巨万の富、自分色。
店の前に立つと気後れしそうな程の高級感が身を圧迫する。
一呼吸置いてから意を決し歩みを進め、店内へと入る。
腰を低くさせながら小走りで近寄る店員が一人。
「お客様、失礼ですがお持ち合わせのほうは……」
これが外面を気にする原因の一つである。
この場は取り合えず五枚の例の硬貨を見せとけば問題は無いだろう。
「どうぞ」
「……!! 誠に失礼いたしました。どうぞこちらに」
ひとしきり硬貨と俺の顔を交互に見た後、店の奥へと俺達を案内する男。
「お気に召した物がありましたら遠慮なくお申し付けくださいませ」
「ありがとう」
服屋と呼ぶには足りないほどの芸術性で溢れている店内。
それはまるで幼き日に両親と美術館に行った時の事を彷彿とさせるような。
「俺はましろの服を選ぶ。俺のは任せた」
「(そんな事急に言われても困っちゃいます。ご主人の服ですか……)」
こいつの服の感性はいかほどか。
さて、どれにするかな。大抵の色、種類の服がより取り見取りだ。
服だけでなく靴や鞄、宝石類等も一通り揃えられている。
あいつに似合う色――安直に行けば白だが、ここはやはり。
「ましろ、こっちは決まったぞ」
「(ましろも今決まったところです)」
俺が選んだのは黒を基調にした清楚な感じのロングスカート。
それと協調するふわっとしたレースが施されたトップス。
差し色には白とオレンジ、ピンクのフリル、そして花を象る模様。
ぱっと見ドレスとも思えてしまうほど精巧な装飾が施されている。
それでいて全体的にバランスが保たれており、取っ散らかっているような印象を与える余地はない。
ましろが選んだのは白を基調としたジャケット付きの上下。
アンダーには黒一色にワンアクセントの藍色。
余計な装飾は取り払われ、紳士さとワイルドさが共存したような感じのデザイン。
案外まともなチョイスで逆に拍子抜けである。
「いいじゃないか、気に入ったよ。俺はこれにしよう」
「(ましろもご主人が選んでくれた物に不満はありません)」
「なんでもよかったみたいな言い方は止めてくれよ。俺なりに一生懸命考えたんだから」
「(そういうつもりで言ったわけではないですって! ご主人は心配性なんです)」
「冗談だ、意地悪い返答してすまん」
「(ご主人がましろの事を大切に思ってくれているのは十分伝わっています。が、時々重すぎます)」
「ははっ、それはお前が言えた事じゃないだろ」
「(ふふっ、そうですね)」
その後ちょうどいいサイズの靴を四セット手に取り、店員を呼ぶ。
「ありがとうございます。占めてプラチナ二、金三、銀七、銅三のお買い上げになります」
仮に多少ぼったくられたとしても金銭価値を把握するまでは必要経費だと思おう。
そうは言ってもこのような店は信用第一、下手な真似は打ってこないはずだ。
勘定を終え、一つ提案。
「ましろ、折角だからここで着替えて行こうか。ほら、あそこ」
「(分かりました、ちょっと待っててください)」
更衣室へと向かう俺達。
服とともにそこへ消えていくましろを見て店員が訝しげな表情を浮かべている。
俺は手早く着替えを済ませ、ましろを待つ。
……遅いな。
そして中からは謎のドタバタ音。
「ましろ、大丈夫か?」
「ご主人、これ難しいですー! 手伝ってください〜」
そこに居るはずのない人の声に店員の男がギョッとする。
「分かった、ひとまずそこでじっとしてろ」
こうなることはなんとなく予想していた。早く出ておいて正解だったな。
「あーあ、こりゃ思ったよりひどいな」
あられもない姿でへたりと座り込むましろ。
「ご主人~! 助けてくださいー」
軽く涙目になりながらもこちらに訴えかけるましろ。
「はいはい、お嬢様」
手早くほどき着付けを仕上げる。
やはり手先が器用な事に越したことは無いな。
「どうだ? 苦しくないか?」
「は、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
「お、お嬢様……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないです」
「そうか? んじゃこっち向いて見せてみろ」
「ど、どうですか? 変じゃないですか?」
「いや、可愛いよ。白もいいがお前にはやはり黒のほうが似合うな」
「ご主人もよくお似合いですよ」
「お前が選んでくれた服だからな、間違いはないさ」
――。
「っと、いつまでもこんな狭い中に詰まる必要もないな」
一人しか入っていない筈の更衣室から二人の人影が出でるのを目撃した店員が目を丸くしている。が、それを詮索されるような事は無かった。
「あ、ありがとうございました。今後とも御贔屓に」
軽く礼をし、店を出る。
「なんか歩きづらいんですけど……」
露骨に不満げである。
「そのうち慣れるさ、ほら」
「ありがとうございます」
そして露骨に機嫌が良くなる。
「さて、随分寄り道してしまったがこのまま散策を続けるぞ」
あんまり高い服だと悪い意味ではないが目立ってしまうのではないかと危惧していたが、よく見れば似たような風貌の者を低くない頻度で目にする。
だがその事を考慮して尚、ましろは一際人目を引いていた。
「ずいぶんと人気者だな、お前」
「前は、……視線が集まると怖かった、筈なんですが」
「その様子だとまんざらでも無さそうだな」
「はい、不思議です。ご主人に頂いたこの服のおかげでしょうか」
「お前が可愛いからだよ」
目で見てすぐ分かるぐらい露骨に動揺するましろ。
ほんとからかい甲斐のあるやつだな。
「ご主人、そのようなことばかり仰ってると言葉の重みが無くなりますよ」
とは言いつつもやはりその顔はどこか嬉しそうで。その言葉が照れ隠しのようにさえ思えてしまう。
「じゃあもう言わない」
「それはダメです」
こいつに集まる目。それは蔑み、侮り、あるいは見下し。
あの時はそれから必死にましろを守ろうとしたっけな。
だが今はどうだ、こうして堂々と白日の下に晒す事さえできる。
こいつには楽しいことを沢山知ってもらいたい。
俺が幼少期に見た世界、その時のような。
そしてその直ぐ隣には常に俺がいる。
それでこいつが幸せになってくれるのなら。
そして俺が幸せになれるのなら。
「ご主人? またぼーっとしてますよ」
「ああすまない。っと、目的地らしきものが見えたな」




