57話 暗殺者を捕獲するには。
第二の標的は、中肉中背の男だった。当人は、命の危険が迫っていることに気づいた様子はない。
結城は人込みをかき分け、市場を突っ切ることにした。こういうとき、地道に運気を上げておくと良いことがある。
運の良いことに、人波に空白が生まれ、ルートができたのだ。
結城はまず、レラの傍まで移動した。
レラは、結城が現れたので、驚いた様子だ。無理もない。尾行に送り出したばかりなのだから。
「レラ、予定変更だ。暗殺者が次の標的を狙っているようなので、先に阻止したい。それで──」
レラが、結城の背後を指さす。
「ユウキ殿。あれも計画のうちなのですか?」
「え?」
結城は、レラが指さしたほうを、振り返った。
リースが、市場の端を横切って行く。ちょうど暗殺者の視界に入る中を、だ。どうやら、リースは自らを囮にしたようだ。
第二の標的を助けるためか、暗殺者を捕まえるためかは、不明だが。
暗殺者が、歩みの方向を変えた。
一度は暗殺に失敗したリースを、先に仕留めよう、という考えのようだ。
「先ほど暗殺者が魔裂弾を使ったのには、理由があるはずだ」
「どういうことです?」
「暗殺にしては、殺しの方法が派手だったからね。おそらく、リースに接近することを避けたかったのだと思う」
リースの剣技を考えると、驚きはしない。
暗殺者としても、下手にリースとやり合って、返り討ちには遭いたくないだろう。
リースは、ひと気のない路地裏に入って行く。
追跡していた暗殺者が、立ち止まった。さすがに罠と気づいたのかもしれない。
路地裏に入るのは、あからさま過ぎだ。
このとき結城とレラは、暗殺者から20メートルほど後ろにいた。双方の間には、何人か通行人がいる。 よって尾行していることは、気取られないはずだが。
暗殺者が、ふいにこちらを見やった。
視線が、結城の上で留まる。
結城も、まともに暗殺者の顔を見た。
突如として、暗殺者は身を翻し、走り出した。
結城は、しまった、と思った。
「あいつ、僕がリースさんの仲間と知っているようだ」
「なぜでしょう?」
「……酒場内で、リースさんと話していたのを見たのかな」
セシリーが駆けて来て、結城・レラと合流した。
「マスター、リースが勝手に移動してしまいまして──現在、どのような動きになっていますか?」
「リースが囮になってくれたおかげで、第二の標的への暗殺は阻止できた。しかし、暗殺者自体には逃げられてしまった」
結城は、暗殺者と目があった話をした。
「顔を見られるという、僕の失態だ」
セシリーが小首を傾げる。
「マスターの失態というのは、信じられません。これまで、そのようなことは一度もありませんでしたのに」
結城は内心で苦笑した。
(僕が失態を演じたことがない、というのは、買い被りすぎる。しかし──)
結城は考えを改める。
確かに、こんな初歩的な失態は、おかしい。
結城自身の能力云々の話ではない。結城は、まずまずの運気数値を維持している。ゆえに初歩的な失態は、運良く回避できるはずなのだ。
(それとも、暗殺者に逃げられたことが、運が良いことなのか?)
路地裏から出て来たリースと、合流した。
「やはり、路地裏に誘い込むのは分かりやす過ぎたか。周囲の人間を巻き込まぬよう、ひと気のない場所を選んだのだが」
ふいに、暗殺者が移動した方向から、騒ぎが起きた。男たちの怒声に、女たちの悲鳴や、馬の嘶きも。
結城たちは顔を見合わせてから、走り出した。騒ぎの起こった、大通りに出る。そこでは馬車がひっくり返っていた。
その傍には、男が一人倒れている。
事故があったのだ。
不用意に大通りへと飛び出した男が、馬車に轢かれてしまった。
リースが、轢かれた男を助け起こす。片足を骨折したようだが、命は無事のようだ。さらに、その男の顔を見て、結城は驚いた。
「暗殺者じゃないか」
リースは、暗殺者を引きずって来た。
「運がいい。暗殺者のほうで、勝手に事故ってくれた」
セシリーが訂正した。
「マスターの実力です」




