9 頼人と少女
「お引き取りください。」
いきなりの少女の言葉に、頼人は真顔で返した。頼人は探索者の中では小柄で細身だが女と間違えられるほどではない。この少女は間違いなく異性である頼人を誘いに来ているのだ。学園で組んだパーティーで将来探索を行いたいと思っている頼人に、この少女とパーティーを組むつもりはない。
「いきなり名乗りもせずに失礼だよね?それに、実技の授業も始まっていない現段階でのパーティーの勧誘は早すぎない?」
見た目に反して意外としっかりしている速水が口を出す。周りのクラスメイトも不審そうに少女を見ている。
学園では入学してからの1週間は座学とオリエンテーションのみで実技は行われない。ほとんどの生徒は広い演習場で他クラスと合同で行われる実技の授業で、自分と相性のよさそうな戦闘スタイルの生徒を探してパーティーを組むのだ。ちなみに一度に4クラスの授業が同じ演習場で行われ、毎回合同になるクラスは変わる。
「あなたたちの反応はもっともよ。名乗りもせずにごめんなさい。私は霧島冬香。探索者ランクはDランクよ。雨宮君を勧誘しに来たのには理由があるの。」
少女、霧島冬香はゆっくりと教室内を見回す。冬香が素直に謝罪して名乗ったことから、話が通じない相手ではないと判断した頼人は浅くうなずいて話を促す。冬香はまっすぐに頼人を見据えた。
「私が君に目を付けたのは学園の入学試験での模擬戦の時。あの時私は見ていたの。あなたが藤堂壮志郎を剣技で圧倒するところを。
壮志郎と私は幼馴染。剣の訓練も一緒に行ってきたわ。最初は実力も同じくらいだった。でもだんだんと私は彼に追いつけなくなっていった。考えてみたら当たり前なのかもしれない。私は女だもの。」
冬香がくやしそうに顔をゆがめる。
いくら同じように、いや、それ以上に努力しても男女の元から持ったフィジカルの差は埋まらない。女子のプロサッカーチームが男子高校生のチームに負けるように、魔力の質が同じでも戦闘技術によほどの差がない限りは女性は男性に適わない。
「実力の差はEランクになってからさらに広がったわ。壮志郎の魔力、馬鹿みたいに多いんだもの。最終的には探索者ランクでも差がついてしまった。私個人ではもう無理よ。現実を受け入れたくないけど、私は壮志郎に一生勝てない。
でも、パーティーなら違うかもしれない。あなたの魔法のこと、うわさで聞いたわ。剣技で勝り、壮志郎の魔力に対抗できる魔法を持つあなたが欲しいの。
お願いです。私とパーティーを組んでください・・・」
最後の声は消え入りそうだった。頼人は体を震わせてうつむく冬香を見つめた。教室に入ってきたときの凛とした雰囲気はなりを潜めている。
「ほかのメンバーは俺が入ることに賛成しているのか?」
「メンバーはまだいないわ。」
頼人の問いに冬香が弱々しく答える。頼人はこの答えを予想していた。異性のメンバーがいることは考えづらいし、同性のメンバーが異性がパーティーに入ることを了承することはほぼないからだ。
冬香も馬鹿ではない。異性である頼人が自身のパーティーメンバーになることを拒絶することはわかっていた。それでも、藤堂に勝てるかもしれない存在にすがりたかったのだ。
「クラスの女子には相談したのか?」
頼人が質問を重ねる。頼人は、冬香はパーティーを組む可能性が最も高い、女子とよく話す必要があると思っていた。
「それが・・・ ルームメイトとすらまだあまり話せてないの。私、4人兄弟の中で女1人だし、小さいころから剣ばかり振るってきたから、女の子の友達いたことなくて・・・」
恥ずかしそうに正直に話す冬香を見て、頼人は優しく微笑んだ。
そして、冬香の手をつかむと教室を飛び出した。
そのまま、8組から1組に向かって廊下を走り抜ける。
冬香は「ちっちょっと。」と戸惑いの声をあげたが、頼人が自分がついてこれるように走るスピードを加減していることに気づきおとなしく従った。
1組にたどり着いた頼人は バンッ と大きな音をさせてドアを開くと、教室に侵入する。
もうすぐ午後の授業が始まる教室にはすべての生徒がそろっていた。
自身と冬香に視線が集まっていることを認識した頼人は明るく大きな声で言った。
「シャイな霧島さんが、クラスの女子とどうしたら仲良くなれるか俺のところに相談に来ました!
どうか仲良くしてやってください‼」
「な!?」
思わず冬香が驚愕の声をあげる。
数秒の間が空き、女子生徒たちが話し出した。
「なんだぁ。冬香ちゃん話しかけても反応薄いから私たちと話したくないのかと思っちゃった。」
「もう!恥ずかしいならそう言ってくれればいいのに。」
「あはは!顔真っ赤だよ。かわい~」
赤面して固まる冬香の耳元で頼人はほかに聞こえないようにささやく。
「勝てそうなやつにすがるんじゃなくて、藤堂には気の合うパーティーメンバーと力を合わせて勝てよ。
よかったな。クラスの女子、みんないい人そうじゃん。」
頼人ははっとする冬香を残して、1組の教室を後にした。授業に遅れないよう廊下を急ぐ。
教室の隅で楽しそうな笑みを浮かべていた藤堂のことは気にしないことにした。
後日、女子の手を引いて廊下を駆け抜けたことが学園中の話題になることを頼人はまだ知らない。