52話 あれは男装と見た。
「セシリー。堪えてくれ」
結城は、いまにも斬りかかろうとするセシリーを、抑えた。
敵は5人。全員が、鉈や短剣で武装している。誰もが暴力に慣れている様子だ。
一方で、セシリーは人を斬ったことがない。
(単純に実力だけなら、セシリーのほうが上だろうが。危険ではある──〈零〉ダンジョンで、モンスターを倒したのとは、状況が違う)
そこで結城は、自分が出ることにした。
〈開運天国〉の運気数値プラス10万を、人さらいの退治で使うことになるとは。
(まぁ、ものは考えようだ。人さらいをこの町から駆除できると思えば──風水師のやることでもないが)
結城は一人、前へ進んだ。
人さらいのうち、一人が言った。
「おい、あんちゃん。てめぇに用はねぇぜ。大人しく立ち去るってんなら、殺さないでいてやるよ」
やはり、狙いはレラとセシリーのようだ。
セシリーが剣で武装しているというのに、人さらいたちは危惧した様子はない。それほど自分たちの腕に自信があるのか。または、セシリーを軽んじているのか。
確かに、女剣士というのは過少評価される傾向にあるのだろう。
結城は溜息をつく。
〈開運天国〉の残り時間は、1分を切った。
(さっさと終わらせよう)
そのときだ。人さらいの後ろから、声がかかった。
「取り込み中かい?」
人さらい達のうち、3人が後ろを確認する。
残りの2人は、結城の後ろ、セシリーを警戒している。武装していない結城は、敵ではないと踏んだのだろう。
(まぁ、間違ってはいない。少なくとも、僕がスキルを発動していなければ、だが)
しかし、結城は動かなかった。
新手へと視線が向けられる。20代前半の男だ。見目麗しい顔をしている。
(いや、違うぞ。男装した女性だ)
そして帯刀していた。刀は、この世界の武器の中では、レアだ。柄の位置から、左手で抜くようだ。
(左利きということか)
その男装の麗人は、何を考えているか、どうにも分からなかった。表情からは読めない。
一つだけ確かなのは、ただ者ではないだろう、ということだ。
普段の結城ならばともかく、いまの結城なら、第一印象は正しい。
人さらいの1人が、手に持つ鉈の切っ先を、男装の麗人へと向けた。
「てめぇには関係のねぇ話だ。失せやがれ」
一瞬だった。
鉈を持った男を含めて、3人の人さらいどもが、斬られ、倒れ伏した。
男装の麗人の左手には、刀が握られている。いつのまに抜刀したのか。
結城の目では、追えなかった。
「て、てめぇ!」
残りの2人が、男装の麗人へと攻撃を仕掛けようとする。
(〈開運天国〉スキルも、あと5秒か。では)
結城は駆けて行き、人さらい2人を立て続けに、軽く殴った。
とたん、クリティカルヒット。
2人とも一撃で、伸びた。そして、〈開運天国〉の時間切れ。
男装の麗人は、刀を鞘に納めた。
「面白いスキルだな。魔法関連ではなさそうだが」
「風水スキルです」
あまり手の内は見せないほうがいいだろう。
「助かりました」
「どうかな。そっちだけで、対処できたようだったが」
結城は確信していた。
もう運気数値は、プラス1250に戻っているが、この直感は正しいはずだ。
〈開運天国〉は、この男装の麗人と会わせるため、全てを導いた。
ロット町に行かせ、人さらいの罠に嵌るようにしたのだ。
「僕は、結城といいます」
「……オレは、リースだ」
「仲間を紹介します」
「いや、その必要はない。無事のようだから、オレはもう行かせてもらおう」
そう言うなり、リースは歩き去ってしまった。
結城のもとに、セシリーとレラが来る。
レラは驚きの口調で言った。
「凄まじい剣士でしたね」
この世界では、刀を使っても剣士という。サムライというのは存在しない。
結城はうなずいた。
「目にも留まらぬ抜刀だったね」
セシリーが難しい表情で言った。
「マスター。リースという方、おそらく右利きかと思います」
数秒のあいだ、結城はセシリーの言ったことが、理解できなかった。
「つまり、利き腕ではないほうで、あの実力ということか?」
「何者なのでしょうか」
結城は確信をこめて言った。
「何者にせよ、彼女こそが、風水ギルドの救世主だ」
セシリーがふしぎそうに言った。
「え、『彼女』ですか?」




