59話 暗殺者は不運地獄に陥る。
暗殺者は片足を骨折した状態で、逃走した。
しかし、長距離の移動は不可能だ。
そこで乗合馬車を使用。町内を巡回する乗合馬車で、ロット町の外まで出た。
続いて、街道を行き来する乗合馬車に乗った。それからも複数の乗合馬車を、何度も乗り継いで行く。これは尾行対策だ。
尾行がないことに納得した暗殺者は、城郭都市ルスへと向かった。
この都市に、暗殺ギルドの拠点があるのだ。
暗殺者にとって、不運なことが三つあった。
不運その一。乗合馬車の御者は、組合に属している。この組合の会合が、その夜、ロット町で開かれたこと。
不運その二。暗殺者を乗せた御者全員が、暗殺者のことを覚えていたこと。というのも、暗殺者は片足を骨折していたためだ。いくら隠そうとしても、骨折は目立つ。
不運その三。御者たちの組合の会合に使われた酒場が、リースの行きつけだったこと。
むろん、これらの不運は、偶然ではない。
結城の〈鬼門付加〉スキルによって、運気数値をマイナス1万まで下げられたためだ。
会合中の御者たちの話を、リースが小耳に挟んだのも、暗殺者の不運といえる。
またリース自身も、結城の〈運気上昇〉スキルによって、運気を上げていたためでもある。
とにかく、御者たちは、片足を骨折した男の話題を話していた。
リースには、それが逃走した暗殺者のことだと、すぐに分かった。
リースは酒を奢ることで、御者たちから、骨折した男(=暗殺者)の行先を、聞き出した。それから急いで宿に戻り、結城たちに報告。
「逃げた暗殺者は、城郭都市ルスまで行ったらしい」
結城がうなずく。
「そこに拠点があるみたいですね」
セシリーはまだ納得していない様子だった。
「ですが、マスター。城郭都市ルスに入ったのも、尾行対策の囮ではありませんか?」
この問いかけに、リースが答えた。
「いや、その可能性も低いな。城郭都市ルスから出るにも、乗合馬車に乗るしかない。片足を骨折しているからな。だが御者の誰も、ルスから出る暗殺者は乗せていない」
結城がまとめた。
「さっそく城郭都市ルスに向かいましょう」
早朝、結城たちは馬に乗って出発した。
昼過ぎには、城郭都市ルスに到着。
城郭都市だけあって、町の数倍の規模だ。とはいえ、王都ほどではない。普段、王都に住んでいる結城、セシリー、レラにとっては、驚嘆することはない。
一方、リースだけは感動している様子だ。
「この手の都市には、滅多に来ないものでな」
セシリーが、結城に問いかける。
「これから、どうしますか?」
「〈鬼門付与〉スキルは、選んだ相手に、マイナス1万の運気数値を与える。しかも、僕が解除するまで、マイナス1万は半永久的に続く」
「つまり、昨日の暗殺者はずっと、不運が続くわけですか。マイナス1万の不運が。それは悪夢ですね」
「まぁ、そういうことだね」
結城も同意した。
結城の手持ちの風水スキルの中では、〈開運天国〉スキルと双璧を成しそうだ。
プラス10万の運気数値を、結城自身に付与する〈開運天国〉スキル。
ただ、このスキルの効果が10分限定であることを考えると、〈鬼門付与〉スキルのほうが、強いかもしれない。
結城はそんなことを考えながら、手綱を握っていた。都市内には入ったが、まだ馬を預ける公営厩舎には、辿り着いていなかったのだ。
注意不足だったため、結城は馬で通行人を轢いてしまった。
「わ、大変だ! 申し訳ありません、大丈夫ですか!」
馬から降りると、轢いたのは昨日の暗殺者だった。
暗殺者は驚愕の表情を浮かべる。
「き、貴様は!」
暗殺者は立ち上がり、走って逃げた。
片足の骨折は完治しているようだ。拠点に戻ったところで、ヒーラーに治癒魔法をかけてもらったのだろう。
暗殺者は逃走のさい、不運なことに、あるものを落として行った。
結城は、その落とし物を拾った。
セシリーが問いかける。
「マスター。アイツは、何を落としていきましたか?」
「紙片だね。住所がメモってある──これ、たぶん暗殺ギルドの拠点だ」




