゃない
狭い部屋だ。
「オ、オレが出ていくから
ここで着替えろ!」
部屋から出て、ドアの前で待機する。
ちょうどそこへ、店主が通りかかって
「あれ? もしかして、
相部屋はまずかったか?」
そう言われた。
ここで「相部屋はまずい」と答えたら、
もう一部屋、用意してくれるのだろうか。
いや、一部屋しか空いていないはずだ。
二人とも部屋を追い出されるかもしれないな。
「いや、俺たちは親戚ではあるが、
女性には、いろいろあるからな。」
「あぁ、たしかに!」
何がいろいろなのかと尋ねられたら
きっと答えられなかったところだが、
案外、店主はそれだけで納得してくれたようだ。
だいたい、親戚であっても、
ベッドがひとつしかない部屋へ
オレたちを案内するのは、どうなんだ?と
ふと、苦情を言いそうになるが、
こんな小さな民宿に、それを言っても
追い出されるだけだろうな。
「それにしても、うまい晩飯だった。ご馳走様。」
話を反らすためでもあるが、
本当に美味しかったので、感謝を伝えた。
「そう言ってもらえると、
作り甲斐があるってもんだ。
明日の朝も楽しみにしてくれ。」
店主が嬉しそうに言う。
「あぁ、楽しみにしてる。」
店主に、あらぬ疑いをかけられなかったので
ホッと、一安心した。
店主は、そのまま階下へと降りて行った。
同じ年代っぽいオヤジ・・・民宿の店主か。
料理が得意だったり、おもてなしの気持ちがあれば
そういう人生もあったのかもしれないな、オレにも。
まぁ、握り飯しかできないオレには
歩めない人生だな。
「お待たせしました、おじ様。」
そうこうしているうちに
木下の着替えが終わり、
寝間着に着替えた木下に呼ばれた。
俺は、自分の衣類が入った袋と、
木下の衣類が入った袋を床に置き、
それをクッション代わりにして寝ることにした。
袋を敷いても床の固さを感じるが、
疲れ切った体には、あまり支障無く
ぐっすり眠れそうだ。
まだ寝るには早い時間ではあるが、
木下の方も、体力的にも精神的にも
疲れが見えていたし、
オレも、もう眠気が限界だった。
「おやすみなさい、おじ様・・・。」
「あぁ、おやすみ・・・。」
こうして、オレたちの
長い一日が終わった・・・。




