再開、再開。
意識の素子は泡沫のように虚ろい消えゆく。
再び繋がる筈の無いそれが輪廻の理を外れ、やがては一本の鎖となる。
忘却の彼方のそのまた彼方。
手を翳すだけで熱い、そして寒い。
だが、愛おしい。大切な何かが、そこに――
「ご主人、ましろと合体して下さい!」
「はいぃ? なんだって?」
「ましろと合体して下さい」
「断固拒否するッッ!」
「ご主人とましろが合体すれば無敵になれるんです!」
「すまん、俺にはお前の言ってる事の意味がサッパリ理解できんのだが!」
「ですから、ここをこう……」
「だあああああああ何やってんだバカ、今すぐ止めろ!」
「さあご主人、早く合体しましょう」
「おいバカこっちくんな! あ、ああぁ……誰か助け――」
大切な……? 否、これはただの悪い夢だ。
生憎、美少女にご主人などと呼ばせるような趣味は持ち合わせてはいない。
いくら死んだからとはいえ、とんでもない夢を見せられたもんだな。
いや、死んだら夢は見れんだろ。
ん? ってことは俺、まだ死んで無い?
膨大な時間を彷徨っていたかのような刹那の出来事、そんな矛盾に体内時計が狂う。
朧げな意識。
瞳を刺す蒼。
網膜を焼く白。
身体を包む緑。
鮮明と化す意識。
全体的に身体が重い、右腕が特に重い。
でも、柔らかくて暖かい。
……柔らかくて温かい、とは?
差し油が切れたかのように鈍く響く首を捻ると……よし。ただの全裸の女の子だ。
今さっき見たような気がしなくもない謎の美少女が無防備晒して呑気に寝てるだけだ。何も問題は無かった。
いい顔して寝てんなあ、無性に愛おしく感じる――って、俺は変態か。
「んぅ……」
可愛らしい産声が静寂を断つ。
……あれ? この状況マズくね?
真っ昼間の平原で半裸の男に添い寝された全裸の美少女。
その美少女が今まさにこの瞬間、むくりと起き上がり――ここは一つ腹でも切って赦しを乞おうか。
「ここは……?」
と、目をこすりながら呟く美少女と目が合い、周囲の時が凍り付く。
否、ただ見惚れてしまってるだけ、なのかもしれない。
――なんて、美しいのだろう。
純白に透き通るその髪の前には、爽やかな日差しですらただの引き立て役に終わり、その美しさをより一層照り付けるばかり。
青く澄み渡るそのくっきりとした丸い瞳は、一度覗けば一生魅入られてしまうだけの危険すら孕む。
この世に存在する如何様な宝石の類でさえ、その瞳の前では価値を持たぬ石ころの様に振る舞う他無い。
つん、と上を向き自慢げに咲く小さな鼻。
瑞々しく震える桃色の唇。
それらが持つ溢れんばかりの魅力を前に、目を惹かれない雄はこの世界の何処を探そうとも有りはしない。
曲線美を描く肢体。慎まやかだが形の整った二対の――
……これに関しては、なるべく視界内に収めないように努力しよう。
そんな要らない事を考えつつも腹を切らずに済む道を必死に模索する。が、先に口を開いたのは白い美少女。
「ご、ご主人!?」
え? なんだって?
「……ん?」
予想打にもしてなかった一声。吹き飛ぶ思考に零れる疑問符。
「ご、ご主人……ですよね? ここはどこですか? 何故私はご主人の言葉を? そして、何故ご主人と同じヒトの姿に? なにより私達は死んだハズでは!?」
早口すぎて何を言ってるのか半分頭に入って来なかった。
「あ、ああ。それはこっちが聞きたいくらいなんだが……その前に、君は?」
こんな可愛いのはウチの子以外に知らん。……ってことはつまり、もしや?
「えっ……? ましろは、ましろはましろですよ? ご主人? まさか、忘れて?」
ここまで言ったが直後、今すぐにでも泣き出してしまいそうな顔を俺に向けてくる美少女。いや、ましろ?
