64話 黒幕が明らかになる。
無機物には、運も不運もない。
それでも運気数値が表示されるのは、なぜか?
おそらく、その運気数値は、持ち主との関係性を示している。
〈無機物鑑定〉スキル発動後、結城の視線は、天井の隅へと向けられていた。
一枚の羽目板の運気数値が、際立って悪い。
なぜか?
まず、この羽目板の『持ち主』を考える。この場合、部屋の主であるギルド・マスター、すなわちラークだろう。
ラークにとって、運気を下げる『何か』が、この羽目板にはあるのだ。
結城は、椅子を踏み台にして、羽目板を押してみた。
羽目板が外れる。その上は、屋根裏だ。
結城は片手を突っ込み、台帳を発見した。ペラペラと捲ると、これが暗殺の依頼者を記した台帳である、と判明。
結城は台帳を小脇に挟んだ。それから、考える。
依頼者の情報を記しておくなんて、不用心だ。暗殺ギルドのマスターが行うことだろうか? しかし、ある理由があるのなら、別だ。
どんな依頼者にしても、暗殺者を雇うというのは、後ろ暗いものだ。
つまり、脅しに使える。
この台帳にあるのは、依頼者のリストであると同時に、恐喝リストでもあるのだ。
結城は、改めて台帳を読んだ。
しかし、依頼者の名前も、依頼内容も暗号で記されている。最低限の安全策は取ったようだ。
ラークは、結城を睨みつけている。ラークが、暗号の解き方を教えるとは思えない。
(僕の運気数値は、まだプラス10万だ。適当に読んだら、運良く解読されていた、ということにならないか?)
結城が試してみる前に、リースが片手を突き出して来た。
もう一方の手は刀を握り、ラークに突きつけたままだ。
「貸してみろ」
「解読できるんですか?」
「元・弟子だぞ。それくらい、容易い」
それもそうか、と結城は思い、台帳を渡した。
リースは片手で器用に、台帳のページを捲っていく。
「風水ギルド殲滅の依頼の記述があった」
結城はうなずく。傍にいるセシリーが、身体を緊張させる。
ついに、判明するのだ。
暗殺ギルドに、風水ギルド殲滅の依頼を出した者が。
リースは言った。
「執政官グラン、とある」
「……!」
結城は愕然とした。
王の右腕である、執政官グラン。
これまでは、風水ギルドの味方として、振舞っていた。
(しかし、違ったということなのか?)
仮に、依頼者がグランだとする。
では、王も承知しているのだろうか?
結城は、すぐに結論を出した。
王は知らないことだ。
なぜか?
王も、風水ギルドの殲滅を了解しているのならば、そもそも暗殺ギルドに依頼する必要がない。
王の権限を持ってすれば、一つのギルドを潰すことなど、容易だからだ。
それが顧問ギルドだとしても(顧問ギルドだからこそ、簡単かもしれない)。
ただし、結城には納得のいかない点もある。
「依頼するとき、わざわざ『執政官のグランだ』と名乗るかな。要職についている者が、暗殺ギルドを使う。そんな状況なら、偽名を使うはずでは?」
この結城の疑問には、リースが答えた。
「偽名は使ったのだろうな」
「どういうことです?」
「暗殺ギルドは、情報収集能力にも優れているというわけだ。執政官グランとやらは、偽名を使い、暗殺ギルドと接触した。そして、風水ギルドの殲滅を依頼した。これが『不貞を働いた配偶者を殺して欲しい』とかなら、暗殺ギルドも気にしなかっただろう。ありふれているからな」
「……しかし、実際は違った。一つのギルドを殲滅しろ、という依頼内容だった。普通では考えられない」
「そうだ。よって、依頼者の真の身元を突き止めようとしただろう」
「そして、暗殺ギルドは身元を突き止めたわけですか。執政官グランという身元を。やはり、グランが僕たちを潰そうとした」
リースが面白がるように言った。
「意外だったか?」
そのはずなのだ。グランはずっと味方だったのだから。
しかし、不思議なことに、結城にとって意外ではなかった。
理由は分からないが、いつかこの日が来るような気がしていた。
「いえ、意外ではありません。ただ、敵としては、最上級でしょう」
リースは肩をゆすった。
「いわば、ラスボスだな」




