62話 vs暗殺ギルド・マスター。
結城が先頭となって、3階に上がる。
3階にいる者が、罠を仕掛けているかもしれない。しかし、今の結城には通用しないはずだ。
結城の鼻先を、蠅が飛んでいく。何となく蠅の行き先を見ていると、階段を上り切った地点まで飛翔。
そして、蠅は空中に止まった。
結城は、変だな、と思った。
蠅が止まっているのは、人の足首ほどの高さ。
結城は目を凝らして、「あっ」と思った。
蠅は空中ではなく、仕掛け線の上に止まっているのだ。
この仕掛け線は、よく見ないと分からない。
何も知らず階段を上っていたら、仕掛け線に引っかかっていた。そうすれば、何らかの罠が発動されたのだろう。
蠅が止まってくれたおかげで気づけた。
つまり、結城の運気のおかげだ。
ちなみに〈開運天国〉の効果は、あと5分で切れる。
結城は無言のまま、身振りで仕掛け線を伝えた。リースとセシリーがうなずく。
結城は仕掛け線を跨いで、3階の通路に立った。この地点からだと、通路は左右に分かれている。
結城は直感で、右を選んだ。前進する。
突然、結城の衣服のボタンが落ちた。屈んでボタンを拾おうとする。
そのときだ。結城の頭の上を、刃が一閃した。
その刃は、通路が面する壁を切り裂くようにして、通過したのだ。
すなわち、壁の向こうの部屋から、暗殺者が攻撃してきた。
屈んでいなかったら、刃は結城の首を切断していただろう。
そして、ボタンが落ちていなかったら、屈むことはなかった。
これも運気の力である。
リースが刀を振るい、斬撃を放つ。
壁を挟んで、リースと暗殺者が切り結び出す。
結城は先へ進み、ドアの前に立った。セシリーも付いて来る。
このドアの部屋に、リースと切り結んでいる暗殺者がいるのだ。
結城はドアを開け、室内へと飛び込む。
目的の暗殺者は、30代の男。口ひげを生やし、鋭い眼光をしていた。長剣を用いて、リースと互角に渡り合っている。
しかも同時に、結城に向かって、クナイを投じて来た。
結城は動かなかった。
動く必要もない、クナイは外れるのだから。
実際に、クナイは壁に突き刺さり、結城にもセシリーにも当たらなかった。
普段ならば、この近さだ。暗殺者のクナイが、狙いを外れることはないのだろう。
しかし、今ばかりは結城の運気数値が、暗殺者の手元を狂わせるのだ。
さらに結城は、〈鬼門付与〉スキルを発動した。
暗殺者の運気数値が、マイナス1万となる。とたん、暗殺者の身に、『不運』なことが起きた。
汗で滑ったのか、右手から長剣の柄が抜けたのだ。
勢いで長剣は飛んで行き、壁に切っ先が突き刺さった。
長剣を失い、暗殺者は劣勢に立たされる。
リースが壁を突き破って、部屋に飛び込んで来た。もともとリースと暗殺者が激しく斬り合ったため、壁はほとんど原型を留めていなかったのだ。
暗殺者は、リース目がけて、クナイを投じる。
リースが簡単に弾く。
が、暗殺者の狙いは、リースの足止めだった。
この隙に、窓に向かって跳躍する。
窓にはガラスが嵌っていないため、外へと跳び出すのは容易だ。3階の高さだが、暗殺者の身体能力ならば、着地も問題ないだろう。
しかし、暗殺者の運気数値がマイナス1万なのを、忘れてはいけない。
暗殺者は、あろうことか跳躍しすぎた。
そのため窓に達する前に、部屋の天井に頭をぶつけたのだ。
あり得ないミスなのだろう。
暗殺者は驚愕の表情を浮かべながら、床の上に落ちる。
実際は、結城の〈鬼門付与〉攻撃を受けているので、ミスではないわけだが。当人は知る由もない。
リースが刀を一閃させ、暗殺者の右足を切断する。
はじめて暗殺者が声を上げた。
「ぐぁぁぁ!」
結城の足元まで、切断された右足が転がって来る。
転生したてだったら、気絶しているところだ。しかし、結城はこの世界を、1年以上も生きて来た。今更、この程度の暴力沙汰に、いちいちショックは受けない。
「リースさん、この男がギルド・マスターですか?」
リースは、暗殺者に刀の切っ先を向ける。それから、うなずいた。
「そうだ。この男の名は、ラーク。暗殺ギルドの、ギルド・マスターだ。そして、かつてのオレの師でもある」




