安栄なる街、巨万の富。
「起きろ〜、街が見えたぞ」
目覚めの悪いましろの頬をぐにぐにと弄ぶ。
「(まだねむい、です)」
う〜、と唸りながら二度寝を決め込むましろ。
目の前に広がる街。一番小さいとはいえ随分発展しており、かなりの規模を誇っている。
あの集落とはまた違った平和な雰囲気が漂う。
そこそこ背の高い城塞が聳え立ちその前に連なる人の尾。
検問所でもあるのだろう、あれに並ぶのは憂鬱だな。
――しかし俺達がその列に並ぶことは無かった。
傭兵と思われる人々の顔色が露骨に変化し俺達が乗る荷車を手厚く出迎える。
入念に乗員と荷物に確認が通された後、門が開かれる。
「呆気ないほどすんなり入れたな」
「ましろとしてはもうひと眠りしたい気持ちもあったんですが」
「ほら〜ワガママ言ってないで起きろ〜」
「ごひゅじん〜!ひゃめてくらさいぃ〜!」
道は丁寧に舗装され趣のある装飾が施されている。
そして植物や並木がそれらの引き立て役を買って出ていた。
ここは住宅街だな。
少し遠くの方では喧騒が今も鳴りあがっている。
そこに商店街、そして宿泊施設、酒場等が集まっているのだろう。
荷車は一際目立つ一軒の豪邸の前で止まる。男が俺達に降りるよう目配せをした。
「目は覚めたか? 降りるぞ」
「うぅ、ご主人酷いです」
延びた頬をさするましろ。
煌びやかに、それでいて上品さを失わせない絶妙なバランスで意匠が施されている館内に圧倒され、思わず息をのむ。
自分で思うのもなんだが、こんな場所に素性の知れない俺達をいきなり入れるのはマズいんじゃないか?
「これは想定していた以上に重大な事柄に関わっちまったようだな」
一体何部屋あるのだろう。
枝分かれしている廊下を一筆でなぞっているだけでもおびただしいほどの数の扉を見送った。
ついに長い廊下の突き当りに到達する俺達。
そこには今まで見送ってきた扉のいずれよりも大きい観音扉が俺達を待ち構えていた。
いきなり重要人物にぶつけられるらしい。
「失礼のないように、か。いよいよだな。いきなり食いもんの要求なんかするんじゃないぞ」
「(ですからご主人はましろをなんだと――)」
扉が重低音な入場曲を響かせ俺達を歓迎した。
部屋の中には大量の棚、書類、本。
中央には客用の机や椅子が並べられている。
そして奥の中央。この町で一番権力を持つと思われる男が――めちゃくちゃニコニコしており、荘厳な顔つきが台無しである。
だがこれはこれで一つの完成されたカリスマ性を醸し出すのには十分な魅力があった。
その男は本来の顔に相応うであろう、低音だがよく通る声で語り始める。
「話は既に入っているよ。君達が私の大切な荷物を賊から守り抜いたという旅人で間違いないね?」
聞きやすい発音、言葉の意味が自然と頭の中に入ってくる。
自分の言葉で意思を伝えたいがまだ上手く意思を伝えるのは難しい。
「安心してほしい、何らかの事情で君が私達の言語を完璧には把握していない事も耳に入っている」
俺の苦悶を読み取り優しく語り続ける。
「近頃、身寄りが無くその上言葉も通じない者が突然押し寄せてくることが増えてね」
やはりアカネさん達以外もこっちに飛ばされて来た人がいるようだ。
「最初こそ混乱し気が動転してしまった者も居た、だが今はこの町に馴染んで平和に暮らしている者ばかりだよ、ほとんどは。道中魔物に命を取られてしまった者も居る、残念極まりない事だ」
随分懐が広いな、上に立つ者の余裕という奴であろうか。
「しかし、これも聞いてはいたが本当に念話を使う事が出来るんだね」
興味深げに俺達を探りながら男は続ける。
「珍しい、驚いたよ。使い手はその従魔さんでよろしいかな?」
ましろが訝しげな表情を浮かべる。
「はは、そう警戒しないで欲しい。お返事ありがとう」
ましろは一体何を話しているんだろうか……無礼を働いてないか気が気でない。
そして従魔か、聞き覚えのない単語が飛び出したな。
「ましろ、お前従魔だってよ」
半ばからかう様にそう茶化す。
「(なんかカッコいいですね)」
本人は乗り気だった。
「おや? 何か間違ったことを言ってしまったかな?」
