鎧を脱いで一休み
『レッサー王国』の東に位置する
小さな村『ブルカーン』は、
『ボルカノ』や『フォッサ』と同じくらい
小さな村だった。
その小さな村『ブルカーン』に到着したのは、
すでに陽が沈みかけている時間帯だった。
薄暗くなった村の中で、馬車が停まった。
オレたちは荷物を下ろす。
「この村には民宿があるっす。
この村唯一の宿屋なんで、
今夜は、そこでゆっくり眠るといいっす。」
レーグルがそう教えてくれる。
「レーグルは、ここで泊っていかないのか?」
こんな遅い時間だし、
今から王都まで帰るとなれば
かなり時間がかかる。
「いや~、今回の件で、
ずっと王都を離れてたせいもあって
処理する仕事が
めちゃくちゃ積もってるんすよね~。
それに・・・こんなところじゃなく、
早く王城の自分のベッドで寝たいっすから。」
最後に本音が漏れているな。
どうやら『窃盗団』を探している間、
その民宿を何度か利用して、懲りているらしい。
「では、お世話になったっす!
ユンムさん、佐藤さん、
お二人のご武運を祈ってるっす!」
なんとも、レーグルらしい、
軽い別れの挨拶だ。
まるで、明日もまた会えるような。
でも・・・こいつは、王子だから、
もうこんな軽々しく会えるやつではない。
これで最後になるだろう。
「こちらこそ、世話になったな。
クラテル殿にもよろしく伝えておいてくれ。」
オレが右手を差し出す。
「本当に、助かりました。レーグルさん。」
オレに続いて、木下がお礼を言うと、
木下が手を差し出していないうちに、
レーグルが木下の右手を取って握手し始めた。
「本当なら、ずっとユンムさんに
ついていきたいところっすけど、
俺にもやることが色々あるんで仕方なく、ここでお別れっす!
いつでも、ユンムさんの帰りをここで待ってるっすから!」
握手・・・というより、
木下の手を撫でまわしている。
木下の作り笑顔が、引きつっている。
・・・というか、オレとの握手は?
オレは渋々、手を引っ込めた。
木下は強引に手を引っ込めていた。
「ではでは! さらばっす!」
レーグルがニコニコしながら、
騎士団の馬車に乗った。
御者である騎士が、オレたちに一礼をして
パッカパッカパッカ・・・ガタガタガタ・・・
レーグルを乗せた馬車は
来た道を戻って行った。
「最後まで、あいつらしかったな。」
「・・・そうですね。」
木下は、また
下等生物を見下すような表情で
馬車を見送っていた。
村には、『民宿・ベビロ』という
唯一の宿屋があった。
ちょっと広いというだけで、
ほとんど民家である。
そこの店主は、元気なオヤジだった。
年齢は、オレと同じくらいか?
「おう、よく来たな!
自分ちと思って、くつろいでくれ!」
古い木造の2階建ての民宿。
店主に案内された部屋は、2階の客室。
案の定、一部屋だった。
オレたちの関係については、
なにも聞いてこなかったが
親子にでも見えたのか?
しかし、これだけ小さな民宿ならば
相部屋も、やむを得ないか。
部屋も、かなり狭く、ベッドが一つしかない。
やれやれ、今夜も床で寝ることになるのか・・・。
「店主、オレたちは
腹ペコなのだが、夕飯はどこで食べられる?」
朝飯以来、何も食べてなかった
オレの腹はグーグー鳴りっぱなしだ。
「あぁ、うちで用意するぜ。
出来たら呼んでやるから
部屋で待ってな!」
この民宿に入った途端に、
美味しそうな匂いがしていたから
少し期待していたのだが、
ここで食べられるらしい。
今から飲食店を探さなくていいのは助かる。
「でしたら、私は、
先にシャワーを浴びたいのですが。」
木下が、そう言ったが
「シャワーなんて高級なもんは
ここにはねぇよ。
風呂ならあるから、風呂に入ってくれ。」
「分かりました。」
シャワーというものは、
『からくり』という設備があってこそ
成り立つものだが、かなり高値だ。
王都の宿屋ぐらいなら設置されていたが、
小さな村の民宿では、
設置されていないものだろう。
今では、世界中にある『からくり』だが、
その昔は、ある王国にしかない文明だったらしい。
たしか学校で習ったな。
なんて名前の国だったか・・・。
木下が風呂に入っている間に
オレは、部屋でくつろげる格好になった。
鎧を脱いで、ようやく体がラクになった。
鎧には、ところどころ砂がこびりついていた。
敵の返り血に砂がついて固まったのだ。
布袋から布切れを出して、丁寧に拭いていく。
腕を守る手甲の部分に、傷が付いていて
そこからヒビ割れをおこしている。
『窃盗団』のリーダー・トライゾンの剣を
受けた箇所だ。
変幻自在の剣・・・
あれは、本当にやっかいだったなぁ。
今まで見たことがない上に、
予測もつかない動き・・・見事な剣技だった。
振った剣の軌道を変える・・・。
剣の重み、加速力を途中でコントロールするには
全身のチカラを使うことになる。
きっと、その練習風景は、
他人から見たら、滑稽な練習に見えることだろう。
王都の宿屋のモアナが言っていた。
「合同訓練にも参加しないヤツ」だったと。
きっと練習している姿を見られないようにしていたのだ。
だから、急に強くなった印象が残ったのだろう。
誰も、急に強くなれるわけがない。
『なんちゃって騎士』であるオレですら
それなりに訓練をこなしてきたのだ。
隠れて努力したことが結果に繋がらない・・・。
いや、トライゾンの場合は、
最強の騎士を倒したことで、努力が実を結んだのだが、
王様が、それを認めなかったのだ。
その怒りは、相当なものだったろう。
謀反を起こしてしまった原因としては十分かもしれない。
レーグルが言うには、トライゾンは
母親を始め、『ボルカノ』の村人たちの
嘆願により、極刑を免れるようだ。
ただし、それ相応の刑罰を与えられることになるらしい。
「母親に助けられた命を
大事にしてくれるといいのだがな・・・。」
オレは、そう独り言をつぶやいてから、
荷物から地図を出し、広げてみた。
「あー、この国だ。『ザハブアイゼン』。
ここから、かなり遠い北東の方角だな。」
『からくり』技術の発祥地『ザハブアイゼン王国』。
その国には、まだまだ世界に広まっていない
珍しいアイテムや設備があるらしい。
まだまだ遥か先だし、
どういうルートを辿るか分からないが、
いつか、通ることになるかもしれない。
ちょっと楽しみだ。
ついでに、明日からのルートも
地図で確認しておく。
「ここから国境の村が近いな。
明日には、この国を出て・・・
隣国の・・・『レスカテ』に入れるかな。
いや、待てよ・・・。」
地図を見て気づいたが、
『レッサー王国』の東に隣接する国は
二つあった。
北東に隣接する『イネルティア王国』。
南東に隣接する『レスカテ』。
『イネルティア王国』は、
『ソール王国』と同じくらい小さな国だが、
騎士団が強いというウワサだ。
一年間に何度も模擬戦を実施するほど
騎士たちは常に鍛錬を欠かさないと聞く。
一方の『レスカテ』は、王国ではない。
何やら宗教だけで成り立っている国らしい。
忠誠心ではなく、信仰心で人を束ねているわけだ。
行ったことはないが、
そこからアイテムを運んでいる
商人を見たことがある。
すこし独特な衣装だった気がする。
「どっちに進むべきか・・・。
ふ、む・・・。」
・・・。




