2枚の選択肢
数時間後、青い月が遠くの山へ落ちかけている。
もう数時間したら夜明けだ。
「・・・。」
オレは志村を送り届けて帰宅した。
女房が寝ているだろうから、そっと静かに家へ入った。
シーンと静まり返っている家の中。
自分の部屋へ戻ろうとしていたが、
「?」
静かだ。やけに静か過ぎる。人の気配がしない。
オレは自分の部屋へ戻らず、食卓のほうへ向かってみた。
「!!」
悪い予感がしたのだが、食卓の上に紙が置いてある。
恐る恐る食卓に近づいたら、それが手紙だと分かった。
その他にも、書類らしき紙が2枚添えてある。
誰が書いたか、何が書いてあるのか、だいたい察しが付くが
オレは手紙を開いて読んだ。
「実家へ帰らせてもらいます。」
女房の怒り任せに書いた文字で、それは綴られていた。
女房の実家は、ここから遠くない場所にある。あのケンカのあと、
簡単に荷物をまとめて帰ったのだろう。そして、手紙はそれで終わっていなかった。
「『特命』の件、あなたがどんな返事をするのか分かりませんが、
その返答次第で、ワタシの身の振り方が変わります。
もし、『特命』を受けるのであれば、この『生命保険』にハンコを。
もし、『特命』を断るのであれば、この『離婚届』にハンコを押して置いてください。」
そう、手紙といっしょに置かれていた書類は『生命保険』と『離婚届』だった。
オレの予想は『離婚届』だけだったが・・・オレの知らないうちに、
女房は賢くなっていた。いや、元々、賢かったのだろう。
長年付き添ってきたのに
女房のこともよく分かっていない自分が、なんとも滑稽だった。
そして、今ごろになって、よく分かった。女房にとって、オレは用済みなのだと。
怒りがフツフツと湧き上がりそうだったが、夜通し歩いて疲れていたせいか、
「はぁぁ・・・。」
その感情は、長く大きな溜め息とともに消えていった。
今日は・・・なんてヒドイ日なんだ。
「選択肢を増やしやがって・・・。」
オレはボソっと独り言をつぶやいて、
手紙を食卓へ放って、自分の部屋へ向かった。
もう、何も考えられない。
あと数時間で王宮へ向かわねばならない。
オレは、ベッドに倒れこむようにして眠った。




