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匂いの吹くまま、勘の向くまま。

「衣類四セットに干し肉に雑穀、地図五枚、後は二本のナイフか」


 妙に重く感じた荷物の確認。それもそのはず。

 どうやらアカネさんが気を利かせて食料もかなりの量を用意してくれたらしい。

 袋には例の怪物の器官を加工した物が使用されており、耐火性に優れる事が予想される。


「当分飢える心配は無さそうだな」


「そうなったらまたましろを抱えて歩く事になりますからね、ご主人」


「あん時は小さかったからなぁお前。出来ない事は無いが見た目的には無理があるな」


「大きくなれたのはいいんですが、ご主人に抱っこしてもらう機会が減っちゃうのは寂しいですね」


 確かに。俺も寂しい。


「じゃあ、出発前の前払い」


 よいしょっ、と。

 そういえばこっちの姿のましろを抱えるのは初めてだったな。


 首に手を回され、胸に密着される。


「あ〜、ご主人ぱわー補給です」


 なんだその弱そうなのは。


 そのままの状態で地図を確認する。

 北の一番近い街が中規模、次に南の小規模の街、更にその先に大規模な街があるようだ。


「一番近いのは北の街だが無難な選択肢は南。お前はどっちに行きたい?」


 スンスン、と鼻を鳴らすましろ。


「南の方がいい匂いです」


「お前の嗅覚は陽の向きより信用できるからな、南に行こう」


 ――。


「……そろそろ降りてくれないか」


「う〜、まだもうちょっと」


 子犬のように駄々をこねるましろ。


「また頑張った時にいくらでもしてやるから、ほら」


「約束ですよ?」


 しばらくましろの背に身を委ねていると……連なる物陰が多数。


「遠くの方に何か見えるな。馬車、か?」


 引いてるのは馬ではなさそうだが。


「(ましろの方が速いですね)」


 誇らしげに張り合うましろ。


「お前と比べられちゃ敵わんだろ。どうする、近付いてみるか?」


 変に警戒させるのも申し訳無いが好奇心が勝ってしまう。それに俺の勘がアレに関われと囁いてくる。


「(危険な匂いはしません、ご主人が興味ありげなご様子なので近寄ってみます)」


「なるべく慎重にな、穏便に頼むぞ」


「(分かってますよそんな事、ご主人はましろをなんだと思ってるんですか)」


戦闘狂。……当然その意を口にする事はない。


「いや、分かってるんならいい。気にするな」


「(誤魔化さないでください、ご主人)」


「やはりこの世界は俺達が住んでいた世界とは別物のように思えるな。似たような物はあれど、どれも微妙に異なる形を有している」


 これ以上言及するのは止めよう。さらっと話題転換して逃れるが吉。


「(ご主人?)」


 声色に怖気づくも構わず口を回す。


「あの貨車は何を積んでいるんだろうな?どこからどこへ移動していて何を目的としているんだろうか」


「(もういいです……)」


 ふう、難は去った。そんなやりとりをしてる間にも目標との距離は着々と迫る。


「あっちの方に動きがあるな」


 左手を振り出来うる限りの無害主張を行う。

 既にましろの意思伝達射程圏内ではあるようだが。


 貨車の速度がみるみる内に低下し、警戒態勢に入っている護衛と思われる者達が俺達を歓迎した。悪い意味で。


 やっぱり規模に対して護衛の比率が高い気がするな。と、他人事のように考える。


「ましろ、お前、やっぱり」


「(ましろ何もしてないんですけど?)」


「すまん、くだらん冗談言ってる場合じゃなかったな。今からでも間に合うだろう、頼む。これからの顛末はお前次第なんだ」


「(ご主人? 後で怖いですよ?)」


 やれやれと言った様子のましろが交渉に入る。

 頭を抱え上に疑問符が浮かんだかのように狼狽える護衛の者達。

 ついこの間見たな、この光景。護衛の一人が口を開く。


 "お前達 盗賊 違う?"


