浅い川、深い歴。
陽が空を支配し地に威光を振り撒く。
それに屈するかのように目を開けた。
一瞬、全身を逆撫でするような焦燥感に襲われるも、状況を思い出し安堵を得る。
ましろは――まだ寝ているのか。
しかも何故かヒトの姿と化している。どういう寝相の悪さだよ。
腕の中で気持ち良さそうに丸くなっているましろの頬が目に入る。
それと同時に湧き上がる抗いようもない悪戯心。
それに身を委ねるかのようにそっと手をのばし……
……この感触は……城が傾くな。
もうしばらくこのまま惚けていたい気持ちを抑え、我が愛犬を揺り起こす。
「おい、ましろ、起きろ。朝だぞ」
「ふぁ〜ぁああ、ご主人……? おはようございます」
ヨダレ垂れてるぞ。
「おはよう。その間抜けなあくびは人の姿でも相変わらずだな」
「だって気持ちいいじゃないですか〜」
ひと呼吸置いて口を開く。
「……なあ、ましろ。俺達が出会った日の事、覚えてるか」
少しだけ考える素振りを見せ、悪い笑みを浮かべるましろ。
「ましろ、小さかったのであんまり覚えていませんが……かなり、こわい思いをしたような……」
「はは、そうか。それは申し訳ない事をしたな」
「冗談ですよ、半分くらいは」
先より長く沈黙を挟む。
「なあ、俺は何故あの時……お前を抱き上げたんだと思う?」
「ましろに聞かれても困るんですが……それ、ずっとこっちが聞きたかったことなんですけど。ましろがかわいすぎて一目惚れでもしたんじゃないですか? ご主人」
フフン、とドヤ顔で余計な一言を発するましろに手刀をお見舞いする。
「あいたっ! ひどいです……ご主人」
「バカなこと言ってないで川に行くぞ」
「否定はしないんですね」
「……」
温かい朝の日差しを浴びながら、川へと歩みを進める。
昨日の革は――よしよし、無事だな。
「今日はこいつで小道具を作る。お前の力も必要だ、頼りにしてるぞ」
「はい、任せてください!」
周囲を散策しながら材料を集め、作業を進める。
これと言った障害も無く、作業は佳境を向かえた。
「二人分の腰当て、胸当て、物入れ。ひとまずはこんなもんで十分だろう」
ここら一帯に生息している植物の繊維が加工に向いていたお陰か、思ったよりも良い出来に仕上がったな。
「ましろの分は無くても良かったのですが」
「そういうワケにはいかん」
「うーん、ご主人とお揃いなのでおとなしく着ておきます」
「具合はどうだ? 窮屈じゃないか? 今ならまだ調整が効くが」
「大きさはピッタリですけどちょっとむずむずしますね」
「なら良かった。今のうちに慣らしとけ、その姿で居るつもりなら尚更な」
全裸の美少女を引き連れ回す男。
絵面がマズいどころの話ではない。
「それにしてもずいぶん器用になりましたね、ご主人」
「ああ、嫌でもな。まさかこんな所で役に立つとは思わなんだが」
「昔はしょっちゅう手に傷作っては泣き言漏らしてましたもんね」
「だからお前は一言多い」
明確な意思疎通が図れるようになった今、俺に対してこいつがどのような思いを抱いていたのかが次々と顕になっていく。
はぁ、と思わず溜め息が漏れる。
「とりあえず今日は川沿いに移動するぞ。もしかしたらここらへんに住んでいる人間に出会えるかもしれない」
この世界の住人ってどんなんだろう。そもそも存在するのかすらも分からないけど。
「りょうかいです、ご主人」
――川を下ること四半刻。
「ましろ」
「(はい)」
あれは、ヒトの形を取ってはいるが――人間では無いな。
背中と耳から生えるヒレのようなものが、明らかに人間のそれではない事を主張している。
だが、道中出くわした意思疎通の図れない獣とは違い、明らかに理性を持って行動しているのが遠目からでも視認出来る。
「どうする、遠回りでもするか?」
「(ましろは反対です)」
「お前ならそう言うと思った、行くぞ」