この人、雰囲気だけで俺達が何をやりとりしてるのか的確に把握してくるな。
これは暗にましろを従魔という事にしておいたほうが都合がいいぞという忠告だろう。
「ましろ、その従魔とやらを名乗るにはどうすればいいのか聞いてみろ」
「ああ、もう手続きは終わっているよ。件の報酬の一部だと思って遠慮なく受け取りなさい」
只者ではないのは確認していたが底が見えないなこの人。
「ああ、実際にはこの程度の事、報酬の一部としては数えてもないがね、はっはっ」
密かにちゃっかりしているなとか失礼なことを考えたがそれもいい意味で裏切られる。
「世間話はこれぐらいにして本題に移ろう。少ないが今回はこれだけ用意させてもらった、遠慮はいらないよ」
机の上に置かれたツヤを持つ二つの革袋。
これだけでかなりの価値を持っているのは間違いないだろうと思えるほどの精巧な作りをしている。
一礼し、軽そうな方を手に取る。
その瞬間手に取り広がる目測に違った心地よい重量感。
中には煌びやかな薄赤色の金属光沢を帯びた硬貨らしきものが5枚程入っている。
――とんでもないモノを受け取ろうとしている気がする。
「(ご主人、お金ですか? ご飯どれくらい買えますかね?)」
「ましろ、これで何が買えるのか聞いてみろ」
「ああ、二人前提の一戸建てぐらいなら買っても二か月分の生活費ぐらいは余ると思うよ、もう片方には細かくした硬貨を入れさせた」
予想をはるかに上回ってくる膨大な額に眩暈が襲ってくる。
本当にあの荷車には一体何が積まれていたんだか……
危険物運搬の片棒を担がされてたりしないよな?
これ素直に受け取ったら後で消されたり――
なにを企んでるか分かったもんではない。
この人ならやりかねないような気がする。
「なにか要らぬ心配を抱えてそうな顔をしているが安心しなさい。ただの先行投資だよ」
……後で使われるのは既に確定しているのか。
俺達に価値を見出しているって事は消される心配はほぼ無いだろうけど。
「とは言ってもその時にもそれに見合った額は支払わさせてもらうがね」
正当な報酬が貰えるなら別に問題はないか。食い扶持も確保したいし。
「君が守ってくれた荷物についても追々、大々的に発表が成される」
そうは言われても危険物で無い事が確定するわけではないしなあ。
次々といいように言い包められているような気がするが――今は張り合うだけ無駄だろう。
「さて、お話はこれくらいにしておこうか。最近忙しくてね」
ヒトでない上、素性も知れないからと、ただそれだけで俺とましろを蔑むような態度を取ってこないんだな、この人は。
少なくともこうして重要家屋の最重要人物に何のいさかいもなく正式に面会する事を認めてくれている時点でそこは間違いないだろう。
この一件により、一瞬である程度の信頼は得られたらしい。
先にこの世界に来ていた人達が築いた信頼に乗っかれているというのもあるのだろう。
結局は本人次第の実力主義みたいな部分が大半を占めているんだとは思う。
だが、利用価値があり優れていたら尊重される、それで十分だしそれが一番だ。
そう考えれば、蔑むような態度を取られないのはこの場ではごく自然な事なのかもしれない。
お付きの者と思われる壮年の男は俺達の横に出ると退出するよう促す。
納得できない部分も多々残るが食い扶持を繋げる事が今は最優先だろう。
再び長い廊下を渡り今度は出口へと向かう。
その道中、お付きの男が口を開いた。
「本日は誠にお世話になりました。あなた方のご助力無しには、この偉業を果たす事は出来なかったかもしれません。旦那様もあなた方の事を大層お気に召したご様子でした」
もう何を言わずとも返事を送るましろ。
「いえいえ、それではまた。ここを右に出て突き当りの右の角に私一押しの宿屋があります、参考までに」
「ありがとうございます」
こちらの言語で話すのは初めてだ。
男は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐさまにこやかに頭を下げた。
それに連なり俺も頭を下げた後、お付きの男と別れ館の外へと出る。
「さて、これからどうするか。あ、そうだ。早速つけとけ、これ」
