1 プロローグ的なもの
東京都世田谷区の高級マンションの一室、亜麻色の髪を持つ少年、 雨宮頼人は整った相貌を不満気に歪めていた。彼の前のシンプルな木のテーブルには、彼の養父である 雨宮修一の用意したとある有名高校のパンフレットが置かれている。
〈関東探索者学園〉
群馬県の初級、中級、上級のダンジョンのそろう地域に作られたこの学園は、世界各地にダンジョンが出現するようになってから30年後にたてられた、創立50年を越える全寮制の高校だ。これまでにも多くの実力ある探索者 ―ダンジョンに潜り、ダンジョン産の資源を獲得する職業― を輩出している。探索者を目指す若者にとっては憧れの学園だ。毎年入試の倍率は10倍を超えるという。
頼人も将来探索者として生計を立てようと考えている。しかし、彼は学園を受験することに対して乗り気ではなかった。なぜなら彼は14歳にして既にCランクの探索者だからだ。
探索者にはランクがある。
保護者の許可さえあれば12歳からでも登録することのできるFランク。
ある程度の魔物 ―ダンジョン内に生息する危険生物(?)モンスターとも呼ばれる。― が討伐できればなれるE、Dランク。
安定した収入を得ることのできる中堅のCランク。
才能がなければ上がれないBランク。
一流のAランク。
日本には1人しかいない化け物Sランク。
Cランクである頼人は、既に探索者として生きられるだけの実力を持っているのだ。本来14歳がCランクになることはいくら才能があっても難しい。頼人がCランクになることができたのは、ひとえに探索者人口の1%にも満たないAランクである彼の養父のおかげだった。
頼人はダンジョン孤児だった。ダンジョン孤児というのは、稼ぎ頭である探索者の父親が探索中に命を落とし母親に捨てられた子供の通称だ。その数は少なくなく、社会問題となっている。ダンジョン孤児の多くが義務教育終了まで孤児院にいるのに対し、頼人は8歳の時に雨宮修一に孤児院から引き取られた。
そして、探索者である修一にもし何かあっても一人で生きていけるようにと探索者になる前から厳しい訓練をつけられた。そして、12歳になってすぐに探索者登録を済ませると、実践を通して鍛えられた。
「俺さ、中学出たらそのまま専業探索者やろうと思ってたんだけど。それに、受験勉強なんてしてたら今年一年はダンジョン潜る時間あまりとれないじゃん。第一、俺Cランクだよ?わざわざ学校行く必要ある?」
いつの間にこんなに生意気になったのかと修一はテーブルの向かい側でパンフレットの端を弄ぶ我が子を見つめた。少々あきれる一方で、反抗的なこの態度が遠慮のいらない家族のものであるように感じ、少しうれしくも思う。
「俺の出身校だ。お前に教えてきたことはそこで学んだ一部でしかない。」
修一の言葉を聞いた頼人はパンフレットから視線を外し窺うように修一の顔を見た。生意気盛りの14歳だが、師であり、父であり、Aランクである修一を誰よりも尊敬し,強く憧れているのは頼人だろう。興味をもった様子の彼を見て修一は言葉を続けた。
「パーティーメンバーと出会ったのもそこだ。できればお前も学園で信頼できるパーティーメンバーを見つけてほしい。」
頼人が修一に出会った時は既に、修一の所属していたパーティー ―探索者がダンジョンを攻略をスムーズに行うために組む少人数編成のグループ― が解散し、修一がソロになった直後だった。パーティー解散の理由が1人のパーティーメンバーの死であることを知っている頼人は、出会った当時の修一が荒れていたこともあり修一の過去について自分から聞くことはなかった。修一もまた自分から話す事をしなかった。
「ランクも実力も離れてるのはわかってるから、すぐにとは言わないけど、俺は父さんとパーティー組みたい。」
「気持ちはうれしいが俺ももう45だ。お前よりは確実に早く探索者を引退することになる。探索者として長く生きたいのなら年の近い信頼できるパーティーメンバーと長く組んだほうがいい。学園生なら身元がしっかりしているし、学園でパーティーでの連携も学ぶことができる。」
「わかった。ちょっと考えてみる・・・」
修一の言うことが正しいことは理解できる。ただ、少し考える時間が欲しかった。頼人は学園のパンフレットをもって自室にこもろうとした。背を向けた頼人に修一が声をかける。
「学費は気にしなくていい。探索者としての一線を退いたとはいえ貯金は腐るほどある。どうしても気になるのなら出世払いで返せ。」
「・・・」
「あと、部屋に戻るのならこれを持っていきなさい。」
ドンッと鈍い音をさせて修一が机に置いたものは段ボールいっぱいの参考書だった。
「・・・!?
最初から選択し与えるつもりねぇーじゃねーか!!!!!」
この後めちゃくちゃ勉強した