2 入学試験1
入学試験当日、頼人は試験会場である学園の門の前で受験生の列に並んでいた。関東探索者学園は下級ダンジョン2つ、中級ダンジョンと上級ダンジョンを1つずつ敷地内に持つためダンジョン産の資源を一時保管する倉庫がある。それに加え危険物や、一つで家一軒建てられるような高価な機材をごろごろ保有している。そのため、セキュリティーチェックが厳しく行われるのだ。列に並んで十数分後頼人はようやく門にたどり着いた。セキュリティーチェックでは、空港などでも使われている機械に銀のブレスレットをつけた腕を通すことで行われる。
日本では生まれた時からこの銀のブレスレットを着用することが義務付けられている。ダンジョン産の素材で作られたこのブレスレットには着用者の個人情報が記録されていて、着用者の成長に合わせてサイズが変わる上に専門の機関でないと取り外すことができない。生まれたときに着用するものは個人情報の記録と財布としての機能がついているだけだが、一般的には成長に合わせて通話機能やインターネット機能の付いたものに付け替える。これらの機能の付いたブレスレットに、世界にダンジョンが出現してから生き物なら何でも持つようになった「魔力」を流すと、空中にホログラムの画面を表示させることができるのだ。この画面は指で操作することができるが、魔力操作のうまい人ならホログラムに触れずに操作することもできる。
ちなみにこのブレスレットが探索者のランクを判断している。ダンジョンで魔物を倒すと魔力の質が上がるようになっている。ブレスレットにも絶えず持ち主の魔力が流れていて、探索者ランクはこの魔力の質が高いほど高くなるのだ。体がを循環する魔力の質が高くなると身体能力が上がるため、必然的に高ランクの冒険者になるほど強くなる。
頼人の持っているものは基本的な機能に加え全国のダンジョンの攻略済みのマップが更新されるマップ機能とアイテムボックス機能の付いたブレスレットだ。一般的な探索者が持つブレスレットと基本的には同じだが、一般的なもののアイテムボックスの容量が軽自動車一台分ほどであるのに対し、頼人のものはトラック二台分ほどある。アイテムボックス機能の付いたブレスレットの値段は高く、駆け出しの冒険者の多くはアイテムボックスのために借金をし、中にはバックパックを背負って攻略を行う者もいる。言わずもがな頼人のブレスレットは高価で、修一が支払いを一括で済ませた時には思わず戦慄した。絶対出世払いするからと顔色を悪くする頼人に対し、楽しみにしているとニヤニヤする修一の顔が今でも忘れられない。
頼人は問題なく校門を通過した。高さ4メートルを超える壁に囲まれた学園はダンジョンを保有していることもあり広大な敷地を持つが、校門から校舎までの距離はあまり離れていない。受験生たちは午前中に校舎内で筆記試験を行った後昼食をはさんで模擬戦形式の実技試験を受けるのだ。
筆記試験を無事済ませた頼人は試験を行った部屋で昼食を済ませた。昼食時の試験室では周りに知人がいないからか、すべての受験生が一言も発さずにもくもくと昼食をとっていて頼人は居心地の悪さを感じた。
しばらくすると試験監が入室した。
「この試験室の生徒は実技試験を第三演習場で行う。ここからは遠いためバスで向かうことになるから荷物をまとめ次第付いて来て欲しい。」
***
「筆記試験はどうだった?」
移動中のバスの中、頼人は隣に座っていたオレンジ色の髪と瞳を持つ男に話しかけられた。試験直後によくそんなことが聞けるなと頼人が眉をひそめると、男は楽しそうに目を細める
「君が試験室に入ってきたときから気になってたんだ。身のこなしがほかの受験生とは全然違う。筆記試験さえ失敗していなければ同級生になると思ってね。」
どうやらこの男は自分が試験に落ちるとは少しも考えていないようだ。実際にこの男の所作もほかの受験生と比べるとかなり洗練されているため、根拠のない自信でもないのだろう。
「ご想像にお任せするよ。」
男からそこはかとなく漂うエリート臭が気に入らなかったため頼人はそっけなく答えると視線を窓の外に向けた。
***
広い演習場の一角、頼人はオレンジ色の髪の男の隣に立っていた。彼らの前では二人の受験生が模擬戦を行っている。頼人は刃のつぶされた短剣を二本、オレンジ色の髪の男はこれもまた刃のつぶされた片手剣を持っている。受験番号が隣り合っているせいか頼人の模擬戦の相手はこの男となったのだ。
「ねえ。」
現在行われている模擬戦から目を離さないまま男が呼びかける。
「今回の模擬戦さ、魔法はなしにしないかい?」
その言葉に頼人は少し驚いて男のほうに目を向けた。
魔力が探索者ランクE程度になると、髪や瞳の色が変化するものがいる。この色は本人の持つ魔法の属性を表している。色に変化が見られない者は保有魔力が少なく、魔法を使うことができない。瞳の色のみが変わったものは魔法を使うことができるが、後衛として魔法専門で活躍することは難しい。瞳に加え髪の色も変化した者は潤沢な魔力を有し、後衛として貴重な戦力となるのだ。
つまりオレンジ色の髪と瞳を持つこの男は火属性の魔法を多く使えるという長所を持っているはずだ。頼人にはわざわざ自分をアピールしなくてはいけない場で制限をかける意味が分からなかった。
男は怪訝そうに自分を見る頼人と視線を合わせると緩やかな笑みを浮かべて口を開く。
「君にどのくらい俺の剣技が通用するか試してみたくてね。それに君の瞳の色は怖すぎる。」
男は笑みを浮かべたまま頼人の淡紫色の瞳を覗き込んだ。