ましろに従魔許可証を渡す。
「(おいしいご飯を食べに行きたいです)」
「お前はやっぱり飯か。飯も当然行くとして他にはなんかないのか、大抵の事は実現できるぞ」
「(うーん、思いつかないです)」
「ま、そりゃそうか。贅沢の仕方すら分らんからな、俺達」
「(おなかいっぱいご飯を食べられればましろにとってはそれが贅沢です)」
「そうか、それもそうだな。だが折角だ、新しい贅沢を探すのも悪くないと思うぞ。あの町長の言う通り此処に家を構えるというのも一考だな」
それこそあの町長の思惑通りな気がしてちょっと嫌な感じがしなくもないが。
「(その分のお金で美味しいもの食べたほうが幸せな気がします)」
「雨と風を凌いでくれる屋根と壁がちゃんとある家の素晴らしさをお前が知らないだけだ」
こいつにとっての家と言ったらただそこそこ安全に寝られるだけの場所みたいな感じがあるからな。
「(ご主人がそこまで言うなら買いましょう、おうち)」
「乗り気になってくれたか。家が建つまでにはかなりの時間が必要なんだ。早いほうがいいだろう、今から向かおうか」
商店街の方に向かい、それっぽい建物は無いかと物色を始める。
そこかしこから漂う食欲をそそる香り。
「(ご主人! あれ食べたいです、あれ!)」
指し示されたのは魚をまるごと一匹使用した蒲焼。
「いいぞ、何個欲しい?」
「(五つ欲しいです!)」
「味見もしないまま随分沢山買うんだな」
「(あんなのまずいわけがないです!)」
「ちょっと待ってろ、今買ってくる」
屋台の前に身を乗り出す。
だいぶ癖のある喋りだがおそらく購入個数を聞かれたようだ。
俺は指で六を作りその意を伝える。
料金は――銀貨三、銅貨も三かな。
持ち合わせの最低単位が銀貨なのでそれを4枚差し出す。
お釣りで銅貨が四枚返ってきた。
なるほど、銀貨は銅貨五枚分ということか。
五枚単位で増え続けると仮定すると明らかに辻褄が合わない。
上位に位置する硬貨の対銅貨枚数は、それに比例して増加していくのだろう。
感謝の意と笑顔を向ける店の男から商品の魚を受け取る。
「おまたせ」
はち切れんばかりに左右に振れる尻尾、輝く瞳。
これだけ喜びの感情を前面に押し出しているましろを見るのは中々珍しい。
それを眺めているだけで心が満ちていくようだ。
「(ご主人? どうかなされました?)」
「ああすまん、なんでもない。ほら」
右手に一本、左手に五本。
「(いただきます!)」
本当に美味そうに食うな、こいつは。
通行人が微笑ましいものでも見るかのように俺達を横目に流していく。
「(ましろ、こんなに美味しいもの初めて食べました)」
「俺達にとっちゃ食事なんてただ空腹を満たすだけの作業みたいなもんだったからな」
そう、しみじみと思う。
しかし本当に美味いなコレ。
もう一本買ってこようかな?
「(ごちそうさまでした、本当に美味しかったです)」
「食うの早すぎるぞお前」
「(美味しいものはすぐ無くなっちゃいますね、不思議です)」
「そういう話じゃ無くてだな……まあいいか。次は服を買いに行くぞ、あの集落のモノを着てるとここではちょっと浮いてしまうだろうからな」
「(また服ですか? ましろには必要ないですよ)」
まーたこいつは素っ気ない態度を。
「お前みたいな美人がお洒落しないのは勿体ない」
「(び、美人……? って、もうその手には乗りませんからね!)」
こいつ学習してきやがったな。とは言いつつも既に乗り気な感じである。
「それにお前最近そっちの姿ばっかりじゃないか」
「(ヒトの姿に慣れてないせいか疲れちゃうんですよ。それに服を着てると落ち着きませんし)」
「俺も犬の姿だと体力の消耗が激しくなるからな。そう言われると弱い」
「(諦めてくれましたか? ご主人)」
「お前と手を繋いで街を散策するのも悪くないと思ったんだがな」
「(――!)」
食いついたな。
「(気が変わったので服を買いに行きましょうご主人)」
「おう」
俺は元々外面を気にするタイプなのだ。
自分自身、この世界に来てから久々に思い出したぐらいの事ではあるが。
「ちょうどあそこの角に良さそうな服屋っぽいのがある、あそこに入ろう」