 使用されている言語はあの集落とほぼ同じであるようで、断片的だが意味を汲み取る事が出来た。

 集落の方に若干訛りが入っていたという事が予想されるような音調と抑揚である。


「ましろ、この人等は俺達を盗賊かなんかだと勘違いしているようだ。誤解を解いてはくれないか」


 こんな身なりじゃ無理もないだろうが少し傷つくな。再び口を開く護衛の者。


 "悪かった お前達 何者?"


「今度は素性を尋ねられた。適当にでっち上げておいてくれ」


 違う世界から来ましたなんて言った日には正気を疑われ面倒な事になるのは考えなくても分かる。みたび口を開く護衛の者。


 "把握した 何か用か?"


「何か用かと聞かれた。こんだけ騒ぎ立てておいてなんとなく近付きましたとか、とてもじゃないが言える空気ではないな」


 俺達も護衛するから乗せてくれないか? と、提案しようと思ったが信用なんて持ち合わせて無いしな。


「(ご主人の変な提案に乗らなければよかったです)」


「変な提案で悪かったな」



 ――殺気。

 統率された動きで同じ方向に一斉に体を向ける護衛の者達。


「どうやら本物の盗賊がお出ましたらしい」


 そこそこな規模の集団がこちらに殺意を向け、今この瞬間もこちらに詰め寄って来ている。


 数は明らかに貨車側が不利。

 乗りかかった船だ、ここでバッサリ逃げるのは流石に気が引ける。

 それ以前にただ逃げるのにすら一苦労しそうだ。


 そして隣には闘争心剥き出しの戦闘狂が一匹。


「(あれって全員殺しても問題ありませんか?)」


 恐ろしい事を口走るましろ。

 まあ、こいつは人間の事が好きじゃないから無理もないか。


 俺に指示されない限り俺以外の人間とは滅多に交流を図ろうとはしない。

 その数少ない例外の一人がアカネさんだ。


 小さい頃、人間から酷い仕打ちを散々受けたのであろう。

 俺と出会ってからも人間からはロクな扱いを受けて来なかった。


 同じ人間の俺ですらそうであったのだ、犬であるましろがいい目で見られるはずは無い。


 トラウマがひっくり返り憎悪と化した結果がこの現状。

 俺と俺に親しく接している人間、それ以外。特に敵意を向ける人間に対する容赦の無さは俺にすら止められないかもしれない。


「人間を殺してもいい事なんか無い、虚しいだけだ。恨みも買う」


 ――これは俺自身が酷く経験した事。

 それに、あいつらは俺の"正義"に反してない。


 反しているヤツに関しては……確かにいい事は無いが、生かしておくと悪い事があるから容赦無く殺すが。


「(ではギリギリ死なない程度に痛めつけます)」


 駄目だこいつ全くヒトの忠告を聞いてない。


 だがこいつにとって最大限譲歩した結果がこの答えなのだろう、これ以上は何を言っても無駄か。


「あちらさんも何か大義名分があっての事なのかもしれない。俺に至っては大義名分も無しに奴らと同じような事をしてたんだ、お前だってそれは分かってる筈だ」


「(……)」


 これで分かってくれるといいんだが。

 ましろへの説得はこれぐらいにして俺も戦闘態勢を整えよう。

 キバを武器にすると有り余る殺傷能力により要らぬ犠牲が生じる、ナイフを咥えていこう。


「ましろ、ナイフ要るか?」


「(刃物は嫌いです)」


「あー、わかった」


 俺達がそんなやりとりをしている今この瞬間にも荷車側と盗賊側では一触即発の形相が繰り広げられている。


 先に仕掛けられた場合、人数が少ないこちらがより不利になるであろう。


「囲まれたら厄介だ、俺たちがこの均衡を崩す。行くぞ」


 ――ああ、この姿になると闘争心がより駆り立てられる、心地がいい。


 湧き上がる殺戮衝動に身を委ねようとせん本能を理性で窘める。

 この有様ではましろにああ言えた義理では無くなってしまうな。


 俺達が駆け出すと驚愕の様相を浮かべる両陣営。

 このまま相手の思考が鈍くなっている間に一気に距離を詰める。


 ――刹那、氷の礫が俺の頭上に降り注ぐ。超常的な現象だ、発生源はどこだ?

