優しき触れ合い、当たり前の幸福。
カランカランと音を立てるドア。
「こんばんは、いらっしゃい」
初老の男がカウンターで俺達を出迎える。
「こんばんは。二人分、一部屋で」
「一泊かい?」
「はい、お願いします」
「銀貨六枚だよ」
「はい、どうぞ」
「確かに。これ、鍵ね」
「ありがとうございます」
口頭での意思疎通も大分板についてきた気がする。流暢に喋れるようになる日も近いだろうか。
――イチ、サン、サン。
「ここで間違いないな」
ガチャリと音を立てて開く扉。
独特なにおいが鼻を付く。どことなく安心するような、懐かしいような、そんなにおい。
「結構広いですね! 寝るところもふかふかです」
「湯浴み部屋もあるな。先に飯食うか、体洗うか、お前はどっちがいい?」
どうせ飯だろ?
「ましろは先に水浴びをしたいです」
「珍しいな、十中八九飯にするかと思ってたんだが。一応聞いてみて正解だったな」
「泥や汗だらけのままだとご飯が美味しく食べられなさそうなので」
「いい心がけだな、洗ってやるからこっちこい」
「はい、お願いします!」
で、服を脱ぐとこまではよかったんだが。
「その姿のままか?」
前は犬の姿だっただろ。
「ダメですか?」
ダメです。とはハッキリ言えない。
「あーいや、まあ、元の姿のほうが洗い慣れてるしな」
自然に触れたり見るだけならまだしも直接ベタベタ触るのは流石に抵抗がある。
その意を汲み取られまいと必死に真顔を貫く。
「ご主人?」
目が怖いよ。
「な、なんだ?」
「背中が痒いのでお願いします」
ずるずると這い寄るましろ。
「あ、いや、だから」
気迫に圧倒され後ずさる俺。
「はい、ご主人。お願いします」
有無も言わせぬまま背中をクルリ。
――ふう。
「……ここが痒いのか?」
「その調子ですご主人」
案外押しに弱いのかもしれない、俺。
「ふ~気持ちよかったです。ありがとうございます、ご主人」
「俺は一気に疲れが増したんだが……」
「見てくださいご主人、なんかあったかい風が吹いてますよ」
手をかざすと確かに温かい風を感じる。
一体どういう仕組みなんだろうか。
「服はここに一晩置いておけば乾きそうだな」
「気持ちいいですね~、これ〜」
ましろのおもちゃと化してるが。
「ほら、遊んでないで飯食うぞ、飯」
ハッ、とするましろ。
「ましろとした事が、ご飯の事を一時でも忘れるだなんて……恐ろしい箱です」
恐ろしいのはお前だよ。
「さ、準備を手伝ってくれ」
甘い香りがする柔らかい果物、硬くて無臭の果物。
野菜の肉詰め、串焼肉、具沢山のパン等々。
見たこともない色とりどりの食べ物に食卓が彩られる。
そう、それはまるで光り輝いてすら見え、ん?
「なんか……これ、光ってないか?」
「本当ですね……食べられるんでしょうか、これ」
俺達が見つめるのは肉や野菜、果物が混ぜ込まれ煮込まれた料理。
その具の中の一つ、果実の切り身と思われる欠片が微かに光を放っている。
「他の客は何の疑問も抱かず買ってたしな、多分大丈夫だとは思うが」
「少なくとも危険な香りはしません」
「なら大丈夫か。気を取り直して頂くとしよう」
「ご主人ご主人! 美味しいですよ、これ!」
もう食ってるし。
俺も発光果実入りの料理へと手を付ける。
水分が多量に含まれていてそれ自体に味はあまりない。
しかし周りの食材の旨味を一身に吸い、深い味わいを獲得している。
「光るって事を除いたらただの美味しい果実だな」
「こっちも美味しいですよ。はい、ましろが食べさせて上げます」
「ありがとう、――おいしい」
楽しい食事は佳境を向かえる。
大量にあった料理は一瞬でましろの腹の中へすっぽりと収まった。
「こんなに美味しいものでおなかをいっぱいにしたのは初めてです」
「これから毎日この食事にあり付けるかは俺達次第だがな」
「その為ならいくらでも頑張れそうです」
「はは、その意気だ」
ふわぁ……と、ましろが小さなあくびを一つ。
「飯も済ませたことだ、軽く明日の準備をしたら今日はもう寝るぞ」
「ましろはもう無理です~おやすみなさい」
――ご主人を置いて先に寝やがったぞ、この駄犬。
そんな思いも幸せそうなこの寝顔を見てると優しく溶かされていってしまうのだが。
手早く片付けと明日への準備を整え、ましろの隣に、よいしょ、っと。
「ご主人ちょろい」
――。
「ひっ、――あははっ、やめっ、ご主人、無言でくすぐるのは止めてくださいっ」
「喋ればいいのか?」
「そ、そういう問題じゃ、あ、ほんとやめ、――ひぅっ!?」