気のせいか殺気も微かに混ざっているような……早くこの状況を受け入れないと命が危ない。
「いや! 今思い出した! ちょっとしたボケだ、許してくれ」
だからその物騒な殺気を抑えてくれ。
「ほんとですか……? よかった、です」
ふう。ほんとよかった、命があって。
泣き出すのを抑えたましろを見て、二つの意味で安堵すると共に歩みを進める思考。
「ところで、この状況は全くもって一体どういう?」
「ましろとご主人が生み出した夢の世界とかですよ、きっと」
そんなバカな話があってたまるか。……でも、もし、それが本当なんだとしたら。
「贅沢言うならもうちょいマシな夢が見たかったな」
「ましろとしてはご主人と一緒の夢を見られてるってだけで満足です」
それもそうだ。こんなデタラメにいくら思考を巡らせようが空費、黙って受け入れるが賢明だろう。
「とりあえずカミサマにでも感謝しておくか」
「ましろ達なんてとっくに神様なんかには見捨てられてると思ってました」
「偶像崇拝に走った奴らを笑えんな」
先程の陰りが嘘だったかのように晴れやかなましろ。尻尾が後ろで元気よくブンブン振れている。
「そんで、これから俺達はどうしたらいいんだ? このまま飢えて死ねと?」
助けるのは勝手だがもうちょい気を使ってくれ、クソッタレなカミサマよ。
「それは絶対嫌です……まずは食べる物ですね」
「とはいえ、この辺りには動物が居そうな気配すら無いぞ」
ああ、肌を守る物が恋しい。
風邪を引く恐れがある上、怪我にも繋がる。――あと、非常に目に毒。
途中で力尽きて死んだら末代まで恨むからな。
末代は多分俺だけど。
「ましろに任せてください、いい考えがあります」
ロクなモンじゃ無さそう。
「一体何をするつもり――」
えぇ、なんかましろがモワモワしだしたんだが?
やっぱり俺は夢でも見てるんだろうか?
「(どうですか? ご主人)」
止まぬほど愛したその姿が顕現する。
どうですか、と言われても。
「お前の正体は――ましろだったのか!?」
「(ご主人? ふざけてます?)」
マジなトーンで威圧掛けないで。
その声? 脳に直接響いて来るから余計に怖い。
「(はい、乗ってください)」
「はい、ありがとう。って乗らねえよ!?」
「(なんでですか、ましろの背中にご不満でも?)」
「自分の飼い犬に跨るバカが居てたまるか」
「(乗らずにまた共倒れか、乗ってごはんを探すかです)」
うーん。他に選択肢は無い、か。
「ほんとに重くないんだな?」
「(心配性なんです、ご主人は。ご主人をずっと追い続けたましろを信じてください)」
「お前がそこまで言うんならお願いするか。獲物の匂いは辿れるか?」
スンスンと鼻を鳴らすましろ。
こいつの嗅覚は何よりも信用できる。
「(捉えました、こっちですね)」
「でかした、任せる」
そう言ったが早いかましろはとんでもない速度で――いや、マジで速すぎるぞ!死ぬ!
「ちょっま、速す――」
「(ご主人なにか仰いました?)」
俺の意志は風圧に消された。決して聞こえなかったフリをされた訳ではない。
抗議するのは諦め、しばらく柔らかい背に身を委ねていると。
「おっ、ありゃ鶏の群れか?」
いや、よく見ると鶏とは別の生き物っぽいな。
ありがとう神様、飢え死にせずに済みました。
「んじゃあれ頼んっ――!?」
死ぬ! 首がガクってなったガクって。
危うく俺もこいつらと同じ運命を辿るハメになるところだった。
「(いかがですか〜この爪捌き)」
本当に怖いな。
「本当に凄いな、体調が万全ってだけでよくもまあここまで」
「(ましろはもうご主人無しでも生きていけます)」
生き返ったら飼い犬に捨てられた件。
「今まで世話になったな」
「(勝手に捨てないでくださいご主人)」
「冗談はこれくらいにしといて、あそこに見える森で火でも焚くか」
生食には文字通り苦い思い出しかない。
「(ましろも焼いたお肉の方が好きです)」
既に獲物は完璧に処理が成されている。一家に一台ましろ。この世に一台しか無いけど。
「(ところでご主人。ましろのあの姿、どう思います?)」
可愛い。
「どうって、何がだ?」
「(……やっぱりなんでもないです)」
「すごく可愛い」
「(――!? ご、ご主人いじわるです!)」