50話 忍び寄る暗殺者。
結城は、ブロードソードを手に取った。
これは、〈零〉ダンジョンの最深部で入手したものだ。
それからセシリーとレラを起こし、暗殺者が来ることを合図した。
セシリーは手の届くところに置いてあった剣を取り、鞘から抜き放つ。
レラは、戦闘は得意ではないので、いつでも逃げられるよう準備した。
結城は数秒考えてから、レラに対して〈開運提供〉スキルを発動した。
レラの運気がプラス1万となる。セシリーではなくレラを選んだのは、基本的な戦闘力を考えてのことだ。
セシリーは剣士として、すでに職業にできるレベルに達しているのだから。
結城は、〈開運天国〉スキルは、まだ発動しないでおいた。
結城自身の運気がプラス10万となるスキルだが、10分間しか効果が継続しない。使いどころは間違えられない。
セシリーは、結城を見て、小首を傾げる。
暗殺者はどこから来るのか、と問うているのだろう。
結城もそこは気になった。そもそも、暗殺者の気配を察知した、とかではないのだ。
あえて言うならば、『なんとなく』だ。
ただし、結城の運気数値からして、この『なんとなく』は確実性が高い。
結城は目をつむった。
感覚を研ぎ澄まして敵の位置を察知しよう、というのではない。そんなスキルは、結城にはない。
ただ、余計な情報を排除しようというのだ。
視界だけではなく、音も消す。そのため両手で耳を塞いだ。
(敵は、どこから来るだろうか?)
直観的に、(上だ!)、という答えが閃いた。
結城は目を開けて、セシリーと目を見交わす。
それから、天井を指さす。
この部屋は最上階だ。よって、もっと上となると、屋根裏か。
セシリーが剣を一閃させる。
セシリーは斬撃を飛ばす技を会得していた。
この斬撃が天井を切り裂くと、人影が落下してくる。
黒装束の男で、脇腹から出血していた。セシリーの飛ばした斬撃が、そこを抉ったようだ。
男の片手には、クナイを想起させる武器があった。暗殺者であることは間違いない。
レラが素早く、クナイを取り上げる。
暗殺者の傷は深いらしく、倒れたまま身動きしない。
結城の脳裏に、疑問が二つ。
なぜ、この場所が分かったのか? 他に暗殺者の仲間はいるのか?
他の暗殺者はいなさそうだ、と結城は思った。
根拠は、結城自身がホッとしたからだ。ホッとしたということは、ひとまず脅威はない。風水師の直感だ。
なぜ、この場所が分かったのか? この答えは、こうだろう。
結城たちが風水ギルド本部を出たときから、この暗殺者に尾行されていた。
(夜陰に紛れて本部を出、尾行にも気をつけていたのだがなぁ)
やはり、敵はこの道のプロだ。
結城たちの得意分野では、相性が悪いのかもしれない。
セシリーが囁き声で言う。
「マスター。この男を、始末しますか?」
セシリーの目には、緊張の色がある。
セシリーは、〈零〉ダンジョンで沢山のモンスターを、斬り倒した。しかし、人を斬ったことはないのだろう。
(僕たちが勇者ギルドならば、セシリーに始末を頼むべきかもしれないが)
結城は首を横に振った。
「その必要はないよ。この男を殺したからといって、暗殺ギルドからの刺客が途切れるとは思えないし」
結城は屈みこみ、暗殺者と目を合わせた。
「風水ギルドを標的にしたのは、どこの誰の依頼なんだ?」
一瞬のことだった。
暗殺者が、結城へと飛びかかる。その右手には、隠し持っていたらしき、もう一本のクナイ。
結城は驚き、後ろに倒れた。
一方、暗殺者は結城に覆いかぶさるようにして──うつ伏せに倒れた。
「これは──」
暗殺者の後頭部には、クナイが刺さっていた。
視線を動かすと、レラの姿がある。
先ほど暗殺者から奪い取ったクナイを、レラが投げたようだ。そのクナイが、暗殺者の後頭部を突き刺した。
おかげで、結城は助かった。
レラが大きく息を吐く。
「紙一重でした……良かったです」
「……ありがとう、レラ。助かったよ」
セシリーが、暗殺者の死体を蹴り飛ばす。
「マスター。ここは危険です。すぐに出発しましょう」




