41話 パーティ全員の運気数値が、死亡確定まで落ちる。
リプの死後、地下50階層までは、何事もなかった。
このときまでに、一回、休憩を挟んでいる。食事し、仮眠を取った。
結城は、みなの運気数値の確認を怠らない。いまのところ、マイナス二桁だ。
リプのときのように、命を失う不運が近づけば、運気数値は一気に悪くなる。それこそマイナス4桁に近づくほどに。
「ここで、また休憩しよう」
ブランが指示した。
携行食料で、胃袋を満たす。
結城の傍には、護衛役のセシリーがいる。風水ギルドの一員だけあって、セシリーはプラス運気だ。それでもプラス35しかないので、注意を必要とする。
一方、結城自身はプラス1250。よほどの事態でなければ、かすり傷一つ負わない強運だ。
セシリーは長剣の刃を研いだ。ここまで来るのに、3度、セシリーはモンスターを斬り殺している。
「セシリーの技量は、相当なものだね」
実は、〈零〉ダンジョンに入るまで、セシリーの剣術は見たことがなかった。結城の想像以上だ。
「ありがとうございます。ですが、私は風水師として一人前になりたく思います。私の父は領主ですが、土地は貧困です。領民の運気を上げ、少しでも収穫にプラスになれれば、と考えています」
「そうだったのか」
セシリーのことを、より知ることができた。その点に満足しつつ、結城は視線を巡らし、あっと思った。
「ブランさん!」
パーティ・リーダーのブランが、ハッとした様子で、結城を見る。
「誰かの運気が下がっているのか?」
リプのことを思い出したのだろう。パーティ・メンバー全員が、緊張した面持ちで戦闘態勢を取る。
セシリーも、結城の傍で剣を構える。
結城は愕然とした。
全員だ。
ここにいるパーティ・メンバー全員の運気が、途轍もない勢いで下がり始めているのだ。
たとえば、ブランの運気数値は、すでにマイナス380まで下がっている。セシリーも、運気数値がマイナス80まで落ち込んでいる。
結城は、ステータス表示で、自分の運気数値も確認する。先ほどまでプラス1250だったのに、いまはプラス990だ。
そして、さらに下がっている。
「皆さん、気をつけてください! 途轍もない不運が接近しています! 影響は、ここにいる全員に及びます!」
ブランが素早く判断を下した。
「場所を移動しよう。ユウキ君、移動するごとに運気の動きを見てくれ」
「了解」
移動を開始するも、運気数値の下がりは止まらない。一定の速度で、全員の運気数値が減っていく。
(これは、おかしい。前へ進んでも、後退しても変わらないというのは)
『それ』は、上から降ってきた。大きさは牛が数頭分。多数の触手をもち、その先端には目玉がある。
これまでに見たことのない、異形のモンスターだ。
『上』からというのは、天井を破壊して降ってきたからだ。
結城は、出現した異形モンスターの風水鑑定を行った。
運気数値はプラス6000。
敵のこの数値からして、パーティが勝てる見込みはない。
隣ではセシリーが、別のことをしていた。セシリーには、モンスターのステータスを開示させるスキルがある。
というより、前衛系の者は、たいていこのスキルを身に付けているそうだ。
セシリーの顔が青ざめる。
「レベルが高いの?」
結城がそう尋ねると、セシリーはうなずく。
「このモンスターですが、ドラゴン・クラスのレベルです。少数精鋭といえども、このパーティ規模で対処はできません」
「パーティ全滅の危機というわけだね」
「ユウキさんだけでも、逃げてください。私がグラコを抑えます」
グラコというのが、この異形モンスターの名のようだ。
ステータス表示には、モンスター名も記載される。モンスター名自体は、別の時に、別の人物──勇者かもしれないし、魔法使いかもしれない──が名付けた。それが共有されるのだ。
少なくとも、人類が初めて遭遇するモンスター、というわけではないようだ。
結城とセシリーが会話している間にも、ブランは攻撃を指揮していた。
2人いる魔法使いが攻撃魔法で、遠隔より攻撃。
前衛担当の勇者ブランが、突撃の指示を出す。他の前衛である、戦士ルドなどが続く。
彼らの運気数値は、マイナス2000を超えている。
死亡確定の数値だ。
「仕方ない」
結城は走り出す。
セシリーが止める間もなく、前衛たちに混ざって、グラコを前にしていた。
「ユウキくん、君は下がれ!」
ブランが指示する。
が、結城は無視し、〈運気交換〉スキルを発動した。
グラコの運気プラス6000を、ブランの運気マイナス2250と交換する。
これによって、運気の下がったグラコによる攻撃は、外れる確率が高まる。
同時に、運気の上がったブランの攻撃は、高い確率で、クリティカルヒットとなる。
「おお、ありがたい! これなら、いけそうだ!」
「いえ、これは時間稼ぎにすぎません。いまのうちに撤退を」
ブランはうなずき、皆に命じた。
「撤退開始だ!」
刹那、ブランの運気があっという間に、マイナス数値になる。
結城は愕然とした。
先ほどまで、プラス6000だったのに、いまやマイナス20。
他のメンバーは、もうマイナス10000の領域に突入しようとしている。
なにが起きても、生き残れない数値だ。
刹那、数か所で天井が裂かれる。
そして、6体の新たなグラコが降ってきた。
結城たちは、計7体のグラコに囲まれてしまったのだ。