 後方に待機している人間の方から飛んできたように見えたが。


 人間には本来、そのような能力は備わっていないはずだ。俺が知り得ぬ未知の力か?


 だがこの世界に来てから数日、その類のモノには心当たりがない。

 しかしあのような狭い区域で学んだことに思考を執着させるのは愚か極まりない事なのも事実。


「(敵はどうやら俺達の知り得ぬ攻撃手段を携えているらしい、警戒を強めろ)」


「(ご主人、発生源を特定しました。奴らの気を引いてください、私が死角から狩ります)」


「(それは僥倖だな。この際多少の殺傷はやむを得ないだろう、任せる)」


 ましろの気配が希薄になる。

 俺ですらこの有様だ、標的には音も無き死が訪れるであろう。


 自分の役割を果たすべく咆哮一喝、同時に存在感を濃くする。


 空中を迸る氷の礫、火球、黄色い稲妻。飛来速度はましろと同じぐらいか?

 正に鋭敏、だが今ぐらいの距離があれば躱す事は造作もない。


 ……やはり明らかに過剰戦力だ、そもそも奴らは本当に盗賊なのか?


 そして次第にその牙は輝きを失い始める。頼りになるな、俺の相棒は。


 荷車側の戦力が加わり始めた。無事俺たちは味方戦力として認識されたらしい。


 余裕が生まれた所で本格的に敵戦力の無力化へと移る。


 次々と地面を舐めるだけの案山子を量産する中、後方から先と類似する礫や火球が飛来した。

 この世界の戦闘ではアレは日常的に使われているらしい。


「(ご主人、戻りました)」


 ――っっ!! マ、マジでビビった。


「(無から飛び出すのは本当に止めてくれ……心臓が幾つあっても足らん)」


「(大袈裟ですよご主人)」


「(大袈裟ってお前、本当に止めてくれな?)」



 大勢は決したようだ。

 遠距離攻撃の手段を失った敵方は一方的に蹂躙され獲らえられていく。


 俺達は撤収しても問題ないだろう。


 荷車のほうを見れば俺達を歓迎するような雰囲気が出来上がっていた。


「面倒ごとの巻き込まれ損かと思ったが恩を売った恩恵は大きそうだな」


「(食べ物も貰えそうですか?)」


「ああ、戦いの規模的にこの荷車には重要度の高いモノが積まれている可能性が高い。雇用関係にない俺達が一番働いたとなれば報酬も弾むだろう」


 荘厳な出で立ちの男が最初に俺達を出迎えた。


 "君達 正体 不明 否 助かった 礼を言う"


「素性は詮索されないらしい、この荷車についての説明を求めてみてくれ」


 申し訳ないが教えられない、か。よほど重要な品が積まれているんだろう。

 そして俺の思惑通り報酬についての話が出る。

 地図でいうところの小さな町。

 そこで正式な礼と報酬を授ける。

 この荷車に乗るといい、そんなところか。


「ましろ、荷車に乗せて貰えるみたいだ。目的地は俺達が向かっていた途中の小さい方の町。そこで報酬も貰えるらしい」


「(本当ですか?ましろ、頑張った甲斐がありました)」


「ああ、今回もよく頑張ってくれたな」


 ましろ受け入れ態勢を整える俺。

 吸い込まれるかのように俺の懐へと収まる我が愛犬。


 完全に無力化された状態で運ばれてきた敵方の生き残り。

 それを確認した男は荷車に乗るよう俺達を促す。


 よっ、と。一息。


「ほら、続きだ。ここ来い」


 手早く一番楽な体制を確立するましろ。


「ふう、ここは天国です」


「天国か、俺も一緒に行こう」


 景色を楽しみながらのんびり昼寝と洒落こもう。

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